重症心身障害児のQOL向上を支援するための衣生活に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000304A
報告書区分
総括
研究課題名
重症心身障害児のQOL向上を支援するための衣生活に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
多屋 淑子(日本女子大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村博志(日本女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
重症心身障害児に関しての研究は、初期における療育内容に関する研究から、最近では広範囲な研究に変わりつつある。しかし、食事や衣服などの身近なテーマに関してはまだまだ少ない現状にある。このように衣食住に関しての研究は、これまでの施設中心の療育から、在宅中心のものへと変化しつつある現在、極めて重要な課題と考える。
衣服分野においては、近年、障害を持つ人たちのQOLの向上を支援するため、様々な試みがなされている。従来から、着脱が簡便でファッション性の豊かな障害児(者)用衣服の研究が進められてきたが、その多くは身体機能にのみ障害を持つ人を対象とし、本人が脱ぎ着しやすい、あるいは介護者が脱ぎ着させやすい、といった着脱動作を主に検討したものが多いようである。本研究では、さらに、心身ともに障害を持ち意思や感情の表現が困難な場合もある重症心身障害児にとり、望ましい快適な衣服を提案することを目的としている。
研究方法
今年度は、重症心身障害児の衣生活における問題点を把握するために、主として介護者を対象としたアンケート調査と所持衣服の実態調査を行った。次に、衣服着用時の露出部皮膚温と衣服表面温度の計測を行ない、衣服着用が体温調節を補助するという観点から、重症心身障害児に必要な衣服の要因について検討した。
結果と考察
介護者にとり、重症心身障害児の衣服がどのような意識で受け止められているかという視点から、アンケート調査を行った。「重症児を守る会東京都支部」の協力により、保護者にアンケート調査を行った。アンケートは、障害児に関する事項と家庭環境について、次に保護者自身に関する事項、最後に、衣生活についての事項から構成した。その結果、衣服には、機能性はもちろんのこと、快適性が望まれていることがわかった。衣服への要求項目として保温性や肌触りが重視され、問題点として衣服サイズと身体サイズの不適合が抽出された。
次に、重症心身障害児施設に於いて、重症心身障害児が実際に所有している衣服の実態調査を行った。重症心身障害児の所有する衣服の形状や材料は、健常者と変わらないものを着用していることが明らかとなった。これは、健常者と差別化をしないという介護者の意識の表れであるようである。
一方、所持衣服の実態調査によると、一般の既製服を着用することにより、身体サイズと衣服サイズとの不適合が明らかであることが観察された。介護者は、サイズの不適合は感じているものの、実際には市販の既製服を改良することなくそのまま着用させており、快適性、安全性および運動機能性に関して不都合が生じているであろうという側面も見られた。
そこで、実際に、重症心身障害児の身体サイズに市販の既製服がどの程度適合しているかについて、身体サイズと衣服サイズについて検討した。その結果、重症心身障害児の身体サイズは、健常者と異なる場合が多く、一般にJIS規格の既製服のサイズに合う身体サイズではないことが明らかとなった。従って、既存の既製服は身体サイズに不適合であり、日常着用している衣服は、健常者の衣服着用の状態とは異なる状況で衣服を着用していることが明らかとなった。特に、胸部と腰部は、既成服のサイズと身体サイズがアンバランスな部位であり、それらの部位は、衣服が身体サイズに比べて大きく、必要以上に衣服内に空間(ゆとり量)が生じていることがわかった。一般に、衣服のゆとり量は、温熱的快適性、機能性、美しさに影響する重要な因子であるため、その量の大小が衣服の着心地を左右するものともいえる。したがって、重症心身障害児の衣服着用時に生じる衣服内の空間の量は、健常者のそれとは性質が異なることが示され、その結果、着心地も不快であろうことが推察され、今後それらについて明らかにする必要がある。このことから、重症心身障害児の衣生活向上を考える際には、衣服サイズの検討が重要な事項であることがわかった。
次に、健常者と重症心身障害児との衣服着用時における相違点を明らかにするために、環境条件と着衣条件を一定にした時の、手・足末梢部の露出部位の皮膚温と衣服表面の温度分布について計測し、その比較を行った。その結果、重症心身障害児は高体温や低体温の症状が見られる場合もあり、健常者とは異なる温度分布を示している例が多く観察された。また、個人差も大きく、体温調節が健常者とは異なる例が多く見られた。このことより、重症心身障害児は、身体サイズに特徴が見られ、また、体温調節能力も健常者のそれと異なる場合が多いことが明らかとなった。
重症心身障害児にとり望ましい衣服を考える時には、衣服サイズの適正化を図ることが重要であり、体温調節を補助する手段として衣服を着用するという衣服による行動性の体温調節が健常者よりも必要であることがわかった。
結論
(1)重症心身障害児の衣生活におけるQOLの向上は、介護者の意識と密接に関わっていることが明らかとなった。本研究において、特に、衣生活に対する関心は、職種により有意差がみられ、介護者の職業によりその衣生活への視点は異なることが明らかとなった。今後、重症心身障害児にとっての望ましい衣生活に関する指針を示す必要があろうと思われる。
(2)介護者へのアンケート調査により、重症心身障害児の衣服に対する要望が抽出できた。機能性だけではなく、快適性が重要視されていることがわかった。衣服材料に望まれていることは、保温性や肌触りが重視され、サイズの不適合が大きな問題点として抽出された。(3)重症心身障害児の身体サイズは健常者と異なり、既製服におけるJIS規格の1サイズに統一できないことが明らかとなった。したがって、重症心身障害児の衣服を考える上で、身体サイズと衣服サイズの不適合が大きな問題であることがわかった。このことより、衣服内のゆとり量の分布が当然健常者と異なり、着用時の衣服の保温性などに関する着心地に与える影響が大きいであろうことが推測された。今後、重症心身障害児の衣服には、サイズ適合性が重要な課題であることがわかった。(4)衣服着用時の手・足末梢部と衣服表面温度の計測より、重症心身障害児の手足末梢部の皮膚温は健常者と異なり、個人差が大きく、体温調節機能が不十分であることが観察された。重症心身障害児の中には、低体温や高体温の例が見られ、健常者以上に衣服による行動性の体温調節が重要であることがわかった。

公開日・更新日

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