知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000303A
報告書区分
総括
研究課題名
知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
前田 茂(岡山大学歯学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 江草正彦(岡山大学歯学部附属病院)
  • 宮脇卓也(岡山大学歯学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
知的障害者におけるノーマライゼーションの推進は大きなテーマである。歯科医療におけるノーマライゼーションは「一般の歯科診療のなかで必要と思われる診療内容が、障害者にとっても全て同様に享受されることであり、さらに障害者が生活する地域で、地域歯科医療機関によってプライマリ・ケアが保証される体制を確立すること」であると考えられている。しかし、これらを満たす歯科医療システムは確立されていない。さらに、多くの障害者の平均寿命が延長するとともに、早期老化傾向がみられることから、知的障害者の高齢化は歯科医療システムの早期の構築を必要としている。歯の問題は健康を支える摂食に直結しているだけに、生活の質(QOL)の維持、向上に欠かせない要因になってきている。歯科医療におけるノーマライゼーションを達成する上で、様々な障壁が存在していると考えられる。本研究ではまず、障害者の日常生活を介助している施設職員ならびに家族に対して、施設入所者または在宅生活・療養者の歯科医療保健および歯科治療に関するアンケート調査を行い、障害者の歯科医療の問題点および背景を明確にすることを目的とした。知的障害者における歯科治療の最も大きな障壁として、知的障害に付随する情緒・行動障害、運動障害等に対する行動管理の困難さが挙げられてきた。行動管理法の確立は歯科医療システムの構築において重要な位置づけにあると考えられる。そこで、行動管理法に関するアンケート調査および文献的研究を行い、歯科治療におけるノーマライゼーションの観点から行動管理法に関する検討を行った。行動管理法は患者のストレスを軽減した状態で十分な歯科治療を受けることができ、地域歯科医療施設で施行できる方法であることが必要である。鎮静法はその条件を満たす可能性のある行動管理法であると考えられる。そこで、本研究では知的障害者の歯科治療における鎮静法を確立するための基礎的研究を行うことを目的とした。
研究方法
本研究は研究対象者に対して、倫理面での十分な配慮をもって行われた。本研究目的を達成するために以下のように研究を分担して行った。1.障害者歯科医療保健の実態に関する調査として、障害者施設に対してアンケート調査(56施設 3,417人)を行い、施設入所者(児)の健康状態、日常生活状況、口腔衛生・保健医療状況、歯科治療状況について分析した。2.在宅生活・療養者における障害者歯科医療に関して、在宅療養の障害者18人に対して、アンケート調査を行い、歯科治療状況および問題点について、特に全身麻酔下での歯科治療に関して検討を行った。3.最近の医学中央雑誌等に掲載された文献を検索し、知的障害者の歯科治療時の行動管理法と全身麻酔に関する文献を収集整理し、知的障害者の歯科治療時における行動管理法に関して、本邦の現状と問題点を分析した。4.鎮静法が生体のストレス反応に及ぼす影響について、健康成人ボランティアを対象に、プロポフォールを用いた鎮静を行い、ストレス反応の指標として循環動態およびストレスホルモン等の血中濃度を測定し、生体のストレス反応への影響を評価した。5.脳波モニターによる鎮静程度の客観的評価方法の有用性を調べるために、成人ボランティアを対象に、プロポフォールを用いた鎮静を行い、脳波モニターを用いて鎮静程度を客観的に評価し、自覚的鎮静程度、他覚的鎮静程度および健忘効果との関係を分析した。
結果と考察
本研究では、障害者の歯科医療の問題点および背景を明確にし、歯科医療システムの構築において、重要な位置づけにあると考えられる行動管理法を確立す
るための基礎となる研究を行った。それぞれの研究結果は以下のとおりである。1.障害者歯科医療保健の実態に関する、障害者施設に対してのアンケート調査の結果、障害者においては生活上や健康上に問題を有しているものが多く、歯科管理上において注意する事項が把握できた。医療機関への受診は「歯科」への受診率が最も高く、特に重度障害者においては、通院がかなり負担になっていることが明らかになった。また、かかりつけ歯科医への受診が多く、地域歯科医療施設の役割が大きいことなど、障害者の歯科医療の問題点および背景が明確になった。2.在宅生活・療養者における障害者歯科医療に関してのアンケート調査の結果、外来通院を希望しているものが多く、入院治療は介護の負担も含めて問題が多いことがわかった。また、全身麻酔下での歯科治療については、8割近くが避けたいと考えていた。3.知的障害者の歯科治療時の行動管理法と全身麻酔に関する文献を分析した結果、知的障害者の歯科治療における行動管理法としての全身麻酔は、一般的な歯科治療を行っている施設ではほとんど施行することができず、施設の制限など多くの問題があることから、他の行動管理法として、鎮静法の適応・応用について再検討する必要があると考えられた。4.鎮静法が生体のストレス反応に及ぼす影響についての研究結果で、プロポフォールを用いた鎮静法がストレス反応を軽減することが示され、知的障害者の行動管理法として有用であることがわかった。5.脳波モニターによる鎮静程度の客観的評価方法の有用性を調べた研究結果では、脳波モニターを用いた鎮静程度の客観的評価が有用であることが示されたことから、治療後すみやかに鎮静状態から回復し、安全に帰宅でき、質の高い鎮静が可能であることが示唆された。
結論
本研究結果は、本邦における知的障害者のノーマライゼーションのための歯科医療システムを構築していく上での基礎となるものである。知的障害者の歯科医療保健および歯科治療の現状と問題点が明確になったことは、今後の研究を展開する上で貴重な資料となった。さらに、ノーマライゼーションの観点から行動管理法について検討した結果、行動管理法としての全身麻酔は施設の制限など多くの問題があることが明らかになった。そこで、鎮静法について再検討する必要があることが示されたが、本研究においてプロポフォールを用いた鎮静法の有用性が示唆された。さらに検討を加え、知的障害者の歯科治療における行動管理法を確立することが期待できる。今後、本研究結果を基礎として、知的障害者特有の歯科診療と地域歯科医療の問題を包含して、研究を展開していく必要があると考えられた。さらに、一般歯科の歯科医療の場と高度の専門的技術・設備を持った障害者専門の診療機関とが、情報の連携だけでなく、技術的にも相互乗り入れ、相互扶助・援助できる総合システムと、障害者歯科診療の地域展開における啓発、教育、研修活動も今後の課題である。

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