うつ病のスクリーニングとその転帰としての自殺の予防システム構築に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000297A
報告書区分
総括
研究課題名
うつ病のスクリーニングとその転帰としての自殺の予防システム構築に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大野 裕(慶應義塾大学医学部精神神経科)
研究分担者(所属機関)
  • 小泉毅(青森県立精神保健福祉センター)
  • 大山博史(青森県立精神保健福祉センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年急増した自殺の予防のためには、うつ病性障害の早期の診断と治療が有用であることが指摘されているが、とくに自殺の要因としてうつ病の関与が強く認められる高齢者ではそうした介入が重要である。しかし、これまで行政施策として様々な疾患予防事業が展開されてきたが、うつに対する予防や自殺死亡率を減少させる有効な保健事業が広範囲に組織的に行われた例はない。したがって、本研究では、ある一地域において、一般住民を対象とした信頼性と妥当性のあるうつのスクリーニング方法を確立し、科学的な根拠のある自殺予防システムを開発し、その有効性と有用性を評価し、全国規模で行政施策として展開可能な、効果的かつ効率的なうつに対する地域介入システムを構築することを最終目的とする研究を行った。
研究方法
まず、関連の文献をレビューして調査方法および手段について検討するとともに、青森県名川町の協力を得て、町の事業の健康事業の一環として青森県名川町の一地区に在住している65歳以上の高齢者433名(男性166名、平均年齢73.95±6.17歳;女性267名、平均年齢74.20±6.64歳)に調査への参加を呼びかけた。このうち、調査に協力した者は358名(男性129名、平均年齢73.54±5.64歳;女性229名、平均年齢73.65±6.40歳)であったが、5名(男性1名、女性4名)については痴呆が疑われたので、分析から除外した。最終的に分析の対象となったのは353名(男性128名、平均年齢73.49±5.64歳;女性225名、平均年齢73.59±6.31歳)である。
調査に参加しなかった75名(平均年齢76.47±7.45歳)は、参加した358名(痴呆を含む、平均年齢73.61±6.13歳)よりも有意に年齢が高かった(t (431)=3.53, p <.001)。男女間で年齢差は見られなかった。今回用いた尺度は、自記式のうつ病評価尺度であるSDS(Zung Self-rating Depression Scale)、身体疾患を持つ人の不安とであるHADS(Hospital Anxiety Depression Scale)、構造化面接であるCIDI(Composite International Diagnostic Interview )のうつ病性障害のセクション中の現在診断のみを対象に面接できるように改変した修正版、および痴呆スクリーニングである。SDSおよびHADSは本来は自己記入式の質問紙として開発されたものであるが、調査協力者が高齢であることを考慮して、自分で質問紙に記入できない者に関しては、調査者が質問文を読み上げる形式をとった。SDS、HADS以外の調査項目は、すべて面接形式で聴取した。
なお、本調査では、うつ病性障害の症状の有無だけではなく、専門家や家族、友人に助けを求めているかどうかについても質問した。さらに、うつ状態に対する地域住民の意識を調べるために、うつ状態になったときおよび自殺念慮を抱いたときにどのような援助希求をするか、援助希求にはどのような要因が関係しうるかを場面想定法によって調査した。
結果と考察
研究結果=まず、文献的考察の結果、老年期うつ病あるいはうつ状態は高齢者自殺の非常に大きなリスクファクターであるが、新潟県松之山町と岩手県J町における介入活動からわかるように、地域介入が自殺予防において重要な役割を果たしていることが明らかになった。また、うつ状態・うつ病に加えて、ライフイベンツ(死にたいといっている、配偶者や家族が死亡した、親族や近隣の人が自殺した、医療機関から退院した)、不安障害やアルコール依存症の存在、などが、自殺のリスクファクターとして考えられることから、スクリーニングの精度を十分に備えた簡易質問紙を開発するとともに、種々のリスクファクターを考慮に入れた介入プログラムを作成する必要性が認識された。
簡易スクリーニングの開発に当たって用いたSDS,HADS,CIDI改変版を用いて、65歳以上の高齢者のうち1)死を繰り返し考えている人、または自殺について考えている人の割合、2)そのなかで医療関係者を含む他の人に相談している人の割合、について解析し検討を加えたところ、「繰り返し死について考える」「自殺について考える」のいずれかがあると答えた人は44名(男性=13名、女性31名)、それらの考えが2週間以上持続していた人は12名(男性2名、女性10名)と高い値を示した。しかし、自殺念慮の認められた44名の高齢者のうち他の人に相談したことがあると答えたのは15名(34.10%)で、そのなかで相談の対象が医師であった高齢者は10名(22.73%)、自殺念慮が2週間以上続いた高齢者12名のうち相談したことがある人は6名(13.64%)で、相談の対象が医師であった高齢者は4名(9.10%)と、その値は低かった。これらの結果から、死もしくは自殺について考えている高齢者は多いものの、医師を含めて他の人に相談する人は少なく、自殺念慮が長期間持続していてもその傾向は変わらないことが明らかになった。
なお、訪問面接の印象の聞き取り調査からは、対象地区の高齢者が容易に自殺に関する話題を出す傾向があることが明らかにされている。また、高齢者が「非生産者は不要」という考えを表出したり、次世代との価値観の違いを嘆く場面を観察したという報告もある。こうした傾向は地域との交流の比較的乏しい高齢者に目立っていた。
次に、うつ状態のスクリーニングのための簡易質問紙の開発を目的としてReceiver Operating Characteristics analysis(ROC分析)を用いて解析を行ったところ、抑うつ症状の有無、自殺念慮の有無を良く弁別する5項目の質問(①毎日の生活が充実していますか、②これまで楽しんでやれていたことが、今も楽しんでできていますか、③以前は楽にできていたことが、今ではおっくうに感じられますか、④自分は役に立つ人間だと考えることができますか、⑤わけもなく疲れたように感じますか)が選択された。
さらに、うつ状態に対する地域住民の意識を調べるために、うつ状態になったときおよび自殺念慮を抱いたときにどのような援助希求をするか、援助希求にはどのような要因が関係しうるかを場面想定法によって調査した。その結果、7割近くが専門家・非専門家を問わず誰かに相談すると答えたが、2割は何もしないと回答した。こうした状態が普通ではないと思うが特に何もしないと答えた人の特性を調べたところ、親戚や身近な友人との交流があまりなく、娯楽の外出も少ないということが明らかになった。
結論
地域住民の協力を得て5項目からなる簡易スクリーニング質問紙を作成し、簡易質問紙と面接を利用したうつ状態・うつ病のスクリーニングに加えて、ライフイベンツ(死にたいといっている、配偶者や家族が死亡した、親族や近隣の人が自殺した、医療機関から退院した)、不安障害やアルコール依存症の存在、などを考慮に入れた介入プログラムを作成した。

公開日・更新日

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