精神科医療における行動制限の最小化に関する研究-精神障害者の行動制限と人権確保のあり方-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000292A
報告書区分
総括
研究課題名
精神科医療における行動制限の最小化に関する研究-精神障害者の行動制限と人権確保のあり方-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
浅井 邦彦(医療法人静和会浅井病院理事長・院長)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
テーマ:行動制限審査委員会の設置
本研究2年目(平成12年度)は、初年度(平成11年度)に作成した「精神科医療における行動制限の最小化に関する指針」を本研究班に参加している民間6病院、公立3病院の各病棟に配布し、「医療者が隔離・身体拘束の内容・方法・時間などについて再検討を行いその最小化のためにいっそうの努力をすること」を周知し、その上で本研究に参加している各病院に審査機関(行動制限審査委員会)を設置して、その実施を通して得られる結果を検討して最終的な提言とすることを目的とした。
研究方法
本研究班に参加している民間6病院および公立3病院を研究実施の参加病院とし、隔離・身体拘束など行動制限を行う可能性のある病棟で隔離および身体拘束を受けた患者を対象とし、行動制限の最小化をすすめる審査機関を設置した。審査実施期間は、平成12年7月1日~10月31日の4ヶ月間に行った。行動制限審査委員会は、副院長などを委員長とし、精神科部長あるいは医長、事務職、看護職、心理あるいは福祉職の4人の委員で構成し、平成12年7月1日から病院内に設置した。研究前後の比較について、性別、隔離あるいは身体拘束実施の有無、開放観察の実施割合、開放観察延べ時間の割合、身体拘束の部分中断の実施割合、身体拘束部分中断延べ時間の割合、身体拘束一部解除延べ時間の割合マグネット式拘束用具の使用の有無、拘束部位などの項目は、Fisher's exact testあるいはYate補正を伴うカイ二乗検定を行った。職員アンケートの研究前後の比較は、9病院のうち研究前後の回答の対応を同定できた6病院の職員についてWilcoxon符号付き順位検定を用いて行った。
結果と考察
研究(指針)実施前の隔離・身体拘束の実施状況において、隔離については、隔離実人数/入院実人数(以下、隔離率と略)が6.3%であり、隔離を実施されている患者は精神科入院中であっても基本的に少数に限られていることが明らかとなった。さらに、隔離開放観察患者実人数/隔離実人数は69.5%、隔離開放観察延べ日数/隔離延べ日数は74.3%といった結果から、開放観察が隔離を実施される患者の7割という非常に高い割合で行われていたことが明らかとなり、研究実施前の状態においても治療上の努力・人権への配慮が窺われた。身体拘束については、拘束実人数/入院実人数(以下、拘束率と略)が4.8%であったことが挙げられ、身体拘束を実施されている患者も少数に限られていることが明らかとなった。さらに、拘束部分中断実人数/拘束実人数は55.3%であり、身体拘束を受けた患者の過半数は持続的に身体拘束を受けたわけではなく身体拘束の中断が行われていたことが明らかとなった。その身体拘束の中断の時間は、拘束部分中断延べ時間/拘束指示延べ時間30.7%という数字から、3割程度の時間であったことがわかる。また、着脱しやすく阻血などの危険性の少ないいマグネット式抑制帯の使用が9割を超え、拘束部位は胴のみが57.1%と圧倒的に多く、四肢+胴が22.3%でありそれ以外は6%以下であった。以上の点から、身体拘束においても研究実施前から治療上の努力・人権への配慮が行われていたことは明らかである。
研究(指針)実施後の隔離・身体拘束の実施状況において、隔離については、隔離率は、研究実施前の6.3%から4.9%に有意に減少した(χ2=6.11, p<0.05)。したがって、病院内審査機関設置の効果が実証されたと考えられる。身体拘束については、拘束率は、研究実施前の4.8%から4.1%に減少したが有意差はみられなかった。身体拘束の部分中断実人数の割合(部分中断実人数/拘束実人数)も、研究実施前の55.3%から64.2%まで増加したが有意差はなかった。しかし身体拘束の中断の時間(部分中断延べ時間/拘束指示延べ時間)は、研究実施前の30.7%から33.1%に有意に増加した(χ2=31.1,p<0.0001)。さらに、身体拘束のうち四肢のみ解除などの拘束一部解除の延べ時間の割合(拘束一部解除の延べ時間/拘束指示延べ時間)は、研究実施前の2.3%から3.0%に有意に増加した(χ2=21.1,p<0.0001)。したがって身体拘束についても、病院内審査機関設置の有効性が示唆された。
実施前の職員アンケートでは「日頃から主治医と看護者との間で十分に話し合いがなされているため、今以上に隔離・身体拘束の日数減少あるいは開放観察・身体拘束の部分中断の頻度増加といったこれ以上の行動制限の最小化を図ることは無理である」という現状肯定の意見が42.1%を占めたにもかかわらず、隔離を受けた患者割合は6.3%から4.9%に有意に減少した。身体拘束を受けた患者割合は4.8%から4.1%と減少したものの有意差は見出せず、身体拘束を受けた患者のうち部分中断がなされた患者割合も55.3%から64.2%と増加したものの有意差はなかった。しかし、身体拘束の部分中断延べ時間は身体拘束を指示された全時間の30.7%から33.1%に有意に増加した。また、下肢のみ解除などの一部解除延べ時間も2.3%から3.0%に有意に増加した。これらの結果は、職員の多大な努力により、本研究の意図する行動制限の最小化の実現がなされたことを示している。しかし、このように隔離・身体拘束の実態が有意に改善したにもかかわらず、職員の行動制限審査機関による審査の効果への認識はむしろ否定的な方向に若干変化した。これは労多くして功少ないという実感によるものと推察される。
また、入院中行動制限を受けたにもかかわらず退院時に入院治療の必要性に理解を示した患者が5割、受けた行動制限の必要性に理解を示した患者が6割、隔離に際して開放観察の励行など医療者の配慮を感じた患者が5割、身体拘束に際して部分中断の励行など医療者の配慮を感じた患者も5割といったように、行動制限を受けた患者の半数は受けた医療行為に対して退院時に肯定的な印象をもっていたことが明らかになった。さらに、研究実施によって身体拘束の部分中断や一部解除といった配慮が励行された結果、患者の満足度が有意に上昇したことは特筆されてよいであろう。
結論
本研究結果は、病院内審査機関による行動制限の評価が行動制限の適正化・最小化に有効であること、患者満足度の上昇にもつながること、しかし、その硬直的な実施は現場の職員に消耗的な労力を強いるため職員の意識は否定的に変化する危険性を孕んでいることを示唆するものであった。したがって、それらの要素の平衡を十分に考慮して長期的に有効な行動制限の評価機構を設立することが重要と思われる。そして、これら研究結果に基づいて作成した「行動制限審査委員会に関する指針」を、精神科医療の臨床現場で参考にして、精神障害者の人権尊重の立場から、精神保健福祉法に則り、行動制限を必要最小限に行う努力に活用してほしい。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-