介助者の身体的負担を指標とした移乗介助方法及び移乗介助機器の定量的評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000283A
報告書区分
総括
研究課題名
介助者の身体的負担を指標とした移乗介助方法及び移乗介助機器の定量的評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
井上 剛伸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎信寿(慶應義塾大学理工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
移乗介助は介助者に対して、身体的負担を強いるものであり、介助者の腰痛は大きな問題となっている。さらに、高齢化が進む中で、介助者のマンパワー不足も叫ばれており、腰痛等で介助が継続できなくなることは、貴重な人的資源の損失でもある。
そこで本研究では、このように介助者への負担が大きい移乗介助に着目し、各種移乗介助方法における介助者の身体的負担を定量的に評価することを目的とする。昨年度までに、介助動作の現状を把握するためのアンケート調査を実施し、リハビリテーション病院の看護婦及び理学療法士では腰痛経験者が非常に多く、介助方法としては看護婦は二人介助、理学療法士では一人介助の方法を行っている者が多いことがわかった。また、基本的な介助動作に対する計測・分析システムを構築し、一人介助について腰部の負担を計測した結果、体幹の角度が腰部負担に大きく影響することが分かった。
今年度は、一人介助、二人介助の移乗方法および床走行式リフトを使用しての介助における介助者の腰部負担を明らかにすることを目的として、下記の4点の目標を設定した。1)それぞれの介助動作の3次元計測を行い、腰部モーメントを指標として各動作における腰部負担を定量的に明らかにする。2)床走行式リフト使用時に負担の大きい、リフト移動タスクに着目し、その操作力と走行状況の関係を明らかにする。3)腰部負担を軽減する介護支援衣服を提案し、その有効性を明らかにする。4)これまでに得られた結果より、介助動作における注意点をまとめ、介助法教育を的確に行うための指針を考察する。
研究方法
1.一人介助・二人介助による移乗介助動作の評価
一人介助および二人介助の方法で移乗介助を行ったときの腰部負担を明らかにするために、介助者の腰部にかかる3次元的なモーメントを計測する実験を行った。計測されたモーメントを指標として、一人介助、二人介助(背側)、二人介助(脚側)のそれぞれを行う介助者について、腰部負担を比較した。被験者は介助を日常に行っている看護婦、理学療法士ら8名と介助経験のない男子学生2名とした。
2.移乗介助機器使用時の腰椎圧縮力の推定
床走行式リフトを使用しているときの運動計測データおよび床反力データから、腰椎圧縮力を推定した。圧縮力はMcGillらが、導いた回帰式を用いて算出した。被験者は介助用リフトの使用経験のある看護婦3名とし、床反力計と3次元運動計測システムを用いて計測した。算出した結果とモーメントデータ、筋電データを比較することにより、腰部負担を表す指標を考察した。
3.床走行式リフト移動時の操作力の計測
床走行式リフト使用時に、大きな腰部負担のかかるタスクであるリフト移動に着目し、その使用に実際にかかる操作力を明らかにするために、ハンドル部分に荷重センサを取り付け、計測実験を行った。実験室内に病室を模擬した実験空間を設定し、ベッドへのアプローチ(往路)およびベッドから車いすの移動(復路)の2種類の動作を計測した。復路では、ベッドの位置からリフトを引きだした後、狭い場所で左へ方向変換する動作が含まれている。左右の荷重データより、介助者がリフトにかける前後方向力、左右方向力および左右の荷重計の中心点まわりの水平面内でのモーメントを求めた。
4.介護支援衣服の検討
昨年度行った、介助行動における体幹傾斜角度の計測結果より、介助動作では20°以上傾斜させることが多いことが明らかになった。この結果を活かして、深く前屈すると体幹傾斜によるモーメントを補助するような介護支援衣服の開発を検討した。
そのために、男子学生1名を被験者として、前屈角度と体表面距離変化量および腰部モーメントを計測し、支援衣服に必要な張力とばね定数を求めた。
尚、実験の被験者に対しては研究の主旨を十分に説明し、計測回数を最小限に抑え被験者に負担のかからないよう十分に注意を払った。
結果と考察
1.腰部負担からみた移乗介助動作の評価
同一条件下における熟練者の一人介助時と二人介助時(組み合わせ:大-小)の腰部モーメント結果より、屈伸方向のモーメントは二人介助は一人介助に比べ2割程度軽減され、回旋方向では1/3程度に軽減され、3方向のモーメントの総和は1/2程度になった。昨年の床走行式リフト使用時の腰部モーメントと今年度の結果を比較すると、床走行式リフトにおいて負担が大きくかかるタスクにおける腰部負担は、二人介助における前側介助者とほぼ同じであった。
また、二人介助の方法でも、被介助者の体幹を保持する側(後)と脚を保持する側(前)では腰部負担が異なり、前の介助者の方が負担が大きいことがわかった。介助者の身長の組み合わせと腰部負担の関係では、同じぐらいの身長の介助者の組に比べて、後ろを身長の高い介助者、前を身長の低い介助者とした組の方が、約2割負担が減少するという結果が得られた。体幹傾斜の影響を少なくするために、介助者のペアを工夫することも有効な方法である。
2.移乗介助機器使用時の腰椎圧縮力の推定
それぞれのタスクにおける、腰椎圧縮力のピークを求めた結果より、リフトの移動がもっとも大きい値をとっていることがわかった。続いて、脚側からスリングを取り外す動作、スリングを敷き込む動作の順に大きい値となった。この結果は、昨年度腰部モーメントを指標とした腰部負担の結果と同様であった。モーメントでは3方向のモーメントを独立に評価しなければならないが、腰椎圧縮力では1つの指標で表すことが可能である。これより、腰椎圧縮力により腰部負担を評価することは有効である。ただし、この指標ではその腰部負担の要因を明らかにすることは困難であり、3方向のモーメントも同時に検討する必要はある。
3.床走行式リフト移動時の操作力の計測
計測したそれぞれの方向の力およびモーメントについて、最大値と最小値を求めた結果、後方への力(FX-max)はリフトを引く動作のある復路の方が大きな値をとっている。前方への力(FX-min)では往路の方が大きい値をとっている。左右への力(Fy-max,Fy-min)ではいずれも、復路の方が大きい値をとっていた。
4.介護支援衣服の検討
腰の回転中心から背側表面までの距離を計測し、屈伸モーメントから支援衣服に必要な引張力を算出した。昨年度行った日常生活と介護時の前屈角度の計測結果より、介護時にかかる屈伸モーメントを日常生活レベル(20°前屈時,60Nm程度)まで軽減するには、支援衣服が40°前屈時に30Nm程度の屈伸モーメントを補助すればよいことがわかる。これを達成するためには、屈伸中心から背面までの距離を0.1mとして、40°前屈時に300Nの力が必要になる。また、前屈角度と体表面距離変化量との関係から、支援衣服に必要なばね定数を求めると、前屈角度20°から40°の間に背面胸腰部に沿う距離は3+2=5cm伸びるため、300N/5cm=60N/cmとなった。実験結果より、背部に弾性体を付した介助支援衣服を提案する。これは、体幹傾斜角が20°以上になった場合に、上体による腰部モーメントを補助するように、背面に引っ張り力を発生する素材を取り付けたものである。これにより、補助すべき屈伸モーメントの10%(30N)程度は軽減できる可能性があることがわかった。
8.移乗介助の注意事項と介助法教育に関する考察
これまでの研究結果から、介助法教育においては以下の点を強調する教材開発が必要であると考えられる。
① どのような姿勢をなぜとってはいけないかの生体力学的説明
② 一人介助の正しい行い方。特に、小さい被介助者を大きい介助者が介助する場合。
③ 二人介助の正しい行い方。特に、介助者間に身長差がある場合
④ リフトの正しい使い方
⑤ 推奨順序と負荷の定量的比較
結論
移乗介助において、一人介助は通念通り二人介助よりも腰部負担が大きいという結果が得られた。特に回旋方向の負担が3倍程度であった。二人介助では、これまでの通念とは異なり、体幹側介助者よりも脚側介助者の方が腰部負担が大きいという結果が得られた。これは、体幹傾斜の影響が大きいことが分かった。床走行式リフトの使用では、タスクによって二人介助と同程度の腰部負担のかかるタスクもあり、その使用には注意が必要である。腰部負担を表す指標として、腰椎圧縮力と腰部モーメントを用いることの有効性を示した。また、背面に弾性素材をつけた衣服によって介助負担の一部を軽減できる可能性を示した。
これまでに得られた知見から、正しい介助方法を定量的に示し、介助方法の教育の現場で実践しながら指導することの必要性が示唆された。注意すべき項目は以下の通り。①移乗介助においても体幹の前傾姿勢が腰部負担を引き起こす要因であり、注意が必要である。②一人介助においては、小さい被介助者を大きい介助者が介助する場合に腰部負担が大きくなり、なるべく前傾姿勢をとらないように注意する必要がある。③二人介助では、身長の高い介助者が被介助者の体幹を保持し、身長の低い介助者が脚側を保持した方が、負担が少なくなる。④リフトの使用では、体幹傾斜が小さくなるようベッド高、車いす高を適正にする必要があるとともに、リフトの方向変換時は回旋方向のモーメントがかからないように注意をはらう。

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