脊髄神経障害性運動麻痺のリハビリテーション技術の開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000280A
報告書区分
総括
研究課題名
脊髄神経障害性運動麻痺のリハビリテーション技術の開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
矢野 英雄(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 君塚 葵(心身障害児総合医療療育センター整肢療護園 園長)
  • 中村太郎(太陽の家)
  • 熊倉伸宏(東邦大学医学部公衆衛生学教室 教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脊髄神経障害性運動麻痺の代表的障害である脊髄損傷者(以下「脊損者」という。)および脊髄性小児麻痺者(以下「Polio」という。)の麻痺障害の実態調査から、二次障害の発生および予後に関する因子を調べ、運動生理学および臨床医学の調査結果に照らして、リハビリテーションの技術開発と行政における事後重症の障害評価に貢献することを目的とする。 最終年度の研究目標は、過去二年間の研究から作成した脊髄神経障害性運動麻痺のリハビリテーションプログラムのプロトコルを使って、脊髄損傷者のケーススタディでその効果を調べた。同時に、研究調査経過中に得られた成果を,今後の研究に生かすためまとめた。
研究方法
初年度,次年度に行った研究成果から作成した装具歩行を取り入れた脊髄障害者のリハビリテーションプログラムのケーススタデイを実施し、健康管理に関わる生理学的パラメータの追跡調査を行った。併せて、各分担研究の医学的調査研究を実施し、脊髄神経障害性運動麻痺の二次障害発生に関わるEvidenceの集積を行った。
1) 脊髄の生理学的解析班、脊髄損傷者の臨床調査班、脊髄性小児麻痺者の臨床調査班、疫学調査班の4班構成で、全国の施設および団体の代表者(医師)の協力を得て医学調査を実施した。
2) 生理学解析班は、週2回、1回2時間の装具歩行のリハビリテーションプログラムを作成し、6ヶ月にわたる脊髄損傷者のケーススタデイを実施した。訓練期間中、健康管理に関わる麻痺領域の筋電の消長、酸素消費のトレランス、腸管運動、免疫機能、骨代謝等を検査し、訓練効果を調べた。併せて、損傷した脊髄の残存機能に関するデータベース制作するため、34名の脊損者を対象に、H波と短潜時反射と臨床調査を行った。
3) 脊髄損傷者の臨床調査班は、101名の脊損者を直接検診し、運動前後の血圧,体力等の生理学的調査を行い、訓練の効果について調査した。
4) 脊髄性小児麻痺者の臨床調査班は、84名のPolio患者を直接検診し、PPSの有無と生理学的検討を行し、PPSの発生予防の方法について調らべた。
5) 疫学調査班は、基礎調査、社会調査を継続し、新たに直接検診の医学調査表を作成し、その解析を行った。
6) 本研究において、いくつかの新しい事実が明らかとなったため、その妥当性について検討するため、この研究に関連する基礎研究に造詣が深い研究者を招いて検討会を開いた。
結果と考察
結果:1) 脊損者の歩行訓練のケーススタデイから、訓練によって、麻痺領域の筋肉(ヒラメ筋)に訓練前に見なかった筋電の出現を確認し、訓練経過とともに次第に健常者に類似するパターンへと変化することを確認した。確認した筋電の大きさとパターンは、股関節の伸展運動と荷重(床反力)と相関し、足関節の関節運動とは相関しなかった。この他、歩行訓練によって、直接健康管理に関わる、酸素消費のトレランスの向上、腸管運動の改善、NK細胞数の増加、骨代謝の亢進の所見を得た。
2) 34名の脊髄損傷者のH波と短潜時反射のデータベースを試作し、その結果と医学的調査所見をまとめた。その結果、下行性神経信号の阻害と損傷後の麻痺筋の反射感受性の双方が影響することを明かにした。
3) 101名の調査結果は解析中であるが、頚髄損傷者23名と胸腰髄損傷者27名との間で、血圧の上昇、疲労感などの自律神経障害に大きな相違点があり、いずれも健常者のシャム実験データと異なっていた。
4) 84名のPolio患者の調査結果では、PPSの症状があるものは37名(44.0%)、PPSがないものは19名(22.6%)、判定できないものが15名(17.9%)、その他、調査項目を満たさず調査から除外したものが16名(15.4%)であった。
5) PPSと診断された患者は下肢の麻痺があるもので、上肢だけ麻痺があるものは、含まれていなかった。
6) PPSの合併症には、歩行と関連する変形性関節症20名、骨折15名、関節拘縮15名と整形外科関連の障害が多かった。この他、貧血10名、高脂血症9名、糖尿病6名、反応性うつ病4名であった。PPSと診断されているものは、統計学的1%の優位水準で疲労感を訴えたものが多いと確認した。
7) 16名のPolio患者に針筋電の検査を行った結果、麻痺がある筋では86%の高率で神経原性高振幅、長持続の筋電の出現を見た。
8) 直接検診用医学調査表を作成した。 
9) 脊髄神経生理学の専門家が参加した研究会では、研究結果は最新の生理学から照らして、脊損者の歩行訓練は多くの潜在的残余脊髄機能を再活する可能性があるとする結論の妥当性について了承を得た。
考察:
脊損者に見る痙性の発現は、脊髄前角運動神経細胞が生存し、活動する能力を保有している証とされている。痙性が発現しないものは、末梢神経の損傷を合併しているか、脊髄の歩行中枢そのものが破損している可能性があり、脊髄のロカモーションのCPGを再活する訓練効果は疑わしい。しかし、大多数の脊損者では受傷後一年以内に痙性が発現していた。しかし、基礎調査と社会参加調査から、痙性自体は障害者に不快な痛みを与え、ADLの阻害要因となって、QOLとWellnessを著しく低下させる原因となっていた。この調査結果から、痙性の発現およびその抑制機能の再活、また、痙性を抑制するCPGの再活の方法を調べる研究が必要となった。最終年度は、過去二年間の生理学的研究から、歩行によって伸筋と屈筋に交替性に筋電が発現するに従い痙性の筋電の出現が抑制される傾向を踏まえて、この抑制現象が歩行用運動による下肢からの末梢神経信号の脊髄への入力によるCPGの再活によるものかどうかの再確認と、痙性が抑制されたからCPGが再活するのか、CPGが再活したから痙性が抑制されるのかなど不明な点が残されていた。また、歩行による脊髄CPGの再活が健康管理に関わる自律神経機能とどのように関わるのかが不明であった。これを明かにするため、本年度のケーススタデイと基礎的脊髄神経生理学上のパラメータの解析が゛行われた。その結果、歩行による下肢と体幹が行う運動による股関節の伸展運動と荷重が、脊髄のCPGが再活すること、また、原因と結果は今回明とならなかったが、確かに歩行訓練は痙性を抑制することが明らかとなった。限られた研究期間内では、このEvidenceに基づいた、股関節を伸展させ、荷重する訓練を取り入れるた装具歩行のリハビリテーションプログラムを作成し、臨床的結論を急ぐ必要があると判断して、このEvidenceに基づいたリハビリテーションプログラムのプロトコルを作成し、臨床研究を行った。
最新の脊髄神経生理学では、脊髄に心臓、腸管,膀胱直腸障害などを管理する自律神経関連のCPG中枢があると想定され、これらのCPGの活動が、ロカモーションのCPG機能と関わっているのではないかと注目されている。今回、歩行訓練で出現する交替性の筋電活動やロカモーションのCPGの活動と酸素消費トレランスの向上、腸管運動の改善、免疫機能の向上、骨代謝の促進が関係している所見を得た。これらの所見が直接歩行と相関しているかどうかについての検証は症例を重ねた検討が必要であるが、歩行のCPGの活動が歩行以外の自律神経関連のCPGに影響を与えたのではないかと考えている。いずれにしても、これらの所見が事実とするならは、体力の低下や感染症、また、便秘、下痢、骨の萎縮などに苦しむ脊損者の朗報である。
脊髄が保有する各種のCPGは相互に関連して機能を維持していると考える仮説が提唱されているが、これらの研究は未だ端緒についたばかりで不明な点が多い。本研究で明かにした脊髄歩行中枢CPGの再活のEvidenceはこれらの研究の端緒をなすもので、一方脊損者の健康管理と残余脊髄機能の再活への道を提示することに貢献するものと考えられる。
本研究が採用したH波の計測は、連続的かつ経時的に観測できる計測方法で、脊髄前角細胞の活動性を直接調べる計測である。従って、CPGや脊髄反射弓の機能に対する運動の影響、重力の影響、筋肉の退行性変性や萎縮の影響などを解析する点で有用である。これらの基礎的研究の積み重ねがより有効な脊髄障害性運動麻痺者のリハビリテーションの技術開発に連なるもので、この視点から研究期間の許す限り可能なH波と短潜時反射のデータを整備し、運動や重力の関係に関する資料を集積した。
頚損者と胸腰損者の体力および血圧管理の課題について臨床上行った研究結果と、脊髄の反射機能については今後生理学的研究を重ねた照合を必要としているが、Nakazawa等の報告(EBR:1998)によると、歩行訓練すると頚髄損傷者の方が胸腰髄損傷者より麻痺領域の筋に出現する筋電の量とパターンは前者の方がより多く改善するEvidenceを報告している。この事実と今回の研究結果を照合すると、臨床上重傷度が高い頚髄損傷者の方が胸腰髄損傷者よりハビリの効果があることと考えられることとなる。頚損者の数が増加している現状から、重要な課題となっているが、今回の限られた期間内では結論に至らなかった。
Polio患者のPPSを訴えるものは、下肢麻痺型に限られていた。これは、初年度および次年度の調査から、PPSの発現が、受傷後40年経過頃から発症すること、過労など筋肉のMisuseが関わっているとする結論と照合すると、歩行による重力負荷が下肢の麻痺領域の筋のMisuseを起すためと理解された。
潜在的に保有するPolioの脊髄残存機能を調べるH波のデータベースの整備からPPSの発生を予防する客観的評価法確立の道筋を得たと考えている。
結論
① 過去二年間の基礎調査、社会参加調査から、脊損者にもPolioにみる二次障害が発現し、経年的に増加することが確認された。最終年度は、脊損者の健康管理のため、二次障害の発生予防に向けた装具歩行のリハビリテーションプログラムのプロトコルを作成し、その効果について検証した。その結果、体性神経機構に属する麻痺領域の筋に健常者にみるような筋電が発現し、同時に、自律神経機構に属する腹部臓器の機能や免疫機能、骨代謝機能改善の所見を得た。これらの所見から、脊損者の健康管理のリハビリテーションの方法およびH波の計測を機軸とした評価法を考案した。また、本研究課程において、臨床的課題である、装具歩行による残余脊髄機能再活とリハビリテーションの方法を提案した。併せてロコモーションのCPGと自律神経関連のCPGの相互関係について考察した。
② 過去二年間の基礎調査,社会参加調査から、Polio患者では受傷後40年経過ころから急にPPSを訴えるものが多くなること、最終年度の医学調査からPPSを訴えるものは下肢麻痺者に発生し、上肢麻痺だけのものには発生していないことを確認した。これらの所見の照合から、PPSの発生は筋のMisuseに原因があると考察した。今回脊損者に行ったH波と短潜時反射のデータベースをPolio患者において制作し評価することから、Polio患者にMisuseの事実を知らせ、生活改善の指導を行うことから、PPSの発生予防が可能であると考えられた。
③ 本研究結果から高齢期における脊髄神経傷害性運動麻痺者の二次障害発生予防のため、行政に対して、Polio患者の受傷後40年経過したものに対して、PPSの検診と事後重症の認定が必要であると提案した。
その際、今回使ったPolioの二次障害判定法が有効であると考えられる。

公開日・更新日

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