アルコール依存症の疫学と予防に関する総合的研究

文献情報

文献番号
200000276A
報告書区分
総括
研究課題名
アルコール依存症の疫学と予防に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
白倉 克之(国立療養所久里浜病院)
研究分担者(所属機関)
  • 白倉克之(国立療養所久里浜病院)
  • 杠 岳文(国立肥前療養所)
  • 角田 透(杏林大学医学部衛生学教室)
  • 猪野亜朗(三重県立こころの医療センター)
  • 廣 尚典(日本鋼管病院鶴見保健センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
以下のセクションにおいて、各番号は以下の研究課題を表すものとする。
1) 一般住民における問題飲酒の実態及び長期予後に関する研究
2) 飲酒習慣と健康に関する疫学研究
3) 未成年者の飲酒関連問題の長期経過に関する研究
4) 高齢者のアルコール依存症スクリーニングテスト(KAST-G)の開発に関する研究
5) 否認スケールの開発に関する研究
6) 職場における問題飲酒に対するbrief interventionの効果に関する研究
1)本研究は、一般人口集団の飲酒パターン・アルコール関連問題の実態把握と、調査で同定した問題飲酒者を長期追跡し、飲酒の健康・社会生活に及ぼす影響を評価することを目標にしている。2)一般人口に対する健康診断結果を利用して、飲酒習慣が縦断的に、人々の健康状態、特に循環器関連の健康障害および精神的健康にどのように関連しているか評価する。3)未成年者の飲酒行動を長期に追跡していくことにより、年齢とともに飲酒の増大していく状況や問題飲酒の出現状況をとらえ、飲酒の促進因子を抽出する。4)最近増加している高齢者のアルコール依存症者を同定する補助手段としてのスクリーニングテスト開発をその最終目標としている。これにより、彼らの飲酒問題に対して効果的に介入できる。5)飲酒問題への否認、アルコール依存症への否認を客観的に評価できるスケールを開発する。これにより、治療予後の判定、治療課題の設定が可能となる。6)職場において、産業医や産業看護職が問題飲酒者に対する効果的なbrief interventionを行なうためのマニュアルを作成すること、およびbrief interventionの方法やその効果を評価することを目標にしている。
研究方法
1)AUDIT(Alcohol Use Disorders Identification Test)、CAGE、KAST (久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)など既存のアルコール関連問題スクリーニングテストを含んだ調査票を作成し、平成10年度に(以下、平成はHとする)地元役場の協力を得て、佐賀県S村の20歳‐74歳の全住民(1,325名)に郵送し、回答を求めた。返答のなかった対象者に対して、H11年、12年の健康診断時にも調査票の記入を求めた。その結果、H12年までに880名(66%)からの返答があり、これを解析した。2)沖縄県S町における経年的な調査研究の資料から飲酒習慣と健康との関わりについて検討してきている。H12年度は、H9年度および11年度の住民健診で実施されたGHQ (General Health Questionnaire) の結果と飲酒習慣との関係について検討した。3)神奈川県M市の中学生に対して、飲酒行動の追跡調査を行なっている。まず、調査に同意した802名の生徒および彼らの両親の背景データ収集のための調査をH9年度に行なった。その後、H10年、H11年に追跡のために調査票を郵送した。今年度は、調査開始時のデータと2年後のH11年度のデータを比較し、飲酒状況の変化とともに、それに影響を与えている要因の同定を試みた。4)高齢アルコール依存症のスクリーニングテスト開発をその目的として、高齢者の飲酒問題に関連する調査票を作成し、一般高齢者(老人クラブ会員)、アルコール依存症者に実施した。H12年度は、調査票に組み入れられている既成のスクリーングテストであるKAST、CAGE、MAST (Michigan Alcoholism Screening Test) の高齢アルコール依存症における妥当性について検討した。5)飲酒問題の否認と気付きに関連したサブスケールを含んだ新しいスケール(Denial and Awareness Scale: DAS)を作成した。患者・家族ともに調査をしえた218組のデータを解析し、患者用に4個、家族用に8個のサブスケールを同定した。これらH11年度に作成したDASのサブスケールを、H12年度は因子分析にかけてより妥当性の高いサブスケール(本人用3個、家族用3個の計6個)に組み替えた。さらに、本人用および家族用のこれらサブスケールを用いて、断酒期間を予測する重回帰分析を行なった。6)研究対象はいずれの年も職場の健康診断で問題飲酒者と同定された人である。H12年度は、H11年度と同様に個別指導によるbrief interventionと書面による指導を行い、介入前の血清γ-GTP値と介入6ヵ月後のγ-GTP値の変化を2群で比較した。対象者は、brief intervention群が63名、書面指導群が93名であった。Brief intervention群の36名に対しては、1年後の介入効果についても検討した。また、前年度作成した節酒の自助マニュアルを一部改定した。
結果と考察
1)H12年までに調査票を回収できた880名の飲酒頻度をみてみると、男女で大きな差が認められたが、男女とも年代が若いほど飲酒量が多かった。KAST、CAGEと異なり、AUDITはcut-off点を変えることにより、様々なレベルのアル
コール関連問題を抽出できる。アルコール関連問題のcut-offを10点に置くと、男性の27%、女性の2%がこの範疇に入った。さらに男性の4%は、20点以上であり、これらの人々はアルコール依存症である可能性が高いと考えられた。また、189組の夫婦間の調査では、22%の妻が夫の飲酒で悩んだ経験をもっていた。2)飲酒習慣は精神的健康度との関連が考えられることから、対象住民のGHQ得点と飲酒習慣についての関連を検討した。しかし、飲酒習慣、すなわち「飲む」、「時々飲む」、「飲まない」と回答した各群の平成9年度におけるGHQ得点には男女とも差は認められなかった。調査対象者数が少ないこと、飲酒習慣の各人における特性が上記3区分では充分表現されていないことなどの問題はあるが、GHQ得点と飲酒習慣との間には明確な関係は認められなかった3)追跡2年後のH11年6月にアンケートを送付し、625名(78%)から回答が得られた。対象の子供達は調査開始時に比べて2歳年齢が上がったため、飲酒量・飲酒頻度ともに上昇し、飲酒場面も家庭から友達との飲酒にシフトし、未成年の飲酒に関する考え方も容認的に変化した。2年間で飲酒が増加した群とそうでない群とに分けて、多変量解析を行なうと、飲酒増加の要因として、低い初飲年齢、友達からの飲酒を断れない、親に悩み事を相談しない、などが同定された。4)老人クラブのメンバーを中心とした一般人口高齢者約1,100名、およびアルコール依存症臨床例60名の調査を終えた。質問票にはKAST、CAGE、MASTなど既存のスクリーニングテストの質問項目も組み込まれている。平成12年度は、これらのテストの結果を検討した。その結果、KASTやCAGEに比べて、MASTは敏感度、特異度の双方で優れていることが示唆された。今後、高齢者用のスクリーニングテストを開発するにあたり、参考にすべき知見であると考えられた。5)本人用、家族用それぞれ3個のサブスケールを用いて、断酒期間を従属変数として重回帰分析を行なった。その結果、短期予後では本人の否認が断酒期間を短くするように、また長期予後では本人の気付きが断酒期間を長くするように働いていることが示唆された。また、家族の場合、感情的反応の収まらない状況が断酒期間を短くしているように働いていることが示唆された。6)γ-GTP値の低下率による効果判定で、「効果あり」と判定された者は、brief interventionでは82.5%と、書面指導群の51.6%に比べて有意に高かった。1年後のフォーアップでは、「効果あり」が69.4%と、6ヶ月の効果に比べて低下傾向を示していた。また、方法のセクションで述べた通り、H11年度作成の自助マニュアルの一部を改訂した。
結論
前述の通り、本研究は疫学研究と予防研究に大別される。一般住民に対する疫学研究では、佐賀県の一山村とはいえ、悉皆調査で住民の飲酒行動やアルコール関連問題の実態が把握された。沖縄S町の住民健診研究では、精神的健康度を示す指標として使用したGHQ得点と飲酒習慣との間には明確な関係は認められなかった。しかし、方法論上の問題点などから、今後、対象者数を増やしてさらに検討される必要があることが示唆された。未成年者の飲酒行動に関するコホート研究は、我が国のパイオニア的研究である。今後も追跡が継続されていくことが期待されるが、最初の2年間で、未成年者の飲酒行動の変化が明らかになるとともに、彼らの飲酒行動を助長している要因などが示唆された。予防研究では、新たなスケール作成を目的とした研究が2つ含まれている。まず、高齢者のアルコール依存症スクリーニングテスト(KAST-G)の開発に関する研究では、残念ながらテストの最終版の作成までには至らなかった。しかし、KASTやCAGEに比べて、MASTは高齢者に対して、敏感度、特異度の双方で優れていることが示唆され、高齢者用のスクリーニングテストを開発するにあたり、参考にすべき知見であると考えられた。一方、否認スケール(DAS)の開発に関しては、本人用および家族用スケールの原版の作成までこぎつけた。今後このスケールの妥当性はさらに検討されなければならないが、まず、このスケールにより、アルコール依存症の治療
状況を客観的に評価する方法が提供された。職場における問題飲酒に対するbrief interventionの効果に関する研究では、この方法の有効性を確認するとともに、実施マニュアルの最終版を作成できた。また、問題飲酒者の早期介入の手順を定式化し、成果を現場ですぐに使用可能なものにした。

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