自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究

文献情報

文献番号
200000273A
報告書区分
総括
研究課題名
自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
江草 安彦(川崎医療福祉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎晃資(東海大学医学部精神科)
  • 石井哲夫(白梅学園短期大学)
  • 太田昌孝(東京学芸大学教育学部特殊教育研究施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
自閉症の医学的診断は、国際診断基準(ICD-10およびDSM-Ⅳ)の普及によって、臨床場面では混乱が見られなくなった。しかし、教育・福祉の領域では、自閉症のとらえ方が断片的・操作的に行われていることが多く、専門領域間の不統合と連携の困難さが問題となっている。広汎な領域における歪んだ発達障害である自閉症には、依然として誤解と偏見があり、特に、高機能自閉症およびアスペルガー症候群は、多彩な精神病理を有するにもかかわらず、福祉的援助の対象となっていない。そこで本研究では、①高機能自閉症の不適応行動の評価と理解、②自閉症の強度行動障害の発症機序の解明とその対応、③自閉症の判定基準(症状の重症度、知的障害の程度、生活の制限の3軸からなる)の作成についての検討を行った。
研究方法
次の3つのテーマによる研究がなされた。
1. 高機能自閉症児・者の社会的不適応行動の評価:①自閉症との鑑別が問題となる注意欠陥/多動性障害の評価尺度(ADHD RS-Ⅳ・日本語版)を用いて、16歳以上の自閉症児・者の行動を評価した。②高機能自閉症およびアスペルガー症候群の神経心理学的機能:WISC-R知能検査の下位検査項目について両群の比較研究を行った。③高機能自閉症の早期発見:「高機能」、すなわち知的障害を伴わないことがどの時点で明らかになるのかを調べた。④高機能広汎性発達障害児が、どの年齢段階で、どのような困難さを持ち、社会的不適応に陥るのかを調査した。
2. 強度行動障害の発症機序とその治療法:強度行動障害施設に入所しているケースの検討から、強度行動障害の発症機序を仮説的に整理した。さらに、強度行動障害児・者に関わるスタッフ、および家族からの聞き取り調査をもとにして、「強度行動障害ガイドライン」を試作した。
3. 自閉症の判定基準の洗練化:自閉症の福祉的判定基準(α3.0版)について、アンケート調査を行い、自閉症児21例を対象にα3.0版、CARS、PEP-Rを施行し、併存的妥当性を予備的に検討した。
結果と考察
上記の3つのテーマにおける研究結果と考察は以下の通りである。
1.高機能自閉症の不適応行動の評価と理解:①ADHD RS-Ⅳ・日本語版による行動評価から、ほとんどの自閉症児・者は多動性症状を有しており、安易な操作的診断では彼らの行動を理解することができないことを明らかにした。②WISC-Rの下位検査項目の結果を解析し、「単語」、「理解」、「知識」で両群に有意差がみられたが、下位検査項目の中で能力的に優れているもの、不得意なものの配置はまったく等しいことが認められた。③乳幼児期から学齢期に至る追跡調査の結果、自閉症状および知能指数の変遷は、極めて多様であることが認められた。④)高機能広汎性発達障害児の経過観察から、小学校低学年、中学年では集団困難やパニックの頻発、学習の問題やこだわりが目立ち、いじめを受ける子どもが多い。小学校高学年を境に集団困難は見られなくなるが、学習の問題や対人的孤立が目立ち、タイムスリップによるパニックが見られるようになる。中学生になると、いじめ、不登校、暴力的トラブルなどが目立ち、高校生以上になると抑うつや仕事の困難さが大きな問題となってくることが明らかになった。社会性を獲得させるためには、社会的文脈の中で自己を相対化し、複数のパースペクティブを展開することが必要であることが明らかになった。
2.強度行動障害の発症機序とその治療法:①強度行動障害は、防衛と対抗の意味があり、内的心理的変化によって発現し、不快刺激が過去の不快痕跡にフラッシュバックされることがあり、コミュニケーション障害によって生じるストレス性障害に類似した強迫的再現であると考えられた。②「強度行動障害」ガイドラインとして、自傷、他害、器物破損、睡眠障害、排泄障害、食事障害、こだわり、多動、騒がしさ、粗暴、引きこもりなどの行動障害についてのとらえ方をまとめた。さらに③療育実践参考例を記載して、その対応の仕方を具体的に示した。
3.自閉症の判定基準の洗練化:自閉症の判定基準α3.0版について、次の2つの結果が得られた。①アンケート回答率は、研究部員で38.0%、児相と更生で58.2%であり、回答者の80%以上から基本的な支持を得た。その意見に基づいて、総合判定のアルゴリズムに変更を加え、島状の高い知能の項目に若干の変更を加えた。α3.0版について、「自閉症の症状重症度」、「生活の制限の程度」、「知能の構造的障害」、および「総合判定」の構成が評価され、自閉症児者の社会的不適応さをかなり適切に判定しているとされた。②自閉性障害児21名(平均年齢9.4歳)を対象にしてα3.0版と、CARSおよびPEP-Rを施行し、併存的妥当性を予備的に検討した。少数例ではあるがこのα3.0版の妥当性は高いと思われた。これらの結果、α3.1版を以下のように構成した。即ち、①解説編、②判定指針編、③評価票、④補助評価票:改訂行動質問紙、⑤補助評価指針:a.機能の全体的評定(GAF/CGAS)、b.太田ステージ評価、c.知的障害(愛の手帳)判定基準表である。
結論
自閉症の診断基準は、国際疾病分類・第10版(ICD-10)の規定で明らかなように、児童精神科の臨床場面では混乱が見られなくなった。しかし、教育・福祉の領域では、自閉症のとらえ方が断片的・操作的に行われることが多く、専門領域間の不統合と連携のしにくさが問題となっている。わが国においては、乳幼児期から初老期までの幅広い年齢層の自閉症児・者が、福祉的援助を必要としている。しかし、現状では、低機能自閉症はその援助の対象となっているが、高機能自閉症は、社会生活における重篤な困難さにもかかわらず、援助の対象になっていない。その主な理由は、自閉症児・者に対する医学・福祉・教育のすべての領域をカバーする福祉的判定基準が未だ確立されていないためである。一方、欧米ではICIDHの改訂作業がすすめられているが、自閉症については必ずしも適切なものとはなっていない。
本研究では、上記の目的を達成するために次の3点について検討を行った。①高機能自閉症の不適応行動の評価と理解:明確な知的障害がない高機能群自閉症及びアスペルガー症候群の差異を神経心理学・認知心理学の立場から検討し、判定基準を作成する資料とした。②自閉症の強度行動障害の発症機序の解明とその対応に関する検討:激しい興奮、自傷、乱暴などの強度行動障害の発症機序を解明し、自閉症状の理解をさらに深めると共に強度行動障害に対するかかわり方のガイドラインを作成した。③われわれが作成した自閉症の判定基準α3.1版(症状の重症度、知的障害の程度、生活の制限の3軸からなる)のフィールド調査を行った。調査の結果、α3.1版を承認するという意見が多く寄せられたが、さらに検討をすすめてβ版を作成し、妥当性・信頼性の検討、実際の支援との結びつきの検討、簡略化などの実用化の検討などを行う必要がある。このような学際的統合的な視点からの判定基準についての考え方は、世界的にみても画期的なものである。

公開日・更新日

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