音楽療法の臨床的意義とその効用に関する研究

文献情報

文献番号
200000271A
報告書区分
総括
研究課題名
音楽療法の臨床的意義とその効用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
日野原 重明(聖路加看護大学)
研究分担者(所属機関)
  • 松井紀和(日本臨床心理研究所)
  • 篠田知璋(くらしき作陽大学)
  • 村井靖児(国立音楽大学)
  • 坪井康次(東邦大学医学部)
  • 丸山忠璋(横浜国立大学教育人間科学部)
  • 川上吉昭(東北福祉大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国民の医療に対するニーズは多様化し、受療者自身が治療法を選択する医療へとその方向性は大きく変わりつつある。受療者の身体的、心理的なニーズに応えることがひっぱくした課題となっている。
こうしたなかで、今日、わが国においても音楽療法が広く行われようとしているが、現在、音楽療法は、関係する制度が整備されていないこと、医療・福祉の領域での健康保険診療点数に組み込まれていないなどの理由から、様々な名目や雇用形態で実施されているのが現状である。
音楽療法の実態を把握し、音楽の臨床的効果、健康維持・増進作用について、内外の文献を収集検討し、かつ現在行われている種々の臨床的研究について展望することは、来るべき21世紀の医療行政にとって、多くの貢献をなし得るものと考えられる。
そこで、われわれは、これまで国内国外における音楽療法の実態を調査し、また、音楽療法の効果を基礎ならびに臨床の各側面から明らかにすることを目的とし、調査を行っている。今年度は特に、基礎的研究とターミナルケア、精神医療、心身医療、知的障害者、高齢者関連施設などにおける臨床応用とその効用、ならびに米国における音楽療法教育の実態について調査・研究を行った。
研究方法
以下の方法で研究・調査を行った。
①ターミナルケアにおける音楽療法の臨床的意義と活用に関する記述的研究
②精神療法における音楽療法の臨床的意義と応用に関する研究
③米国の音楽療法教育に関する実態調査
④高齢者関係施設における音楽療法へのニーズに関する調査
⑤認定音楽療法士(全音連)へのアンケート調査による音楽療法の効果に関する研究
⑥知的障害者・高齢者関係施設における音楽活動に関する実態調査
⑦患者の音楽と音楽療法についての意識調査
⑧音楽の生理的、生化学的内部環境におよぼす影響に関する研究
結果と考察
日野原らは、ターミナルケアの現場で、スタッフに心を開かず、抑うつ的な子宮体癌患者に対して音楽療法を導入し、患者の頑な態度に変化が生じ、スタッフとの会話も多くなった事例を記述的に研究した。その結果、患者の対人関係のパターンの特徴を見極めながら音楽療法を進めていくことの重要性を明らかにした。
松井は、知的障害を伴わない行動障害児に対する即興音楽療法の効果を検討し、音楽による強い攻撃性の発散と統制された攻撃性の表現、さらに言語化の促進の効果を認めている。発散が容易でかつ秩序性を有する音楽の特性が、その過程の円滑に進行させたと考えられた。
篠田らは、米国における音楽療法の教育について調査を行い、現在、80余校の4年制の大学において厳密なカリキュラムのもとに行われており、大学院の修士、博士課程も設立されており、また、医療面では保険会社が保険適用してバックアップをしていることを明らかにした。
一方、わが国の老人施設における関心度、知名度についての調査では、関心度は90%に達し、導入意欲も90%近くであった。さらに、ターミナルケアでの実践結果では、a)患者や家族の内部発散、b)心身の苦痛の緩和、c)家族のリリーフワークを助ける。d)過去の回想を誘起させる。などの効果を認めている。
村井らは、認定音楽療法士に対する自由記述方式による音楽療法の効果に関するアンケート調査を行っている。総数260による回答から、精神遅滞では、自傷行為、他傷行為などが減じた、コミュニケーションがとれるようになった、集中力が増した、母親以外の大人と活動が出来るようになった、自己表現によって表情に笑顔が多くなった、などの具体的記載が多くみられた。また自閉症では、単なるオーム返しから感情を伝える言葉に変化した、集団の中で行動が取れるようになった、などコミュニケーションの障害の改善を示す記載が多い。
精神発達遅滞者でも、言葉がなかったクライエントが歌うようになり、だんだん会話的な言葉へと移行した、遊びが広がり認知面が向上した、音楽療法をきっかけにデイサービスでの活動に積極的に参加するようになった、など積極的な行動の変化が目立っている。不登校児でも、言葉によるコミュニケーションが可能になった、自分の意思表示ができるようになった、他人への思いやりの心が芽生えて、登校できるようになった、など疾患、年齢別に特徴が示されている。
成人の領域では、精神分裂病において、現実感を取り戻すことが多くなった、言語表出が明瞭化してきている、言動の自由さの拡大、性格が穏やかになる、問題行動が消えるなどの記載が多くみられた。
老人の領域の変化は、更に項目が限定されてくる。徘徊が止まった。明るくなったなどがみられ、ホスピスでは、音楽がクライエントとの会話のきっかけを作ること、コミュニケーションが取れると生活が活性化してくることが観察されている。
丸山らは、知的障害関係施設/高齢者医療・福祉施設における、音楽活動の導入状況、活動内容、指導者の状況、定期的活動の頻度および時間、外部指導者への処遇の状況を調査している。それによると、高齢者施設の98.7%において「何らかの形で音楽活動が取り入れられている」一方で、知的障害関係成人施設の12.7%で「ほとんど取り入れられていない」と回答している事は、知的障害関係施設への音楽療法の対策に遅れがみられた。「音楽療法として取り入れている」との回答も、高齢者施設の32.0%に比べ、知的障害関係施設で18.5%に止まった。音楽活動の効果について「情緒の安定」「社会性の伸長」「機能の維持・回復」などを挙げながらも、その導入にあたっては「職員の専門性の不足」「環境の不整備」「集団活動の困難」など、多くの問題があることを指摘している。
坪井らは、心療内科受診中の患者群において、気分に関係する状況で音楽を聴いていることが多く、音楽による気分の変化やリラックス効果を実感した上で、その効果を得るための最も身近な手段として利用していた。健康な大学生と比べて、気分不快時にも音楽を聴いているという傾向がみられ、患者群ではイライラしている時でも音楽を聴いており、症状のある時に症状の軽減を目的として音楽を聴いた人(73.7%)の9割以上の人が症状の改善を自覚した。
川上らは、音楽を聴取させた場合の生体の内部環境の変化を生化学的に明らかにするため、尿及び唾液中のホルモンを分析し、その結果、尿中17-KS値及び17-OHCS値は音楽聴取の影響を反映し難いが、唾液中コルチゾル値は、比較的内的環境の変化を反映し易いことが認められた。また、各々の値に感度や反映速度の相違等があることから、状況による使い分けも含めた、見えない情動の変化を捉える指標になり得ることを明らかにした。
結論
音楽療法は、諸外国、特に米国では、有用な治療手段として活用されており、音楽療法教育も盛んに行われており、各種疾病に対する治療効果について研究が盛んであった。今後わが国でもこの方面での研究が盛んになると思われる。
また、わが国においても、音楽療法へのニーズは高く、精神科領域、教育・福祉領域、ターミナルケア領域で、優れた臨床的効果を示すことが経験されていることが判明した。音楽療法の重要な要素のひとつにコミュニケーションがあるが、即興演奏を取り入れることによって、種々の障害を持つ症例に対して有効であることが判明し、今後、他の分野の治療にも応用しうることが示唆された。
心療内科領域の患者でも、音楽療法に対する期待感の強いことが示され、音楽のホルモンなど内部環境に対する影響も確かめられたことから、今後ますますこの方面での活用ならびに研究が期待される。健康増進のために音楽療法が貢献しうることを示唆するものとして重要であると考えられた。

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