高齢者の脳血管障害の予防と進展防止を目的とした漢方薬による治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000269A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の脳血管障害の予防と進展防止を目的とした漢方薬による治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
嶋田 豊(富山医科薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小林祥泰(島根医科大学)
  • 三潴忠道(飯塚病院)
  • 新谷卓弘(鐘紡記念病院)
  • 長坂和彦(諏訪中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は高齢者の脳血管障害の予防や進展防止に対する漢方薬の臨床効果を研究し、同時に基礎的研究で漢方薬の作用機序を明らかにすることにより、最終的に高齢者の脳血管障害に対する漢方薬による治療体系の確立を目指している。以下に本研究の本年度の具体的な目的を項目ごとに列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
最終的には、無症候性脳梗塞患者の知的機能、精神症状、自覚症状、MRI上の脳梗塞の進展防止に対する桂枝茯苓丸長期投与(3年間)の効果を検討するが、本年度は短期投与(12週間)の効果を明らかにする。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. 脳血管障害の脳循環、高次機能に対する漢方薬の効果: 無症候性脳梗塞例に対する桂枝茯苓丸の脳循環に及ぼす影響をSPECTを用いて明らかにする。
b. 老化とお血病態の関連及びお血改善剤の効果: 血液凝固、血小板機能、線溶系を包括的に短時間で測定しうる血液凝固機能検査機器(ソノクロット)を用いて、高齢者の脳血管障害患者に対するお血改善薬の効果を明らかにする。その前段階として、本年度は高齢者のお血病態の解析を行う。
c. グルタミン酸誘導神経細胞死に対する漢方薬の保護作用: 脳虚血時には脳内に過剰に放出されたグルタミン酸が毒性となって神経細胞死を導くことが知られている。本年度は、培養神経細胞を用いてグルタミン酸誘導神経細胞死に対する桂枝茯苓丸の保護作用を明らかにする。
d. 血管弛緩作用に対する漢方薬の効果: NO(一酸化窒素)を介する内皮依存性の血管弛緩反応や、NOを介さない内皮非依存性の血管弛緩反応によって、血管の拡張や血流が調整されていることが知られている。本年度は、釣藤散の主要構成生薬である釣藤鈎の血管拡張作用及び血管収縮抑制作用の機序ならびに活性成分をオーガンバス法によって明らかにする。
研究方法
以下に、項目毎に列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
無症候性脳梗塞患者142例を対象として、桂枝茯苓丸エキス1日量(TJ-25:7.5g)を1日3回食間に12週間投与し、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、Apathy scale(やる気スコア)、Self-Rating Depresion Scale(うつ病スコア)、自覚症状、自覚症状全般改善度、有用度などを評価した。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. 脳血管障害の脳循環、高次機能に対する漢方薬の効果: 無症候性脳梗塞例の脳循環に対する桂枝伏苓丸の効果をSPECTにより検討した。脳検診で無症候性脳梗塞を認めた健常者17名を対象に、桂枝茯苓丸(TJ-25)7.5g/日、1ヶ月間服用の脳血流に対する効果をXe133吸入法により評価した。
b. 老化とお血病態の関連及びお血改善剤の効果: 血液凝固、血小板機能、線溶系を包括的に短時間で測定しうる血液凝固機能検査機器(ソノクロット)を用いて検討した。抗凝固療法や抗血栓療法を施行していない初診患者34例(平均年齢61.7歳)を対象とした。お血病態の評価には寺澤のお血スコアを用いた。
c. グルタミン酸誘導神経細胞死に対する漢方薬の保護作用: 培養小脳顆粒細胞に グルタミン酸(100μM)を1時間添加し、それと同時に桂枝茯苓丸エキス及びその構成生薬エキスを添加し、MTT法によってそれらの グルタミン酸誘導神経細胞死に対する保護作用を検討した。さらに45Ca2+を用いて、 グルタミン酸によって誘導されるカルシウムの細胞内流入に対する影響を検討した。
d. 血管弛緩作用に対する漢方薬の効果:オーガンバス法を用いて、ラット摘出大動脈リングに対する釣藤鈎エキス及びそのタンニン画分、アルカロイド画分の内皮依存性及び非依存性血管弛緩作用、フリーラジカルによる血管収縮反応に対する抑制作用、アルカロイド含有画分のカルシウム拮抗作用を検討した。
結果と考察
以下に、結果及び考察の概略を項目毎に列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
対象142例のうち139例は12週間桂枝茯苓丸を服用したが、3例は下痢、動悸、痒みの出現のため途中で服薬を中止した。改訂長谷川式簡易知能評価スケールは、開始時25.5点、4週後26.1点、8週後26.6点、12週後27.3点と開始時に比べて各時点でいずれも有意の改善を認めた。Apathy Scaleは開始時13.1点、4週後12.0点、8週後11.5点、12週後11.7点と開始時に比べて各時点でいずれも有意の改善を認めた。Self-Rating Depresion Scaleは、開始時38.4点、4週後37.0点、8週後35.5点、12週後35.5点と開始時に比べて各時点でいずれも有意の改善を認めた。自覚症状全般改善度は12週間後で著明改善1%、中等度改善7%、軽度改善41%、不変44%、悪化7%であった。全般改善度は、12週経過した時点で著明改善9%、中等度改善13%、軽度改善32%、不変44%、悪化2%であった。安全性も加味して総合的に判定された有用度では、極めて有用6%、有用21%、やや有用33%、特に有用といえない37%、好ましくない2%であった。無症候性脳梗塞患者における認知機能障害、情緒障害、自覚症状の発症の一因として、脳循環の低下が報告されている。今回の検討では拡張期血圧の有意な低下を認めた。また、桂枝茯苓丸には血液レオロジー因子改善作用や血管拡張作用が報告されており、これらの作用が脳循環の改善を介して無症候性脳梗塞患者の認知機能障害、情緒障害、自覚症状の改善に寄与した可能性が考えられる。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. 脳血管障害の脳循環、高次機能に対する漢方薬の効果: 全体では桂枝茯苓丸投与前後の脳血流変化は有意でなかった。しかし、脳血流変化と年齢が強く相関していたため、70歳未満(7名)とそれ以上(10名)に分けて検討した結果、70歳未満群では全脳平均脳血流が増加傾向を示し、70歳以上群に比し有意な増加を認めた。
b. 老化とお血病態の関連及びお血改善剤の効果: 高齢者ではフィブリン形成が亢進していた。また、特に高齢者におけるお血病態では血小板機能に起因すると考えられるクロット退縮能の低下も加わっていた。
c. グルタミン酸誘導神経細胞死に対する漢方薬の保護作用: MTT法による細胞生存率では、桂枝茯苓丸エキス(10-4 g/ml)は、グルタミン酸誘導神経細胞死を有意に抑制した。各構成生薬では桂皮エキス(10-5 - 10-4 g/ml)のみがグルタミン酸誘導神経細胞死を有意に抑制した。桂皮エキス(10-5 - 10-4 g/ml)はグルタミン酸による45Ca2+流入を有意に阻害した。桂皮はカルシウムの細胞内流入阻害を介してグルタミン酸誘導神経細胞死に対して保護作用を有することが明らかとなった。
d. 血管弛緩作用に対する漢方薬の効果: 釣藤鈎タンニン画分の最大血管弛緩率は、内皮保存血管87.1%、内皮除去血管-16.0%、l-NAME前処置内皮保存血管13.6%、釣藤鈎アルカロイド画分の最大血管弛緩率は、内皮保存血管78.8%、内皮除去血管86.3%、l-NAME前処置内皮保存血管83.8%であった。フリーラジカルによる血管収縮反応に対して、タンニン画分及びアルカロイド画分は血管収縮を抑制した。アルカロイド画分はカルシウムによる血管収縮を抑制した。釣藤鈎はNOが関与する内皮依存性とカルシウム拮抗作用による内皮非依存性血管弛緩作用を有し、各々釣藤鈎含有タンニンと釣藤鈎含有アルカロイドが活性成分であり、また、釣藤鈎はフリーラジカルによる血管収縮を抑制する作用を有し、その活性成分は釣藤鈎含有タンニンとアルカロイドであることが明らかとなった。
結論
漢方薬による高齢者の脳血管障害の予防と進展防止を目的とした研究を開始した。3年間の研究期間の最重要課題である無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の長期投与の効果の検討に先がけて、本年度は短期投与(12週間)の効果を検討したところ、精神症状・自覚症状等の改善を認め、無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の有用性が示唆された。同時に、脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序に関する臨床的・基礎的研究を行ない、本年度はグルタミン酸誘導神経細胞死に対する桂皮の保護作用、釣藤鈎の血管弛緩作用に関する作用機序と活性成分を明らかにする等の成果を挙げた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-