介護サービスにおける権利擁護の行政的評価に関する研究

文献情報

文献番号
200000267A
報告書区分
総括
研究課題名
介護サービスにおける権利擁護の行政的評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大井田 隆(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成12年度4月の介護保険制度の実施は、介護を要する高齢者や、その家族に対して大きな変化をもたらした。介護保険制度は、措置から契約へという変更に際して、利用者の権利保護について各種の対応を要求してきた。利用者のサービスの受給は権利であり、サービス提供者と利用者との間には契約関係が成立することを前提とし、契約不履行に関してはペナルティが用意されることになったのである。
たとえば、これまで療養型病床群、老人保健施設、特別擁護老人ホームなどで行われていた「抑制」は、平成11年3月31日付の厚生省令における身体拘束禁止規定により、基本的に禁止された。
また、同年10月1日より実施された「地域福祉権利擁護事業」として、平成12年4月1日から実施される「後見・補佐制度」は、高齢者の人権擁護を行なうことが緊急に求められていることを示しており、その体制作りを地域でめざすための基盤整備が行われなければならないことを示した。
本研究は、平成12年度から3ヶ年の継続研究を予定しており、本年は、初年度にあたる。本研究では、特に介護保険制度の対象となる要介護高齢者の権利侵害を防止することを目的としたシステムを構築する専門家の養成に必要な様々な資料を収集し、その研修プログラムを作成し、その養成を行なうことを目的としている。
このため、本年度においては、第一に、わが国の権利擁護のために行われた、先行研究の整理を行なうこと。第二に、在宅において高齢者に対して行われている権利侵害の実態について把握すること。第三に、わが国における高齢者の権利侵害とくに「虐待」についての概念の整理を行ない、これを発見するためのチェック表の開発を行なうこと目的とする。
研究方法
高齢者の人権擁護に関する実態を把握し、その内容を整理することを目的に文献検索を行なった。検索は、Health planning and Administration, MEDLINE等のデータベースを利用した。
また、高齢者虐待についての実態を調査するために、長年にわたって地域医療を担っている医師等への協力を要請し、調査委員会の組織化を行なった。
なお、この委員会の組織化は、人権侵害を行なった経験がある加害者(介護者、家族など)に直接的に話を聞くことが極めて困難な状況を鑑み、地域において、すでに住民の信頼を獲得しており、加害者や被害者と具体的なコンタクトがとりやすい医師等に依頼し、調査に協力して頂いた。
また、同様に長年、保健福祉行政に携わり、地域において、すでに信頼を獲得している保健婦および社会福祉士等の協力を得ることによって、「虐待」の加害者となっている家族宅への訪問調査を実施した。調査は、家族および本人に対して、約30分から40分にわたって行われた。面接の内容は、すべてテープに録音し、後に事例の検討を行なう際に利用した。
<倫理面での配慮>
研究対象者となる高齢者については、本人等の同意を得ると共に人権擁護上の配慮を行い、氏名や個別データ等プライバシーについては厳重に注意した。調査集計について、個人名については一切関係なく行ない、個人名が明らかにならないように調査票の作成は、複数の人間がチェックをすることとした。調査票並びにその結果は、秘密保持のための厳密な管理運営を行なう。調査の実施にあたっては、対象に十分な説明と同意を得た。なお、本研究は、国立医療・病院管理研究所の「人間を対象とする生物医学的研究に関する倫理委員会規定」第1条の「生物医学的研究」に該当しないものであった。
結果と考察
高齢者虐待に関する文献研究においては、わが国で行われた虐待に関する著書や調査報告書をすべて収集し、そこで示されている調査項目とその回答傾向についての分析を行なった。
この分析の目的は、わが国においては、「誰が」「どのような行為を行なうこと」を「虐待」と考えているのかを明らかにするためであった。
しかし、調査者に対して、高齢者虐待の内容を示した記述に関しては、その定義がなされていない調査票もあり、多くの場合『1.身体的暴力による虐待、2.性的暴力による虐待、3.心理的障害を与える虐待、4.経済的虐待、5.介護等の日常生活上の世話の放棄、拒否、怠慢による"』といったアメリカ合衆国の高齢者虐待の定義が転記されていた。
そこで、次に報告書や著書に示された事例から、高齢者虐待の状況を示した内容を抜粋し、その記述をまとめ、これらの情報を得る手段についてまとめた。
これらの検討結果から、虐待を発見するためには、その虐待場面を目撃する以外には、聞き取り調査、観察、面談、そして推測という手段しかなく、しかも、その基準を明確にすることは、かなり難しいことがわかった。
しかも虐待を他者が認知するまでには、少なくとも3段階が必要であることがわかった。第一段階(条件1)においては、事実を客観的に評価する段階である。ただし、この段階においても、何らかの基準は必要である。例えば、「食事のメニューが偏っている」といった内容は、どのようなメニューであったため、そう判断したかという基準を作る必要がある。また、水分摂取量などについても、単に外見だけで判断するのは、専門職者でない限り困難であると考えられる。
また、第二段階は、この状況が「本人の意向によるもの」という場合には、虐待ではないと考えることにした。例えば、「歯磨きをしない」という高齢者の例が紹介されたことがあるが、歯磨きをする習慣がないという場合は、歯磨きを無理にさせることはないという考え方もある。また、メニューの偏りについても、好きなものだけを食べたいという高齢者も少なくない。すなわち、第二段階は、第一段階として、不健康であり、今後、さらに状況が悪化し、本人の生命に危険が及ぶ可能性があったとしても、本人の意向が明確であれば、虐待と定義しないと考えた。
ただし、この第二段階において、「痴呆症状」を持った高齢者の場合には、この第二段階は、ないものとした。
第三段階は、『尿・便のにおいがする、便器が汚れている』といった現状が観察された場合であるが、この場合、本人の意向が不明である場合は、何も対応されていないという事実が重なって、「放任」と定義することと考えた。
これらの三段階を経て、虐待と定義されることになると考えた。これまで収集した文献から抜粋した事例は、この結果、虐待の種類としては、「放任」、「暴言」、「暴力」、「拘束」、「不適切な介護」という5種類となった。
また、事例としてあげられた現象がもっとも多いのは、虐待の種類においても「放任」であり、食事、排泄、清潔の保持、居住環境の整備といった観点から評価が行なわれると考えられた。
結論
本年度は、介護保険制度が実施された初年度であることから、多くの現地調査を実施した。本研究は、3ヶ年を予定しており、初年度の研究成果としては、諸外国の高齢者の人権侵害に関する実態報告とこういった人権侵害を把握するための発見に関する方法について、網羅的な文献研究ができたことは、有益であった。
また、介護保険制度実施後の在宅における家族による介護サービス提供の実態に関する話を聞き、そのデータを収集することができたことは貴重な経験であった。
虐待と放置の概念が社会にとって重要な意味を持ってくる理由は、その社会が一定の介護や安寧に関する水準達成を必要とした時である。すなわち、わが国にとっては、2000年に実施された介護保険制度がその時であると考えられる。
また、「虐待」を新たな社会問題としてみなす特徴とは、地域社会の介護に関する新たな政策の展開がなされる時といえ、今日の社会における高齢者虐待をめぐる議論の理論的基盤が構築されることが必要であろうと考える。
したがって、本研究において、虐待に関する理論的基盤を体系化し、その定義について、市民一人一人が理解できるようになることが、新たな社会問題としての虐待を予防し、高齢者の人権侵害を予防するために必要な第一の課題ではないかと考えられる。
本研究で開発された高齢者虐待の概念や今後の継続研究の成果は、対人サービスの評価手法としても大いに役立つものとなると考えられる。

公開日・更新日

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