大腿骨頚部骨折の発生頻度および受傷状況に関する全国調査(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000254A
報告書区分
総括
研究課題名
大腿骨頚部骨折の発生頻度および受傷状況に関する全国調査(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
萩野 浩(日本整形外科学会)
研究分担者(所属機関)
  • 阪本桂造(昭和大学)
  • 河合伸也(山口大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
大腿骨頚部骨折の疫学調査について、これまでにもわが国での研究結果によれば、日本人の大腿骨頚部骨折発生率は欧米白人に比較して低値であると報告されている。本骨折は高齢者で発生率が高く、80歳以降には発生率が指数関数的に上昇することも報告されている。また近年欧米では大腿骨頚部骨折発生率の増加が報告されている。一方、これまでわが国では全国規模での本骨折の調査は少なく、また受傷原因や受傷場所、入院期間などの詳細に関する調査は行われていない。
そこで本研究では、わが国における発生現状を把握するとともに、受傷時の状況を明らかにすることを目的として、大腿骨頚部骨折の全国調査を行った。同時に本調査では、治療方法や手術材料の調査を行い、その結果に基づいて、わが国における本骨折の治療現状を明らかにすることを目的とした。
研究方法
調査対象施設:日本整形外科学会より認定された全研修施設2,264および全臨床整形外科有床診療所1,430の3,694施設を調査対象とした。調査期間および対象骨折:対象の医療機関を受診した患者の中で、平成11年1月1日~12月31日に受傷した大腿骨頚部骨折(大腿骨近位端骨折)の患者を解析対象とした。調査項目:調査対象施設に対して、調査用紙を郵送し、全骨折について以下の内容について調査・記載を依頼した。
調査項目:患者イニシャル、性別、生年月日、骨折日、初診日、左右、骨折型、受傷の場所、受傷原因、治療法、入院期間
登録された症例は、イニシャル、性別、生年月日、骨折日の情報から、重複登録症例をコンピュータ処理によって削除した。
結果と考察
1.回収率:日整会認定研修施設では2,264施設中1,258施設(55.6%)から調査票の回収が行われた。また臨床整形外科医会有床診療所1,430施設のうち778施設(54.4%)から調査票が返送された。
2.患者数:認定研修施設より37,833例、臨床整形外科診療所より2,453例、合計40,286例の登録があった。このうち生年月日およびイニシャルに基づいて重複症例217例が削除され、最終的に40,069例が登録された。
性別は、男性8,556例、女性31,253例、(記載なし260例)であった。受傷側は右が19,375例、左が20,253例(記載なし441例)で、左右はほぼ同数であった。
3.性・年齢階級別発生頻度:性・年齢階級別の患者数では、男性は80-84歳が1,500例と最も多かった。女性では80-84歳が7,059例、85-89歳が7,042例と両年齢群で最多であった。
4.骨折型別患者数:骨折型別では内側骨折が17,208例、外側骨折が22,362例(不明499例)であった。年齢階級別の患者数は、内側骨折では80-84歳でピークとなっているのに対し、外側骨折は85-89歳で最も患者数が多かった。
5.骨折日:受傷月別の患者数では1月が3,980例と最も多く,次いで10月の3,523例、11月の3,388例、12月の3,304例の順で多かった。
6.受傷の場所:受傷の場所は屋内での受傷が25,474例、屋外が11,357例と屋内での受傷が2/3を占めていた。さらに、男性に比較して女性で屋内受傷が多く、また90歳未満に比べて90歳以上の症例で屋内受傷が有意に多くを占めた(p<0.01)。
7.受傷原因:受傷の原因は立った高さからの転倒が23,899例と最も多く、高齢者ほど軽微な外傷が原因となっていた。介護時に発生するおむつ骨折は、全症例中70例(0.2%)に認められた。
8.治療法:治療法に関する調査結果では、内側骨折・外側骨折いずれも90%以上に観血的治療が選択されていた。このうち内側骨折では人工骨頭置換術が11,782例(74.4%)に、骨接合術が3,959(25.0%)に施行されていた。外側骨折はほとんどの症例で骨接合術が行われていた。
9.入院期間:入院期間は1~363日(平均58.5日)であった。骨折型別では内側骨折が58.6日、外側骨折が58.4日で、両骨折型の間で入院期間に差はなかった。内側骨折について、手術法別に入院期間を比較すると、保存的治療群が45.7日、人工骨頭置換群が58.3日、骨接合群が63.6日で、骨接合群で入院期間が長かった。年齢群別に入院期間を比較すると、90歳未満が平均59.1日であるのに対して、90歳以上では54.1日で、90歳未満群の方が入院期間が長く、両群間で有意な差を認めた。
考察:本調査はわが国における全ての整形外科施設を対象として行った初めての疫学調査である。調査対象とした施設のうち、約半数の施設で患者登録が行われ、その結果、40,069例の大腿骨頚部骨折症例の解析を行うことができた。わが国全体で年間約9万人の新規大腿骨頚部骨折が発生していると考えられるので、本調査はその45%程度の患者を把握している。これほど多数の大腿骨頚部骨折例の分析を行った疫学調査はこれまで全く報告がない。
患者数は女性が男性の3.7倍で、圧倒的に女性患者が多いのがわかる。年齢階級別の患者数は、80歳代が最も多く、全体の43%を占め、この年代に患者が集中していることが明らかとなった。
大腿骨頚部骨折発生の季節変動については冬季を発生のピークとした季節性があるとする報告と,季節性はないとする報告とに分かれている。わが国全体の症例を対象とした本研究の結果、冬季に明らかに患者数が多いことが観察された。冬季に本骨折が多く発生する理由としては,血中ビタミンDが冬季に低下し,骨の脆弱化や筋力低下を来す可能性,低温となると低血圧を生じ転倒頻度が増加することなどが論じられている。
受傷の場所は屋内が屋外の2倍以上多く、特に90歳以上の高齢者や女性で有意にその割合が高いことが明らかとなった。したがって骨折予防を行うためには、屋内の転倒危険個所を点検・改善することが大切である。
受傷原因は立った高さからの転倒が約8割を占め、さらに90歳以上では約9割を占めていた。このように本骨折がごく軽微な外傷で発生していることは、これまでも報告され、今回の調査結果はそれとよく一致している。
本調査では初めて「おむつ骨折」についての調査を行った。「おむつ骨折」は寝たきりの症例の骨が著しく脆弱になっているため、開脚動作で容易に骨折を生じるもので、大腿骨近位部とともに骨幹部や顆上部の骨折が多いと報告されている。今回の調査では、大腿骨頚部骨折全体に占める「おむつ骨折」の割合は0.2%とわずかな頻度であった。しかし本骨折は介護の際、おむつ交換や清拭時に発症するため、問題となる場合がある。わが国では平成12年4月より介護保険が導入され、在宅療養患者がこの制度によって介護をうけることが多くなっている。著明な骨粗鬆症に罹患し、同時に股関節の拘縮をきたしているような症例では「おむつ骨折」を念頭において、介護に当たって注意する必要がある。
本調査では具体的な手術療法についても全大腿骨頚部骨折症例を対象にして行った。大腿骨頚部骨折はほとんどの患者で手術的治療が選択される。これは保存的治療では治療に長期間を要し、機能的予後および生命的予後が手術的治療に劣るからである。今回の調査から約95%の症例で手術的治療が選択されていた。この結果によれば、わが国全体では年間に約86,000件の大腿骨頚部骨折手術が行われていることになる。
大腿骨頚部骨折の手術的治療は、内側骨折と外側骨折で大きく異なる。内側骨折では骨折部の転位程度に応じて、人工骨頭置換術か骨接合術が選択される。一方、外側骨折では原則的に骨接合術が行われる。本調査から、内側骨折では約3/4の症例で人工骨頭置換術が選択されていた。人工骨頭置換は手術材料が高額なため、骨接合術に比較して要する医療費が高額となる。全国規模での治療法調査は初めてであり、本調査結果はわが国における大腿骨頚部骨折治療費の推測や、人口構成の高齢化に伴うその増加予測に有用な資料となるものと考える。
入院期間についても、本調査は大腿骨頚部骨折を対象としての初めての全国規模調査である。入院期間は平均2カ月弱であったが、これは欧米での入院期間に比較して大幅に長期間である。入院期間は患者の年齢との関係は無く、手術法によって差が見られた。近年は早期離床を目指して、手術法の進歩・工夫と、術前からの積極的なリハビリテーションが行われてきている。このような努力により、今後わが国でも入院期間の短縮が図られるものと予想される。
結論
大腿骨頚部骨折の患者数は80歳以上がその大半を占める。高齢者ほど屋内で軽微な外傷が原因で受傷するため、転倒防止のための対策が必要である。また低頻度ながら、おむつ交換や清拭時に際して発症する「おむつ骨折」が認められ、介護に当たって注意する必要がある。
大腿骨頚部骨折の治療は95%の症例で手術療法が行われている。平均入院期間は約2カ月であったが、早期離床を目指した、手術法の進歩・工夫と、術前からの積極的なリハビリテーションにより、今後は入院期間の短縮が図られるものと予想される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-