聴覚・視覚機能の低下と言語コミュニケーションに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000249A
報告書区分
総括
研究課題名
聴覚・視覚機能の低下と言語コミュニケーションに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
川瀬 哲明(東北大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者においては、加齢変化として聴覚機能が衰えてくることは周知の事実である。これに起因する言葉の聞き取りの障害は、ともすれば、積極的な高齢者の社会参加に対する障害要因の一つになりうる。また、その程度は経度であっても、心理的な影響も大きく、家庭内での閉じこもりなど、いわゆる高齢者の閉鎖的な社会環境を生みだす背景になっていることも指摘されている。言葉によるコミュニケーションの障害については、従来聴覚障害だけが注目されてきたが、言葉の認知においては、視覚、聴覚などのマルチモーダルな情報を効果的に利用していることが知られている。そこで、高齢者の言葉によるコミュニケーション能力の低下を聴覚・視覚のマルチモーダルな側面から検討し、各個人の聴覚・視覚機能の低下がどのように複合的に影響を与えているか、また、聴覚障害に対する補聴や、視覚障害に対する眼科的な手術療法や適切な眼鏡使用がどのように言葉のコミュニケーションの改善に役立っているか、あるいは役立ちえるかを明らかにする。本年度は3年計画の1年目で、健聴者による模擬実験で来年度以降の本格的研究の基礎データを得る。
研究方法
①視覚・聴覚情報による言葉の聞き取り検査の作成: スピーチテストは通常20あるいは50音節での評価が一般的であるが、本研究では機能障害の影響や治療の効果をより鋭敏に検討する目的で100音節でのスピーチ検査を作成した(東北大学電気通信研究所鈴木教授研究室の研究協力)。今回のスピーチテストでは、音声の記録と同時に、発話者の顔の動きをモニター画面で提示した。実際には、発話訓練の経験を有する女性話者の顔映像と音声を無響室内で撮影、録音(画像と音声は別のデータとして記録)、記録後100のテスト音声が一定の音圧レベルで提示されるよう録音レベルを調節したのち、発声画像を記録したDVテープの音声トラックに、画像と同期させて作成した。                                 
②健聴者を対象とした模擬難聴、模擬視覚障害での予備実験:①の刺激を用い、雑音(ピンクノイズ)負荷、フィルター音声による模擬難聴、凸レンズ眼鏡、半透明膜を用いた模擬視力障害の音声聞き取りに対する影響を観察した。すなわち、雑音レベル、凸レンズの度数を段階的に変化(+2.0、+3.0、+4.0)することにより、さまざまなレベルの視力、聴力障害状態を模擬し、それぞれの条件下でのスピーチ聞き取りを、音声刺激のみ、音声+画像刺激の2条件下で記録し、聴覚障害、視覚障害の影響を観察した。実際には、提示音声の音圧を60 dB (Leq)とし、負荷雑音を50 dB SPL、60 dB SPL、65 dB SPLと段階に変化させ、それぞれの条件下で、視覚障害(凸レンズ使用、半透明膜使用)の影響を観察した。また、一部の被検者では、背景雑音なしで、提示音声の音圧レベルのみを変化させ視覚障害の影響を観察した。尚、顔画像は25インチTVモニターから、また、発話音声はTVモニターに備え付けのスピーカーから提示、被検者はモニターから2.5mはなれた位置に着席し、テスト音声を聴取した。一方、背景雑音はTVモニターと同一方向(TVモニターの直下)に設置したスピーカーから提示した。
③言葉の聞き取り(コミュニケーション)評価のためのアンケートの作成:平成9年度の厚生省科学研究費補助金(感覚器障害研究事業)の補助により作成した多面的聴覚QOL評価の為のアンケートをもとに、特に視覚機能低下の影響に関する問いを設問に加えたアンケートを作成する。本アンケートは平成13年度以降の実際の高齢者に対する検討に使用する予定。実際には、視覚機能障害の改善手術前後での言葉の聞き取りQOLの変化や、それと同時に聴覚補償を適切に行った場合の効果などの評価として、上記のスピーチテストの数字的な側面からだけでは評価できない効果を確認する。
結果と考察
①模擬的視覚障害のスピーチ聞き取り成績への影響は、一般に背景雑音のレベル(模擬的聴覚障害のレベルの相当)に依存して大きくなった。すなわち、60 dB (Leq)の音声聴取実験において、背景雑音レベルが50 dB SPL以下の場合は、音声聴取テストにおける視覚刺激(顔画像)の有無の影響がほとんど認められなかったが、背景雑音レベルが60 dB SPL前後からは、視覚障害の影響が比較的大きく認められた。
②また、健聴状態、すなわち、背景雑音がない状態においても、低レベルの音声聞き取りには、視覚情報の提示が効果的で、視覚障害の影響で悪化することが示された(特に閾値上10 dBまでの提示音圧)。
③上記①、②の視覚障害の言葉の聞き取りに与える影響は、おおむね視力レベル0.3以下で急激に大きくなることが判明した。このことは、音声聴取に必要な顔表情は、必ずしもクリアである必要はなく、口に開きや、下の動き、頬の表情などが大まかにパターンとして認識できれば、視覚情報は効果的に音声知覚に利用されうることを示しているものと思われた。
④高度の視覚障害では、まったく視覚情報を与えない場合(聴覚情報のみ)より、言葉の聞き取りが不良(異聴が多くなる)になる場合があることも明らかになった。すなわち、0.以下の比較的高度の視力障害では、口元などの顔表情の情報も不鮮明で、かえって誤った情報として利用されうる危険があることが示唆された。このことは、特に比較的高度の視覚機能障害における積極的な治療の必要性、重要性が、言葉のコミュニケーションといった観点からも示されたと思われる。
高齢者では加齢変化により、多かれ少なかれすべてのヒトで聴覚機能の低下が存在する。このように聴覚情報の劣化が存在する状態では、言葉の聞き取りにおいて、健聴人以上に視覚情報の活用がが恒常的、効果的に働いていることが考えら、その結果、同時に存在することの多い視覚機能障害の影響も大きいことが推察される。また、高齢者では、視覚情報を効果的に利用する能力が、若いころに比べて劣化してきている可能性もあり、より明確な視覚情報の提供が重要になる可能性がある。すなわち、今回の健康成人を対象とした模擬的実験したでは、視力0.3が視覚情報利用効率のひとつのボーダーと考えられたが、高齢者ではよりよい視力レベルがそのボーダーになっている可能性がある。以上より、今後は、実際の高齢者を対象に、特に視覚、聴覚補正治療の前後でのことばの聞き取りを評価し、高齢者における視覚機能、聴覚機能の適切な管理の重要性を明らかにしていく必要があると思われた。
また、視覚障害のある高齢者はとかく、ひとの顔をみて話を聞く習慣を持たないことが多いが、適切な視覚補正(白内障手術、眼鏡補正など)と話を聞く際に、積極的に話者の顔を見る習慣の指導がすすめられる。   
今年度の研究は、あくまでも健聴者を対象にした模擬的聴覚、視覚障害条件下での観察で、急性的な影響の側面しか検討できなかった。平成13年度以降に実施予定の、実際の高齢者を対象とした研究で、慢性的な影響をも加味した高齢者の聴覚、視覚障害の言葉の聞き取りに対する影響が示されるもと思われる。また、高齢者ではマルチモーダル情報の処理機能自体が低下している可能性もあり、今回の結果は、比較検討する際の基礎データとしても重要であると考える。                                    
結論
①高齢者の言葉の聞き取りの機能低下を、視覚、聴覚の複合的な機能低下から考察する予備的検討として、健聴者を対象とした、模擬的聴覚、視覚障害下の言葉の聞き取りを観察した。
②模擬的視覚障害のスピーチ聞き取り成績への影響は、一般に中等度レベル以上の背景雑音や、低レベルの音声など、相対的に音声情報が劣化した状態で大きかった
③上記①、②の視覚障害の言葉の聞き取りに与える影響は、おおむね視力レベル0.3以下で急激に大きくなる傾向が認められたが、さらに高度の視覚障害では、まったく視覚情報を与えない場合(聴覚情報のみ)より、言葉の聞き取りが不良(異聴が多くなる)になる場合があった。
④今年度の研究は、あくまでも健聴者を対象にした模擬的聴覚、視覚障害状態での観察で急性的な影響の側面しか検討できなかった。平成13年度以降の実際の高齢者を対象とした研究で、慢性的な影響をも加味した高齢者の聴覚、視覚障害の言葉の聞き取りに対する影響、高齢者におけるマルチモーダル情報の処理機能自体の低下の可能性などを検討していく必要性があると考えられた。

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