E-PASS scoring systemを用いた高齢者の手術リスク評価 (総括分担研究報告)

文献情報

文献番号
200000244A
報告書区分
総括
研究課題名
E-PASS scoring systemを用いた高齢者の手術リスク評価 (総括分担研究報告)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
芳賀 克夫(国立熊本病院)
研究分担者(所属機関)
  • 山下眞一(国立熊本病院)
  • 西村嘉裕(東京都立駒込病院)
  • 鮫島浩文(国立都城病院)
  • 和田康雄(国立姫路病院)
  • 木村正美(人吉総合病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在当研究班では、我々が開発した手術リスク評価法E-PASSが高齢者がん患者の術後合併症を予防できるか、multi-center randomized-controlled trialを行っている。現在症例を集積中であるが、これと平行して、「高齢者がん患者のEBMに基づく外科治療ガイドライン」を班として作成中である。これは英語論文にみられたEvidenceを紹介することにより、高齢者癌手術の適正化および標準化を目指すものである。その一環として、我々は日本外科学会の認定施設に対して、高齢者癌手術のアンケート調査を行った。本報告書では、その結果を示す。
研究方法
日本外科学会認定施設の1288施設・部署に対して、2000年1月から12月までの胃癌、大腸癌、肺癌、肝細胞癌、乳癌の術式別の手術症例数、30日死亡数、在院死亡数を69歳以下、70-79歳、80歳以上に分けてアンケート調査した。これらをもとに、各年齢層の術式別の在院死亡率を算出した。なお、在院死亡例には術後合併症による死亡だけでなく、がんの進展による死亡(原病死)も含まれている。また、術式別の症例数が100未満のものは、誤差が大きくなるため、在院死亡率は算定しなかった。カテゴリー変数の有意差は、カイ2乗検定で検定した。
結果と考察
1、がん手術における高齢者の占める割合本アンケートの回答は436施設・部署から得られ、回答率は33.9%であった。手術症例の中で高齢者の占める割合を検討した。70歳以上高齢者の占める割合は、胃癌(総数21,994例)で39. 1%、大腸癌(総数21,711例)で42.0%、肝細胞癌(総数4,034例)で33.0%、乳癌(総数13,924例)で17.4%、肺癌(総数8,095例)で40.7%であった。
2、高齢者に対する術式の選択
次に、年齢別に施行した手術術式の割合を検討した。胃癌、肺癌、肝細胞癌では80歳以上の高齢者で縮小手術の占める割合が多くみられた。80歳以上の胃癌では、胃全摘の占める割合は25.2%で69歳以下の30.2%、70-79歳の29.9%より有意に低かった。逆に、80歳以上の開腹胃局所切除の占める割合は5.4%で、69歳以下の2.6%および70-79歳の2.9%より有意に高かった。また、80歳以上の肺癌では、開胸肺全摘の占める割合はわずか0. 3%で、69歳以下の6.4%、70-79歳の3.1%より有意に低かった。一方、胸腔鏡下肺部分切除の占める割合は、80歳以上では20.4%で、69歳以下の4.9%、70-79歳の5.4%より有意に高かった。肝細胞癌では、低侵襲な凝固療法(高周波、エタノールなど)の占める割合が、80歳以上では38.0%で、69歳以下の24.1%、70-79歳の28.4%より有意に高かった。大腸癌では、この傾向は必ずしもみられなかった。結腸切除は高齢者で開腹手術の割合が高く、腹腔鏡下手術は少なかった。逆に、直腸切除は、高齢者で開腹手術が少なく、腹腔鏡下手術が多くみられた。乳癌の手術では、すべての年代で両胸筋温存乳房切除が最も多く選択されていた。乳房温存手術の割合は、年齢が増えるに従い、有意に低下した。一方、リンパ節郭清を伴う乳房切除の割合は、69歳以下で54.5%に対して、70-79歳では60.1%、80歳以上では56.9%と、年齢層により有意差を認めなかった。リンパ節郭清を伴わない全乳房切除の割合は、年齢の上昇と共に有意に増加した。高齢者ほど乳房温存療法の占める割合が減少したことは、特記すべきである。この理由として、「高齢者では乳房を残す意義はない」との先入観が外科医にあり、また、患者側にも「乳房温存術後の放射線治療を受けたくない」との観念があるからかもしれない。本研究班の分担研究報告で述べるように、randomized-trialをもとに得られたEvidenceでは、70歳以上の高齢者では、腋窩郭清は必要なく、乳房温存術後の放射線治療も不要である。従って、乳房切除にこだわる必要はなく、リンパ節郭清を伴わない乳房温存術で充分である。この事実が広く浸透すれば、リンパ節郭清を伴う乳房切除が減少し、腋窩郭清を行わない乳房部分切除が増加するであろう。その結果、患者のQOLは向上し、入院期間は短縮され、医療費の節減が期待できる。
3、年齢別にみたがん手術の死亡率
年齢別に各術式の在院死亡率を検討した。胃癌、大腸癌、肺癌、肝細胞癌では、年齢が増加するに従い、在院死亡率が有意に増加した。例えば、胃癌に於ける胃全摘の在院死亡率は、69歳以下で2.3%、70-79歳で3.8%、80歳以上で5.0%であった。一方、乳癌では全般的に死亡率が低く、術式、年齢により有意な差は認めなかった。本研究で得られた術後在院死率は、以前我々が報告したE-PASS scoring systemの手術侵襲スコア(SSS)とほぼパラレルに推移した。すなわち、胃癌の69歳以下の在院死亡率でみると、胃全摘2.3%、開腹噴門側胃切除1.0%、開腹幽門側胃切除0.72%、開腹胃局所切除0.57%、腹腔鏡補助下幽門側胃切除0%、腹腔鏡下胃局所切除0%で、SSSが大きい手術ほど死亡率が高かった。他のがんでもSSSが低い鏡視下手術は有意差こそ認めなかったが、対応する開腹手術、開胸手術より死亡率が低かった。現在のところ、80歳以上高齢者への鏡視下手術の適用は少ないが、今後は適用を広げていくことにより術後死亡率の減少が期待できる。実際、大腸癌では腹腔鏡下手術が開腹手術より術後合併症が少なく、同等の長期生存が得られることが報告され、推奨されている。今後は胃癌、肺癌でもrandomized-trialで鏡視下手術の有用性を検討すべきである。
結論
わが国に於ける高齢者がん手術の実態調査を行い、以下の結論を得た。1)胃癌、大腸癌、肺癌、肝細胞癌では、高齢者で縮小手術が行われる傾向がみられたが、在院死亡率は高かった。2)乳癌では、年齢とともに乳房温存術の割合が減り、リンパ節郭清を行わない全乳腺切除の割合が増えた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-