要介護老人の摂食障害発生要因に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000243A
報告書区分
総括
研究課題名
要介護老人の摂食障害発生要因に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
石井 拓男(東京歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 宮武光吉(鶴見大学歯学部)
  • 山根源之(東京歯科大学)
  • 岡田眞人(東京歯科大学)
  • 今村嘉宣(東京歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
要介護高齢者が歯科治療を行うことで口腔の機能の回復を得られるのみならず、全身的な機能にも影響を及ぼし、ADLの明らかな快復が認められることが確認され、訪問歯科診療の意義が高くなってきてる。このことは、一方では要介護者の口腔内状況の悪さを示しているものであり、要介護者の摂食障害を生ずるような歯科疾患が何故、何時どのように生ずるのかが問題となってくる。我々は、訪問歯科診療における問診の場を利用して、要介護高齢者の希望する歯科治療と、要介護となるに至った原因疾患とその発生時期、さらに要介護状態となった時期等について調査し、要介護高齢者の摂食障害発生要因をつきとめ、その予防に寄与することを目的にこの研究を行った。
研究方法
(1)宮城県仙台市、神奈川県横浜市、愛知県全域、熊本県熊本市において平成12年9月から11月の3月間に実施された訪問歯科診療の問診の場を利用して、希望する歯科疾患の実体、希望する要介護者の性、年齢の構成、要介護状態(寝たきり度、痴呆の有無)、要介護状態となるに至った原因疾患等の要介護者の歯科治療に関わる概要を把握するための基本的な統計値をもとめた。
(2)訪問歯科診療を希望した要介護高齢者のうち、義歯、歯周疾患とう蝕についての治療を希望した者に対し、要介護状態になる前の口腔状態を質問紙法により調査し、同時に行った要介護状態、要介護となるに至った原因疾患を調査し、さらに口腔清掃状態等との関係を分析した。
(3)訪問歯科診療を希望した高齢者の要介護状態となるに至った原因疾患を、訪問診療時に質問紙で調査した。また、原因疾患発生後の追跡調査を実施する予備調査として東京歯科大学市川総合病院に入院している患者の中で問題となる症例を選択して検討した。
(4)原因疾患の発生時期と要介護状態となった時期、さらに希望した歯科治療の対象となる歯科疾患の主訴の発生した時期を調査した。次に原因疾患発生時期と歯科の主訴発生時期の差、要介護状態となった時期と歯科の主訴の発生した時期の差を求めた。
結果と考察
(1)歯科治療を希望した要介護者は80歳代が最も多く歯科治療の希望者は女性が男性より高齢者の割合が多いことが認められた。歯科治療を希望した人のうち義歯関係で最も多く、ついで歯周疾患関係、次にう蝕関係の順となった。歯科治療と年齢の関係は、義歯は歯周疾患やう蝕の治療に比べ高い年齢群で希望者の多い状態であった。今回歯科治療を希望した人たちの要介護の状態は、寝たきり度B2が最も多く、次いでA1、B1、A2、C2という順であった。BランクとCランクで全体の58.9%であった。痴呆のある者は49.7%であった。希望した歯科治療との関係では歯周疾患治療の希望者に寝たきり度の高い者が多い結果となった。要介護者の希望する歯科治療は義歯に関わるものが最も多かったが、要介護状態と歯科治療との関係では義歯よりも歯周、う蝕において寝たきり度の高い者が治療を希望するという傾向がみられた。これは、義歯は本人の積極的な希望が関与し、寝たきり度の高い場合はそのような希望が生じにくいことから、歯周、う蝕より寝たきり度の高い者の希望が少なかったものと思われる。 要介護状態となってから今日に至るまでの口腔清掃状況は必ずしも良好ではなく、初診時の食物残査、歯垢沈着の状況も多いものが半数近くに認められたことから、従来指摘されているように要介護者の口腔衛生に配慮が必要であることが示唆された。
(2)義歯希望者のうち38.9%に要介護前は咀嚼に問題のなかったことが認められた。痛むう蝕はなかったとした者がう蝕治療希望者の内43.8%あった。歯周疾患治療希望者の内、要介護前に動揺、腫脹、疼痛の3症状とも無かった者は24.1%であった。このことから、要介護となったことが新たな歯科疾患の発生を生じうることが示唆された。義歯希望者で要介護状態となる前に問題の無かった者が義歯希望者全体と比較した場合、高齢者階級に偏っていた。このことはう蝕や歯周疾患ではみられなかった。義歯希望者で症状の無かった人はかかりつけ歯科医を持つとした者が義歯希望者全体より明らかに多かった。これはう蝕ではみられない傾向であったことは興味深いことであった。義歯とう蝕について、要介護前は症状の無かった人がその主訴を発生したのがここ1,2年が多く、それは各々の治療希望者全体よりも傾向が強かったが、歯周疾患では逆に要介護前には症状が無かった群が希望者全体より以前から主訴を発生していた。このことは、義歯およびう蝕と歯周疾患とでは要介護状態との関連が異なることを伺わせるものであった。
(3)歯科治療を希望した者が要介護となるに至った原因疾患は脳血管疾患が51.4%と最も多く、次いで痴呆が18.4%、心疾患が10.5%、骨折が9.4%という状況であった。いずれの年齢群においても脳血管疾患の割合は高く、高年齢階級となるに従いやや減少する傾向にあった。痴呆は高年齢階級ほど増加した。この脳血管疾患の割合は平成10年の国民生活基礎調査の要介護者の原因疾患と比較した場合でも明らかに多く、ことに歯科治療を希望する要介護者は高年齢階級においても脳血管疾患が原因疾患であることが国民生活基礎調査の結果よりも多かったことは、この疾患と歯科疾患の特異的な関係を示唆するものと思われた。今回検討症例としてとりあげた患者は86歳男性で上下顎総義歯を装着しており入院前までは十分な咀嚼機能を得ていた。しかし、脳血管障害のため入院して義歯を外した状態を約1ヶ月続けただけで義歯の不適合が生じた。その進行はかなり早いものであった。このことから、脳血管疾患罹患後の要介護状態に起因する口腔状況との特異的な関係が想定されるとともに、脳血管疾患による直接的な歯、歯周及び顎堤等への特異的な影響のあることが推察された。
(4)歯科治療を希望する要介護者は、その原因疾患は歯科治療年の5年以上前に半数近くが発生しており、かなり以前に発病していたことが確認できた。要介護状態となったのは歯科治療を希望した時より前3年以内が約50%で、原因疾患よりは最近のことであることがわかった。要介護となるに至った原因疾患の発生時期、要介護状態となった時期と歯科の主訴発生時期をみると、原因疾患の発生からはかなり遅れて歯科の主訴が発生しており、一方要介護状態となった時期と歯科の主訴発生の時期はかなり近接していたことが認められた。このことから、原因疾患に罹病したことが直ぐさま口腔内に問題を生ずる割合は低いことがうかがわれたが、一方で要介護状態となることが、口腔内も何らかの変化を生じせしめ、あらたな歯科疾患や、これまであった歯科疾患を増悪させることが推察された。要介護状態となった時期から口腔の管理が特に必要となることが示唆された。
結論
要介護者の希望する歯科治療は義歯が最も多かったが、希望歯科治療と年齢との関係では義歯は歯周疾患やう蝕に比べ高年齢階級に多い結果となった。歯科治療を希望した人の内、寝たきり度はランクCの割合は歯周疾患希望者に多く、次いでう蝕で義歯は最も少なかった。義歯治療希望者の38.9%、う蝕治療希望者の43.8%、歯周治療希望者の24.1%は要介護状態となる前は症状はなく口腔内は良かったことが認められ、要介護となったことが新たな歯科疾患発生に影響することがうかがわれた。歯科治療希望した者の要介護となった原因疾患は脳血管疾患が圧倒的に多く、この疾患が特異的に要介護者の口腔内状況に影響を与えていることが推察されたが、歯科治療を希望する要介護者の要介護となる原因疾患の発生と歯科疾患の主訴発生には時間的にかなり距離があったのに対し、要介護状態となった時点と歯科治療の主訴の発生時期とは近接しており、要介護状態となった時期からの口腔管理の重要性が示唆された。

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