高齢者における口腔ケアのシステム化に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000242A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における口腔ケアのシステム化に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
角 保徳(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 植松 宏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
  • 永長周一郎(東京都ハビリテ-ション病院)
  • 宮石 理(愛知医科大学)
  • 中島一樹(国立療養所中部病院 長寿医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
厚生省“人口動態統計"における肺炎・気管支炎の年齢別死亡率は、60歳以上で漸増し、70歳を越えると著しく高くなり、高齢者の死亡原因の第1位を占め、高齢者における肺炎は、抗菌療法の発達した今日でも主要老年病の1つである。一方、不潔な口腔や補綴物は、摂食・嚥下機能障害を引き起こすのみならず、易感染者である高齢者では誤嚥性肺炎や心内膜炎などの高齢者にとって致死的な感染症を誘発する。とりわけ誤嚥性肺炎は、口腔ケアの徹底によってかなり防げることが、最近科学的に明らかになりつつある。この様な背景のもと、歯科関係者のみならず、看護・介護関係者の間でも高齢者・要介護者への口腔ケアが重要であるとの認識が広まりつつあるが、高齢者・要介護者に対する口腔ケアへの本格的取組みは少なく、歯科医療、看護・介護現場では標準化された方法が認められない。本研究は3年度計画で、口腔ケア、摂食・嚥下機能療法を系統的に研究・開発し、得られた研究成果を総合・包括化して現実的な社会への貢献を目的とする。
研究方法
口腔ケアのシステム開発に先立ち、看護・介護の現場での口腔ケアの実態および社会的ニーズを把握するために、特別養護老人ホ-ムでの介護担当者の口腔ケアの認識およびその実態について、1211名の看護・介護職員にアンケ-ト調査をした。これを踏まえて、口腔ケアシステム開発の基本コンセプトとして、1:簡単(誰でも短時間に出来る)、2:安全(誤嚥など危険がない)、3:省力(介護負担の低下)、4:有効(確実な効果)、5:普遍性(常に同等の有効性)、6:経済性(だれでもが実施できる費用)、7:1口腔単位(口腔全体の清掃)、を定めた。1日1回の簡易な口腔ケアのシステムを作成し、国立療養所中部病院及び特別養護老人ホーム等協力施設にて評価を開始した。
結果と考察
口腔ケアの現状調査および社会的ニーズの把握調査の結果、大多数の看護・介護職員が口腔ケアを重要と認識し、口腔細菌と誤嚥性肺炎等の全身疾患との因果関係について知識を持っており、看護・介護職員の口腔ケアへの認識は高いことが判明した。しかし、口腔ケアの指導を受けた職員は43%に留まり、口腔ケアの指導を受けたいと思っている職員が95%であり、現在の口腔ケアの教育・指導体制が不十分であり、看護・介護関係者に口腔ケアの知識と技術の普及に務めるべきと考える。一方、10~40%の職員が口腔ケアを負担と感じ、口腔ケア後の疲労感、さらに、口腔ケアを中止したいと考えていた。これらの結果により、看護・介護者の労力を軽減しうる口腔ケアの標準化やシステム化が緊急の課題と考えられた。
高齢者は身体的、精神的にさまざまな加齢変化が生じ、口腔管理が自立できない高齢者が増加しており、地域にて社会生活を営んでいる高齢者においても約1割の高齢者が摂食や口腔ケアに関して自立しておらず介護が必要であることが報告されている。本来、要介護高齢者の口腔ケアは口腔の専門家である歯科医師ならびに歯科衛生士が、口腔内を診査した上で各個人に適した口腔衛生指導を行うことが望ましいと言われてきた。しかし、現状では、寝たきり患者の病棟や要介護高齢者を擁する施設あるいは在宅の現場を、歯科医師、歯科衛生士のみで口腔ケアを行うことは人員的に不可能である。多くの現場では看護婦や介護者などが全身的なケアに加え、口腔ケアにも関与しているのが現状である。ところが、口腔ケアの実際の方法について、看護・介護職員に対し必ずしも十分な教育が行われているとはいえず、口腔内の清掃法についてもそれぞれの現場で経験的に、あるいは慣例的に行われているのみで、系統立った方法が普及されているとはいえない。それらに対して、口腔医療担当者として、口腔内細菌を減少させる適切なコントロール法の確立が求められている。特に自分で口腔清掃が困難な要介護者に対して、一般の介助者が簡易に行える安全かつ効果的な口腔ケア法の開発は急務となっている。
このような背景の下、口腔ケアシステム開発の基本コンセプトに則り、1日1回の口腔ケアのシステム開発を行った。開発した口腔ケアシステムの概略は、要介護者・高齢者に、座位にて1日1回の口腔ケアを1回5分以内で行い、1:含嗽薬浸漬口腔清掃スポンジにて口腔粘膜を擦りとる(1分)、2:舌ブラシにて舌の奥から手前へ10回軽く擦り、舌苔を擦りとる(30秒)、3:電動歯ブラシにて歯面清掃、粘膜も必要に応じて清掃する(2.5分)、4:含嗽薬口洗(30秒)である。
初年度である現在、口腔ケアシステムの臨床評価中でその有効性を確認しつつある。システム化された口腔ケアにより、Plaque Score、Gingival Indexは低下傾向を示した。また、要介護者および介護者双方のアンケ-ト結果により、システム化した口腔ケアが要介護者および介護者の負担を軽減することが明らかとなった。
口腔内の常在菌は約300種類で数千億~1兆個の細菌が、頬粘膜、舌背、歯面、歯肉溝、唾液に固有の細菌叢を形成している。口腔ケアシステムによる口腔内細菌減少のためのコントロールは、歯のみでなく歯肉、舌、口蓋、頬粘膜等に付着した細菌に対して1口腔単位で行われる必要がある。すなわち、口腔を口蓋、頬、歯肉粘膜、舌表面および歯面に分割し、それぞれに対して適切な清掃方法を考案した。口蓋、頬、歯肉粘膜を口腔ケアスポンジで、舌表面を舌ブラシで、歯面を電動歯ブラシで清掃することで、これら表面のバイオフィルムを破壊し、口腔全部をシステムに従い効率的に清掃することが可能となった。本研究によって口腔ケアをシステム化することで簡単で確実な口腔管理を高齢者・要介護者に提供できるようになり、高齢者・要介護者のQOLを向上させ、同時に要介護者および介護者双方の負担を軽減し、看護・介護社会資源の有効活用が可能になると考える。
また、本研究では、口腔ケアのシステム開発に加えて以下の項目について研究をすすめている。(1) 口腔ケア支援機器の開発:初年度の研究成果は、各種調査の後口腔ケア支援機器の試作および改良を行い、支援機器先端部の開発を完了し臨床評価中である。(2) 客観的口腔ケアの評価方法の開発:初年度は、高齢者における口腔ケアの評価法の必要性を明らかにした。高齢者における舌清掃による味覚感受性の変化等について検討を加え、味覚能の変化が口腔ケアの効果の指標として使用可能であることが示唆された。(3) 摂食・嚥下機能療法のシステム化:初年度は、摂食嚥下訓練における評価法の確立のために、高齢脳卒中患者の口腔微生物叢の検索を行った結果、舌背でのカンジダ菌および緑膿菌が多く認められることが判明した。(4) 口腔ケアの基礎研究として唾液腺組織等の老化機構の検討とその評価:初年度は、加齢動物の唾液腺の加齢変化について病理組織学的検討を加え、萎縮性とみられる変化が加齢によりひき起こされることが判明した。
結論
1211名の看護・介護者のアンケ-ト調査より、看護・介護者の労力を軽減しうる口腔ケアの標準化やシステム化および口腔ケア支援機器の開発が緊急の課題であると判明した。今回開発したシステム化した口腔ケアにより、1日1回5分の口腔ケアシステムを要介護高齢者に提供すると、口腔内環境が改善され、同時に看護・介護者の負担軽減が明らかとなりつつある。来年度以降は、口腔ケアシステムの普及に力を入れていきたい。

公開日・更新日

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