高齢者尿失禁の評価・治療に関するガイドラインの作成

文献情報

文献番号
200000239A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者尿失禁の評価・治療に関するガイドラインの作成
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
岡村 菊夫(国立療養所 中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 後藤百万(名古屋大学医学部)
  • 三浦久幸(国立療養所中部病院)
  • 山口脩(福島県立医科大学)
  • 内藤誠二(九州大学医学部)
  • 長谷川友紀(東邦大学医学部)
  • 大島伸一(名古屋大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者における尿失禁の頻度は極めて高く、在宅高齢者の約10%、病院や介護施設などに入所している高齢者では50% 以上に尿失禁がみられるとされている。尿失禁は直接生命にかかわることはないものの、生活の質(QOL: Quality of Life)を著しく低下させる疾患であるといえる。尿失禁を有する多くの高齢者は泌尿器科専門医に受診することもなく、一人悩んでいたり、かかりつけの医師に相談しても単に「年のせい」と片づけられ、すでにあきらめていたりする。高齢者の尿失禁を効率良く評価・診断し、治療・看護・介護していくためには、一般内科医、看護婦(士)、介護者用の評価・治療・介護指針をしめすこと、適正な治療を可能とするような評価・診断用ツールを提示することが重要である。平成12年度の本研究では、1) 病院における排尿管理の実態調査、2) EBM (Evidence Based Medicine)の手法に基づいた一般内科医、看護婦(士)向きの高齢者尿失禁ガイドラインの作成、3) 評価・診断用ツールの開発とその有用性を示すための臨床試験プロトコールの作成を行うこととした。
研究方法
1) 病院における排尿管理の実態調査(後藤百万) 愛知県内にある国公立病院、私立病院にアンケート調査を依頼し、泌尿器科医の存在、尿道バルーンカテーテルの留置、おむつの使用、間歇導尿、泌尿器科医への受診状況について調査を行った。2) 高齢者 (aged)と尿失禁 (urinary incontinence)、無作為化試験(RCT) をキーワードにCochrane library (~1999)とPub Med (1999~)を検索し、診断・治療法について侵襲性、有効性を評価、証拠の強さを検討し、診断体系と治療体系を作成し、高齢者尿失禁ガイドラインを作成した。(長谷川友紀、内藤誠二、山口脩、大島伸一)3) 一般内科医、看護婦(士)のみならず介護者にも利用可能な高齢者尿失禁の評価・診断ツールとして適切なものとは何かを計5回開催した会議の中でその妥当性について検討し、その有用性を確認する臨床試験プロトコールを作成した。(三浦久幸、岡村菊夫)
結果と考察
結果=1) 病院における排尿管理の実態調査: 国立病院4施設、県立病院5施設、市立病院26施設、公立病院21施設、個人病院39施設の95病院の288病棟に対してアンケートによる排尿管理に関する実態調査を行った。対象患者総数は13,317人、各施設に泌尿器科専門医ありが61施設、なしが34施設であった。バルン留置患者総数は2,243人(16.8%)であり、尿排出障害が原因であったのは358人(2.7%)、尿失禁314人(2.4%)であった。これらの患者のうち、泌尿器科専門医を受診した患者は364人(2.7%)であった。おむつ使用患者数は4,201人(31.5%)であり、おむつ(パッド)使用の理由は、トイレ排尿は可能であるが尿失禁あり 520人(3.9%)、寝たきりでトイレ排尿不可2,411人(18.1%)、痴呆のためトイレ排尿不可 507人(3.8%)、尿失禁はまれにしかないが予防のため 408人(3.1%)であり、これらの患者のうち、泌尿器科専門医を受診した患者はわずか284人(2.1%)であった。間歇導尿はわずか98人(0.1%)にしかなされていなかった。 2) 高齢者尿失禁ガイドラインの作成: Cochrane libraryから305論文、Pub Medから11論文を検索し、重複を除いた289論文を分担研究者が査読し、無作為化試験でないもの、高齢者尿失禁に関係しないものを除いた142例を抽出した。本邦では現在使用ができないもの、ガイドラインに掲載する意義のないものを除き、74論文を選択した。高齢者尿失禁の診断に関する無作為化試験は検索できなかったため、米国Agency for Healt
h Care Policy and Research (AHCPR)の尿失禁ガイドラインおよび本研究に関わった専門医の意見をもとに診断部分を作成した。高齢者尿失禁の型には溢流性、切迫性、腹圧性、機能性があり、これを見分けるための診断アルゴリズムを確定した。治療に関する部分では、治療の適正さを表す仕様として「証拠の強さ」という基準を用い、複数のレベルI, II(無作為化試験で結果が明らかなもの)の論文により統計学的に有効とされていた治療法をランクA、I, IIレベルの論文が1つしかない場合の治療法をランクB、レベルIII~V(無作為化試験によらないもの)の研究でしか有効性が証明されていない治療法はランクCとして標記した。また、ガイドラインに採用した各論文の要旨を簡略に記述した。手術療法に関しては、本ガイドラインが泌尿器科専門医向きに開発されたものでないことを鑑み、AHCPRのガイドライン中に集積検討した手術成功率を加えた概説にとどめた。作成したガイドラインは、作成に直接携わらなかった5人の泌尿器科専門医の批判をもとに内容の再検討が行われた。 3) 高齢者尿失禁の評価・診断ツールの開発と有用性確認のためのプロトコールの作成: 尿失禁のタイプを見分けるための泌尿器科専門医向きのアルゴリズムを決定した。来年度の研究では、本アルゴリズムに基づき、高齢者の尿失禁のタイプ分析を行うこととした。さらに、症状から失禁タイプを見分けるために有効な項目を定め、患者の訴え、あるいは観察により各項目の点数をつけ、合計点から尿失禁タイプの診断と排尿障害の有無を調べるツールを開発し、その有用性確認のためのプロトコールを作成した。最終的には、診断ツールによる診断の正確さを向上させるため、多変量解析により各項目の点数を補正したものを発表する予定である。
結論
考察と結論=1) 病院における排尿管理の実態調査: 病院から退院して老人施設や家庭に戻った高齢者の尿路管理は、カテーテル留置にしろ、おむつにしろ、病院から引き継がれている。病院での尿路管理は、安易な方法がとられており、また泌尿器科専門医が関わることも多くない。泌尿器科医が積極的に関わりつつ、間歇導尿を含め、おむつはずしなど高齢者のQOLを改善できる尿路管理が広く行われるような啓蒙およびシステムの構築が必要であると考えられた。
2) 高齢者尿失禁ガイドラインの作成: 老人ホームなど高齢者が在住する施設では、職員の尿失禁の対処法に関する知識は十分ではない。また、一般内科医の知識も豊富とは言い難く、高齢者の尿失禁が積極的に治療・介護されることはなかった。作成された本ガイドラインにより、一般内科医、看護婦(士)、介護者の知識の向上ならびに実際の管理の向上が期待できる。
3) 高齢者尿失禁の評価・診断ツールの開発と有用性確認のためのプロトコールの作成: 看護婦(士)、介護者、あるいは認知機能が正常な患者本人によっても尿失禁の型が診断できるツールにより、社会に対して高齢者尿失禁の知識の浸透、啓蒙がはかれるとともに、患者自身に対しては適正な治療を行える。平成13年度の研究では、12年度に作成したプロトコールに従って尿失禁を有する高齢者を評価し、尿失禁のタイプ診断の正確さを向上することとした。

公開日・更新日

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