老化による熱産生機能低下の原因解明と予防に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000233A
報告書区分
総括
研究課題名
老化による熱産生機能低下の原因解明と予防に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
山下 均(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 堀尾文彦(名古屋大学大学院生命農学研究科)
  • 西尾康二(名古屋大学医学部)
  • 佐藤祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
8,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
熱産生機能は、体温の調節・維持のみならず、エネルギーの備蓄と消費、感染防御、脳内温度の調節による睡眠・覚醒の制御などと密接に係る重要な生理機能である。これらの熱産生機能の低下は、ヒトを含む加齢動物で一般的に認められる変化であり、細菌感染に対する抵抗性(免疫応答性熱産生)や耐寒性(寒冷誘導性熱産生)の低下、あるいは過剰に摂取したエネルギーの消費能力(食事誘導性熱産生)の低下により肥満を引き起こすことが明らかになっている。多くの疫学的研究は、肥満者が痩せると平均余命が延びることを示している。また、肥満動物では体温調節機能の異常がしばしばみられる。しかし、このように生命活動の様々な領域で作用する基本的な機能であるにもかかわらず、熱産生機能については今尚不明な点が多く残されており、各々の熱産生機能が老化により低下する原因の解明を含めて、より詳細なメカニズムの理解が強く求められている。本研究では、老化過程における種々の熱産生機能の低下と栄養、環境温度、細菌感染、ストレスなどの環境要因との関連について、熱産生蛋白質の働きを中心に、発生工学的手法や分子遺伝学的手法を用いて細胞、組織、個体レベルで明らかにすることを目的とする。
研究方法
山下:熱産生蛋白質(UCP1)欠損マウスとその野性株(C57BL/6J)を普通食、または高脂肪食で長期飼育し、表現型の加齢変化や各群の平均寿命を調べる。特に、エネルギー代謝との関連から血糖、インスリン、レプチン量などの血中パラメーター、食餌摂取量、体重、体温などを定期的に測定する。また、各組織における UCP2、UCP3、レプチンなどの分子の遺伝子発現も平行して解析し、老化過程や寿命に対するUCP1消失の影響と他の熱産生蛋白質の役割を明らかにする。堀尾:加齢と共に肥満及びインスリン非依存性糖尿病を発症するマウスとして選抜されたSMxA-5マウスを含むSMxA-リコンビナント・インブレッド(SMxA-RI)マウス系統とその親株であるSM/JとA/Jマウスを用いて、骨格筋におけるUCP3の発現レベルと糖代謝との関連を検討する。また、21種類のSMxA-RIマウスを用いて量的遺伝子座(QTL)解析を行う。西尾:In vitro agingとの関連から、分裂回数の異なる各種ヒト培養細胞におけるUCP2遺伝子の発現変動を分子生物学的手法により検討する。また、マクロファージ系培養細胞におけるUCP2の発現誘導機構と免疫系での役割について細胞生物学並びに生化学的手法を用いて解析する。佐藤:寒冷環境下における骨格筋のふるえ熱産生との関連から、老若ラットを5℃環境下で24時間飼育し、筋タイプ間におけるUCP3、脂肪酸結合蛋白質(HFABP)、グルコース輸送体4型(GLUT4)の遺伝子発現の違いや加齢の影響を分子生物学的手法を用いて検討する。
結果と考察
山下:UCP1欠損マウスの表現型変化に対する加齢の影響についての解析を進めた結果、UCP1の欠損が出生後の外気温への適応と発育に大きく影響することが明らかになった。しかし、この遅れは性成熟の終了する3ヶ月齢までに解消され、6ヶ月齢まで体重や体温について正常マウスとの間に有意な差はみられていない。しかし、UCP1欠損マウスの雄は正常マウスに比べて過食であることが明らかになった。また、UCP1欠損マウスは正常マウスと比べて若齢時には良好な耐糖能を持つが、中年期(11ヶ月齢)では耐糖能が悪化し肥満度も上昇することが観察された。これらの結果は、UCP1欠損が成熟後のエネルギー代謝においても重要であること、その影響が加齢と共に顕在化してくることを示すと共に、こ
のマウスがヒトの生活習慣病モデルになることを強く示唆するものと思われた。
堀尾:加齢と共に糖尿病を発症するSMxA-5マウスの骨格筋においてUCP3発現レベルが低いことが明らかになった。この結果は、SMxA-5マウスの糖尿病形質の発現に骨格筋熱産生並びにエネルギー消費の低下が寄与している可能性を示唆するものと思われた。また、21種類のSMxA-RIマウスからのデータとStrain distribution patterns を用いたQTL解析により、肥満と糖代謝に関与する遺伝子座が各々第1, 6および第2, 10, 18番染色体上に存在することを突き止めた。特に、第10番染色体遺伝子座は従来報告されていない遺伝子座であり、新たな糖尿病責任遺伝子の同定に興味が持たれる。
西尾:単球系細胞を用いた検討から、マクロファージへの分化によりミトコンドリアの酸化機能が著明に亢進すると共に、UCP2の発現レベルも大きく上昇することが明らかとなった。マクロファージは抗酸化システムを巧みに利用し異物排除に利用することから、UCP2が活性酸素生成の調節役として働いている可能性が示唆された。また、3つの異なるヒト組織(皮膚、肺、血管内皮)由来の培養細胞におけるUCP2遺伝子発現量は、老化した細胞で低下していた。酸化ストレスによるダメージの蓄積が老化の一因と考えられるので、UCP2機能の低下は全身的な酸化ストレスの上昇を引き起こすかもしれない。従って、UCP2機能の維持と活性化は老化の予防につながる可能性があり、その詳細な分子機構の解明は極めて重要と考えられる。
佐藤:寒冷環境下におけるラット骨格筋でのUCP3遺伝子発現は、若齢ラットの腓腹筋(速筋)において強く誘導されたが、老齢ラットではその発現量にほとんど変化はみられなかった。ヒラメ筋(遅筋)ではUCP3遺伝子の発現は逆に低下した。HFABPとGLUT4の遺伝子発現は老若ラットの腓腹筋で寒冷曝露により上昇し、脂肪酸および糖の取り込みと供給レベルの上昇が推察された。以上のことより、寒冷環境下における骨格筋ふるえ熱産生は解糖系の発達した速筋で優位であり、寒冷刺激に応答した骨格筋でのUCP3遺伝子の発現誘導能の低下が老齢動物の耐寒性低下の一因であることが強く示唆された。
結論
熱産生蛋白質として発見されたUCPは、エネルギー消費や抗酸化作用などとも関連する多機能分子と考えられつつあり、今回の結果はそれを支持するものであった。すなわち、UCP熱産生機能の維持と活性化は老化の予防や加齢に伴う肥満や糖尿病など生活習慣病発症の予防と治療につながる可能性が高いと考えられる。

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