新規ホルモン;グレリンの生理的意義と老化における役割の解明

文献情報

文献番号
200000232A
報告書区分
総括
研究課題名
新規ホルモン;グレリンの生理的意義と老化における役割の解明
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
寒川 賢治(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾一和(京都大学医学部)
  • 千原和夫(神戸大学医学部)
  • 芝崎 保(日本医科大学)
  • 宮本 薫(福井医科大学)
  • 山下俊一(長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設)
  • 島津 章(国立京都病院)
  • 中里雅光(宮崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
成長ホルモン(GH)は下垂体から分泌され、成長や代謝調節、また老化の進展などに深く関与するホルモンである。GH分泌は思春期をピークとして、以後老化の過程で減退する。GHの分泌調節に関与する内在性因子の存在は約20年前より示唆されていたが、その実態はこれまで不明であった。最近、主任研究者らはラット胃組織から、新規成長ホルモン分泌促進ペプチド;グレリン(ghrelin)を発見した。グレリンは28個のアミノ酸よりなり、3番目のセリンが脂肪酸で修飾されており、この修飾が活性発現に必須であるという特異な構造を有する。グレリンは強力なGH分泌促進活性のほかに全身の栄養、代謝や循環器系に対してGHを介さない直接作用も有する。本研究では、グレリンの生体機能調節及び老化における役割を、基礎及び臨床研究の両面より解明すると共に、最終目標として臨床応用も目指したい。
研究方法
本年度は、グレリンの新しい生体調節機序や老化制御の解明に向けて、高感度測定系の開発、下垂体機能低下症及び老化モデル動物や老化におけるGH分泌障害での血中濃度、ヒトにおける生理作用、神経内分泌作用及びエネルギー代謝作用、中枢性摂食調節、受容体(GHS-R)の生理的役割などについて広範な検討を行った。尚、本研究においてヒトを対象とした研究は、各研究施設で定められた臨床研究の規定に従い、実験動物を用いた研究では、実験動物飼養及び保管に関する基準、各研究施設における実験動物委員会の指針に基づいて行った。
結果と考察
1)グレリンの高感度測定系の開発と生理的意義の検討:グレリンの生体内分布、産生・分泌調節、血中濃度の検討のため、グレリンに特異的な2種類の高感度ラジオイムノアッセイ(RIA)系(C-RIA:C末端抗体により全グレリン分子を認識、及びN-RIA:N末端抗体によりアシル化された活性型グレリンのみを認識)を確立した。ラットにおいて、グレリンは胃に最も高濃度で存在し、十二指腸、空腸、回腸などの腸管にも低濃度でが存在したが、脳内は極めて低濃度であった。また、グレリンはアシル化された活性型及びアシル化されていない不活性型の2種類の分子型で存在することが明らかになった。グレリンのヒトにおける生理作用の検討として、健常人ボランティア6人を対象に、グレリン(10μg/kg)を経静脈的に投与し、血行動態、各種ホルモンを経時的に測定した結果、血清GH濃度は投与後20分で前値の15倍まで上昇し、1時間以上有意な増加を認めた。プロラクチン、ACTH、コルチゾールは有意に増加したが、IGF-1、FSH、LH、TSHの増加は認められなかった。一方、グレリンは循環器系にも作用し、心拍数を変えずに平均動脈圧を有意に低下(-12 mmHg)、心拍出量、一回駆出量の有意な増加、末梢血管抵抗の有意な低下が認められた。グレリンは強力なGH分泌作用をのみならず、心後負荷の軽減、心拍出量の増大作用を介して、心血行動態に有利に働く可能性が示唆された。
2)ヒト下垂体機能低下症及び老化モデル動物における血中グレリン濃度の検討:ヒト下垂体機能低下症(GH単独欠損、複合型)における血中グレリン濃度の検討を行った結果、C-RIAでは半数の症例でグレリンの上昇が見られ、グレリンのネガティブ・フィ-ドバックが起こったものと考えられた。さらに、老化モデル動物の血漿グレリン濃度の変化を検討した結果、グレリンは加齢によって変化しなかったのに対して、GH抑制によって増加した。食餌制限によっても増加したが、GH抑制が強いモデル動物において顕著であった。
3)老化におけるグレリンとGH分泌障害機序についての検討:老化は機能的なGH分泌不全状態であると考えられる。グレリンとGH分泌障害機序の関係を明らかにするため、12週齢と48週齢のラットを用いて無麻酔無拘束下でGHRH、グレリン、合成GH分泌刺激ペプチド(KP-102)を頚静脈内に投与し、そのGH分泌促進作用を比較検討した。若齢ラットではいずれのペプチドも用量依存的なGH分泌促進作用を示し、その力価はグレリン=KP-102>GHRHの順であった。一方、高齢ラットにおいてGHRHのGH分泌促進作用には個体差がみられ反応量も減弱したが、グレリン及びKP-102に対するGH分泌促進作用は比較的よく保たれた。グレリンによるGH分泌促進作用は、GHRHとは異なり老化にともなう影響を受けにくいと考えられた。
4)グレリン受容体(GHS-R)の生理的役割の検討:GHS-Rの生理的役割を明かにするために、GHS-R遺伝子のアンチセンス遺伝子を導入してトランスジェニックラットを作成した。このラットでは視床下部弓状核でのGHS-R遺伝子のアンチセンスmRNAが認められ、GHS-R量は有意に減少し、対照ラットと比べ生下時より低体重、低脂肪組織量、摂食量の減少、雌でのGH分泌の抑制が認められた。これらの結果よりGHS-RはGH分泌、摂食行動、脂肪組織量の調節において重要な役割を担っていると考えられる。
5)グレリンの肝細胞株におけるインスリン作用に及ぼす影響の検討:肝細胞株におけるグレリンのインスリン作用に及ぼす影響について、RT-PCR、免疫沈降、ウェスタンブロット、ノザンブロット法で検討した。ヒト及びラット肝癌由来のHepG2細胞、H4-II-E 細胞にGHS-R mRNAが存在した。グレリンは、HepG2、及びH4-II-E 細胞において、IRS-1-GRB2-MAPK系を活性化し細胞増殖をひき起こすインスリン様作用と、Akt活性の低下、PEPCK mRNA量の増加をひき起こす抗インスリン様作用を示した。グレリンは糖質代謝に影響する可能性が示唆された。
6)卵巣機能におけるグレリンの役割の検討:卵巣機能におけるグレリンの役割を明らかにするため、ラット卵巣顆粒膜細胞を用いた初代培養系でサブトラクションクローニングを行なった。その結果、卵胞発育に重要な遺伝子群を多数クローニングし、DNAマイクロアレイを作成した。また、卵巣顆粒膜細胞にグレリン受容体が発現していることを明らかにするとともに、卵巣顆粒膜細胞におけるグレリンの直接あるいは間接作用を、NGFI-A及びIGF-Iなどに焦点をあわせ解析した。
7)神経内分泌作用及びエネルギー代謝作用の検索:グレリンの神経内分泌作用及びエネルギー代謝作用を検索し、さらにグレリンの体内分布を広く検索した。グレリンはヒトにおいて強力な成長ホルモン分泌作用を有していたが、軽微なACTH及びプロラクチン分泌刺激作用も有していた。グレリンの発現はげっ歯類の腎においても認められ、受容体と共在していることが明らかとなり、グレリンがきわめてユニークで重要な臨床的意義を有することを示唆するものである。
8)中枢性グレリンの摂食とエネルギー代謝調節作用の解析:中枢性グレリンの摂食作用とエネルギー代謝調節作用について検討した結果、グレリンは強力な摂食促進ペプチドであること、また、中枢の内在性グレリンも摂食調節に関与することが明らかになった。GH欠損ラットへの投与でも摂食量の増加が認められたことから、グレリンの摂食亢進作用はGH分泌を介さないことが明らかになった。また、グレリンはNPYの mRNA発現とNPYニューロンのc-fos遺伝子発現を増加させたことから、NPY系を介して摂食を亢進させること、さらに、グレリンとの併用投与によりレプチン作用は抑制されることから、両者がNPY系の調節において拮抗関係にあることなど、グレリンによる新たな中枢性摂食調節の分子機序が明らかになった。
結論
新規成長ホルモン分泌促進ペプチド;グレリンについて、新たな生体機能調節機序および老化における役割を検討した。グレリンは活性型および不活性型の2種類の内在性分子型で存在すること、強力なGH分泌促進作用以外にも循環調節、糖質代謝、脂質代謝などに深く関与すること、中枢性の強力な摂食促進作用を有しエネルギー代謝に重要な役割を担っていることが明らかになった。また、老化モデル動物を用いて、老化における役割やGH分泌との関連などについても新たな知見が得られた。

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