酸化LDL受容体LOX-1の動脈硬化における役割(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000231A
報告書区分
総括
研究課題名
酸化LDL受容体LOX-1の動脈硬化における役割(総括研究報告書)
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
沢村 達也(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血管内皮細胞は血液と諸臓器間の単なるバリアーではなく、細胞間、臓器間のインターフェイスとして情報を変換し、アクティブに信号を発するトランスデューサーとして積極的にはたらいている細胞である。そしてこの内皮細胞の性質が生活習慣病を引き起こすような状況下では大きく変化する。特に高脂血症及び動脈硬化症では酸化LDLがこのような内皮細胞の機能変化を引き起こす重要な因子であることがわかってきた。この様な酸化LDLの作用点を明らかにするため、主任研究者は内皮細胞に発現する酸化LDL受容体をクローニングし、レクチン様酸化LDL受容体(LOX-1)と名付けた。本研究では、動脈硬化のメカニズムをこの分子を利用してできるだけ多くの側面から明らかにする。これまでにLOX-1が酸化LDLの受容体として、想定されていた機能を果たしていそうだという証拠が集まりつつある。本研究の第1の目的はこれをin vivoのレベルで証明していくことである。第2の目的はLOX-1の酸化LDL受容体活性を利用して生体内の酸化LDLを検出し、これと動脈硬化性疾患の関連を明らかにしていくことである。一方、脂質代謝とは別のLOX-1の機能が明らかになって来つつあり、単に酸化LDLの受容体にとどまらない多様な機能をLOX-1は持つようである。第3の目的はこの様な機能の解析を進め、動脈硬化で重要とされている炎症的性質、血栓凝固系の異常についての手がかりを得ることである。本研究により、国民の重要な死亡原因である虚血性心疾患や、脳卒中の基礎的病態である動脈硬化の機構の理解が進み、その予防に向けた新たな対策が可能になることが期待される。本年度は特に、①可溶型LOX-1の検出、②遺伝性高脂血症ウサギにおけるLOX-1発現の解析、③TGF-betaによるLOX-1の発現誘導解析、④Redox感受性のLOX-1発現調節の解析、⑤酸化LDLによるLOX-1を介した活性酸素種産生の解析、⑥酸化LDLによる血管内皮細胞内NO濃度低下メカニズムの解析、⑦LOX-1を利用した血漿中LOX-1リガンドの定量、および動脈硬化巣内のLOX-1リガンドの検出、⑧活性化に伴うLOX-1の血小板表面上への発現、を中心に成果をまとめた。
研究方法
①内皮細胞およびLOX-1安定発現細胞の培養液中に存在するLOX-1をWestern blottingにより検出した。さらにLOX-1安定発現細胞の培養上清からLOX-1をHPLCにより精製し、N末端のアミノ酸配列を決定した。②ウサギLOX-1cDNAのクローニングを行い酸化LDLの結合活性を確認した。さらに、動脈硬化を自然発症するワタナベウサギと正常のウサギの大動脈を用いてNorthern blotting、Western blotting、免疫組織化学によりLOX-1の発現を解析した。③内皮細胞、平滑筋細胞、マクロファージを培養し、TGF-betaで処理した後、Northern blotting、Western blottingによりLOX-1の発現を解析した。④活性酸素、ホモシステインにより内皮細胞を刺激し、膜透過性SOD様物質であるTempoや抗酸化剤であるN-acetylcysteineの有無によりLOX-1発現がどのように変わるかをNorthern blottingにより検討した。また、ラットにangiotensinIIを持続注入することにより高血圧を誘導し、誘導されるLOX-1の発現に対するAT1アンタゴニストやTempoの効果をNorthern blottingにより検討した。⑤酸化LDLのLOX-1への結合による活性酸素の生成およびそれに与える抗酸化物質の影響をウシ内皮細胞、LOX-1安定発現細胞で解析した。⑥活性酸素およびNOの細胞内濃度に対する各種活性酸素産生酵素の阻害物質や抗LOX-1抗体の作用、ブラジキニンやトロンビンで刺激したときの影響を検討した。⑦recombinant LOX-1と抗apoB抗体を利用してLOX-1リガンド活性を定量するsandwich enzyme immunoassayの系を樹立した。この
系を用いワタナベウサギと正常のウサギで血漿中のLOX-1リガンドの量を比較した。また、recombinant LOX-1を用いてワタナベウサギの動脈硬化巣の免疫組織化学による解析を行った。⑧血液より血小板、多型核白血球、単核球を分離しRT-PCR、Western blottingによりLOX-1の発現を解析した。また、LOX-1の細胞表面への局在をFACSおよび標識酸化LDLの結合解析により検討した。さらに、血栓を伴った冠動脈の動脈硬化巣の免疫組織化学を行い、LOX-1の血小板と関連した形での発現解析を行った。
結果と考察
①内皮細胞およびLOX-1発現細胞の培養上清中に細胞膜に存在するLOX-1が切断されて生じた可溶型LOX-1が存在することがわかった。これを精製しN末端の構造を決定したところ86番目のArgあるいは89番目のLysのC末端側で切断されていることがわかった。動脈硬化の患者では血液中にこの可溶型LOX-1が増加している可能性があり、動脈硬化の程度を判定する指標となる可能性がある。②ウサギLOX-1のcDNAをクローニングし、酸化LDL受容体として機能することを確認した。その上で高脂血症ウサギでのLOX-1の発現を検討し、動脈硬化巣だけでなくほぼ正常と考えられる血管部位においても発現が顕著に増加していることを明らかにした。このことからLOX-1の発現亢進は動脈硬化のきわめて初期段階に起きていること、LOX-1が以後の血管機能変化を導いていることが示唆された。③TGF-βはLOX-1の発現を血管内皮細胞、平滑筋、マクロファージで誘導することがわかった。他の酸化LDL受容体であるSR-AIやCD36はTGF-βにより発現が抑制されることが知られており、これら多種の酸化LDL受容体が発現することが知られているマクロファージにおいては、TGF-βの発現が亢進する炎症巣や動脈硬化巣においてLOX-1の重要性が高まっている可能性が示唆された。④活性酸素やホモシステインによりin vitroでLOX-1の発現が誘導されることが明らかになると同時に、in vivoにおけるangiotensin IIによるLOX-1の発現誘導も活性酸素に依存していることが明らかとなった。高血圧、高脂血症、糖尿病では酸化ストレスが亢進していることが明らかとなっており、亢進した酸化ストレスがこれらの病態におけるLOX-1の発現を誘導している可能性が示唆された。⑤酸化LDLにより血管内皮細胞、LOX-1発現細胞で活性酸素種が産生され、これはLOX-1を介した反応であることがわかった。酸化ストレスは上述のようにLOX-1の発現を誘導するが、逆にLOX-1も酸化ストレスを誘導することから、ポジティブフィードバックループが形成されていることがわかる。⑥酸化LDLによるNOの減少が活性酸素の産生と並行しておき、これはLOX-1の機能抑制により共に抑えられた。NOの産生低下は血管の弛緩能を低下させるとともに血管の種々の機能不全を導く。LOX-1はこの減少を導く発端となる可能性が示されたことから、動脈硬化を含む種々の血管障害治療の標的分子となる可能性が強く示唆された。⑦LOX-1リガンドを定量する新しい系の樹立に成功し、高脂血症のウサギでは正常のウサギに比べLOX-1リガンドの量が顕著に増加していることがわかった。LOX-1の発現も高脂血症下では上昇していることから、この様な状況下ではLOX-1リガンドとLOX-1の相互作用が亢進し、細胞機能への影響が大きくなっていることが示唆された。⑧LOX-1は血小板においても主要な酸化LDL受容体であり、血小板の活性化に伴って細胞表面ではたらくことが明らかとなった。活性化血小板をLOX-1は結合することから、血小板同士をLOX-1が結びつけることにより血栓形成を促進している可能性がある。
結論
LOX-1の発現解析からLOX-1が高血圧や高脂血症で強い発現を示すこと、そしてそれは生体内の酸化ストレスの増大と関連している事を明らかにした。さらに、LOX-1自体が酸化ストレスを生み出す元となりうることを示し、老化における重要な因子と考えられてきた酸化ストレスとの強い関係が明らかとなった。虚血性心疾患の発症と酸化ストレスとの関連も注目されており、この様な点でもLOX-1の役割を解明することは今後重要と考えられる。診断との関連としては、構造解析から可溶性
のLOX-1の存在を明らかにし、この測定による動脈硬化進行度の診断への可能性を開いた。また、LOX-1リガンドの新たな測定系の開発によりリガンド側からの動脈硬化進行の危険性診断を行える可能性が出てきた。動脈硬化の危険性がコレステロールレベルによる判断だけでは充分でないことはよく知られており、新たな指標として有用である可能性がある。LOX-1の多様な機能の解明につながる知見としては、血小板でのLOX-1の強い発現が明らかとなった。LOX-1の血栓形成における役割も示唆されており、今後の研究結果が期待される。

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