慢性肺気腫原因遺伝子の研究

文献情報

文献番号
200000230A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性肺気腫原因遺伝子の研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
山谷 睦雄(東北大学医学部附属病院老人科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
慢性肺気腫に代表される慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease; COPD)は世界における主要死亡原因の1つであり罹患率・死亡率とも増加している。喫煙はCOPD発症の最大の危険因子として認められているが、一方で喫煙者の10%前後のみにCOPDが発症するとの報告があり、喫煙に対する感受性を含めCOPDの発症因子・発症機序は不明である。現在、慢性肺気腫の発症機序として2つの仮説、プロテアーゼ・抗プロテアーゼ説およびオキシダント・抗オキシダント説が提唱されている。オキシダント・抗オキシダント説はオキシダントの直接傷害および抗プロテアーゼ抑制作用による肺組織破壊が慢性肺気腫を惹起すると説明しているが、喫煙者の抗オキシダント産生機能と慢性肺気腫発症との関係は不明であった。ヘムオキシゲナーゼはヘムをビリベルジンと鉄に代謝し、一酸化炭素やビリルビン、フェリチンを産生する酵素である。誘導型ヘムオキシゲナーゼ(HO-1)はオキシダントや高酸素による細胞破壊を防御する抗オキシダント作用を持ち、生体におけるオキシダント物質とのバランスを保つ働きをしていると考えられている。ヘムオキシゲナーゼの誘導はヘムオキシゲナーゼ遺伝子の上流に位置するGT反復配列で制御され、長いGT反復配列ほど抑制作用が強いことが最近報告された。これらの知見から、私たちは慢性肺気腫では喫煙中のオキシダントに対する防御能力が弱いのではないかと考え、慢性肺気腫における長いGT反復配列の遺伝子多型性を報告した。本年度は50歳以下で発症する若年性肺気腫の患者を対象にGT反復配列を検討した。また、末梢血白血球からlymphoblastoid cell line(LCL細胞)を作成し、オキシダントによる細胞傷害性とGT反復配列との関係を調べた。
研究方法
肺機能検査やCT写真から確定できた肺気腫患者のうち、50歳以下で発症した若年性肺気腫症例20名を解析の対象とした(平均年齢53.8歳、平均Brinkman's index 826)。また、年齢50歳以上の慢性肺気腫患者101名(平均年齢66.8歳、平均Brinkman's index 1006)、非慢性肺気腫100名(平均年齢67.1歳、平均Brinkman's index 938)の喫煙男性を比較の対象とした。慢性肺気腫の診断は原則的に、慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息の診断と治療指針(日本胸部疾患学会1995年)に従い、理学的所見、呼吸機能所見、胸部画像所見などを参考にした。以上の対象から血液を採取しDNAを抽出した。これを鋳型としてPCRを行った。2種のプライマーはHO-1遺伝子5'上流域のGT反復配列領域をはさむ位置とした。その際プライマーの一方を蛍光色素でラベルし、PCR産物のシークエンスを行いGT反復配列の長さを比較した。さらに、オキシダントによる細胞傷害性とGT反復配列多型性との関係を調べるため、末梢血白血球にEpstein-Barrウイルスを感染させてlymphoblastoid cell line(LCL細胞)を作成した。クラスSSとLLおよびMLに相当するGT反復配列を持つ細胞に過酸化水素を8時間作用させ、TUNEL法で染色してアポトーシスに陥った細胞の割合をFACS analysisで計算した。本研究の目的、方法、成果およびプライバシー保護について患者に十分説明し、同意を得ている。ヒト遺伝子研究に対して、東北大学医学部倫理委員会の承認を得ている(受理番号:2000-41)。
結果と考察
PCR産物のシークエンスの結果、各々の個体は長さの異なる2種類のGT反復配列を有した。肺気腫群、非肺気腫群全体をまとめるとGT反復配列の長さは3つのピークを持って分布し、24回以下、25-29回、30回以上の3クラスに分けられた。このうち30回以上の長いGT反復配列を持つクラスLのAlleleの割合は若年性肺気腫において9 Allele (22.5%)で、通常慢性肺気腫202 Allele 中42 Allele (21%)と同等の割合を示し、非
肺気腫喫煙男性200 Allele 中20 Allele (10%)に比べて明らかに大きい値を示した (p<0.05)。また、GT反復配列数30回以上の長い反復回数を持つクラスLの遺伝子型を持つ割合は若年性肺気腫20例において8例(40%)で、通常肺気腫101例中38例(38%)と同等の割合を示し、非慢性肺気腫喫煙男性100例中20例(20%)に比べて大きい値を示した (p=0.05)。また、反復回数30回以上の遺伝子を有する喫煙者が慢性肺気腫に罹患するリスクは29回以下のGT反復配列を有する喫煙者の2.4倍であった。さらに過酸化水素(300, 600, 900μM,8時間)によるLCL細胞の傷害性を調べたところ、長いGT反復配列を持つ細胞のviabilityは濃度依存性に低下したのに対して短いGT反復配列を持つ細胞のviabilityは低下し難いことが明らかになった。従来、慢性肺気腫の発症原因としてプロテアーゼ・抗プロテアーゼの不均衡が提唱され、発症遺伝子としてα1-アンチトリプシン欠損症が明らかにされてきた。最近、これに加えて、オキシダント・抗オキシダントの不均衡が指摘されている。Smithらは抗オキシダント酵素であるmicrosomal epoxide hydrolase活性が慢性肺気腫で低下する遺伝子多型性を報告した。これまで、私たちは抗オキシダント作用を有する酵素であるHO-1の発現が慢性肺気腫で低下しているという仮説をたて、HO-1遺伝子GT反復配列多型性と慢性肺気腫との関連について検討してきた。結果、高齢で発症する慢性肺気腫において30回以上の長いGT反復配列を有する割合が有意に上昇した。また、反復回数30回以上の遺伝子を有する喫煙者が慢性肺気腫に罹患するリスクは29回以下のGT反復配列を有する喫煙者の2.4倍であった。今回の研究において、若年発症の肺気腫においても同様の結果が得られ、GT反復配列の長い割合が高いことが明らかになった。若年性肺気腫の末梢血を用いた今回の研究においても、慢性肺気腫の発症要因としてHO-1遺伝子多型性の関与が支持された。しかし、高齢発症の肺気腫と若年発症の肺気腫との間には差が認められず(結果未報告)、GT反復配列だけでは発症年齢の差の原因は説明が出来ないと考えられる。発症年齢に関係する他の遺伝要因あるいは環境要因の存在が示唆される。さらに、LCL細胞を用いた実験において、GT反復配列数が長いと過酸化水素による細胞傷害性が強く発現することが明らかになった。私たちは長いGT反復配列を持つ細胞でHO-1遺伝子発現が抑制されることを以前に報告したが、その結果から考えると、長いGT反復配列がオキシダントによるHO-1発現を抑制し、細胞傷害に対する防御機能を低下させることを示唆している。極端な例としてHO-1欠損症例のLCL細胞の報告がある。HO-1欠損LCL細胞ではへミンの作用によってLCL細胞の生存率が明らかに低下する。今回の実験結果はヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子多型性と細胞傷害性の関係を別の角度から明らかにしたと考えられる。
結論
発症年齢に関係なく、慢性肺気腫患者において、ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の発現を制御するGT反復配列の長い割合の高いことが明らかになった。この結果、長いGT反復配列をもつ喫煙者において、抗オキシダント作用を持つヘムオキシゲナーゼの誘導が抑制され、慢性肺気腫が発症するリスクが大きいと結論された。GT反復配列の長い細胞はオキシダントによる傷害を受けやすいことが明らかになった。慢性肺気腫では喫煙中のオキシダントによる肺傷害を受けやすいことが示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-