染色体不安定症候群の細胞老化機構に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000229A
報告書区分
総括
研究課題名
染色体不安定症候群の細胞老化機構に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小松 賢志(広島大学原爆放射能医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松浦伸也(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 田内 広(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 田原栄俊(広島大学医学部総合薬学科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴い細胞の染色体異常や突然変異の増加などゲノム不安定性が誘発される事は以前から知られていたが、最近、モデル動物の線虫の研究からゲノム不安定性が逆に老化を促進する事が明らかになってきた。実際、ゲノム不安定性を呈するヒト遺伝病ではがんや免疫不全と共に早期老化を示す。この事は早期老化を穏やかに進行する疾病としてがんなどと同列に議論できる事を示唆している。本研究ではゲノム不安定性による老化機構を明らかにして、遺伝的および環境因子・生活習慣による早期老化の診断と予防に役立てる事を目的とする。
研究材料として染色体不安定症候群のファンコニー貧血(FA)およびナイミーヘン症候群(NBS)/毛細血管拡張性運動失調症(AT)のゲノム不安定性を呈するヒト遺伝病を用いる。このようなヒトを対象としたゲノム不安定性と細胞老化の効果関係ならびにその機構解明は(1)ゲノム不安定性を誘発する環境因子(例えば喫煙)や制癌剤服用による老化促進のリスク推定や、(2)ゲノム不安定性起因の発癌や免疫低下などの抑制する生活習慣や創薬開発による老化予防、あるいは(3)早期老化患者に対する適正な老年病治療方針の決定を可能にすると思われる。
研究方法
(イ)NBS1の老化シグナル伝達経路:我々はDNA二重鎖切断により開始されるATM経由シグナルのp53と関連蛋白がNBS細胞において異常を示す事を報告した。老化に果たすこのシグナル経路の役割をNBS、AT、正常細胞のそれぞれの初期培養ならびに老化細胞において比較する。ウエスタンブロット法によりp53(ser15)などの定量化、老化細胞からATM抗体により精製したATMを用いてGST-p53の試験管内リン酸化能及び生体内でのNBS1/ATM複合体形成によるシグナル時系列を検証する。(ロ)NBS細胞のテロメア短縮促進:NBSおよびAT初代培養細胞の分裂テロメア短縮をTTAGGGリピートをプローブとしたサザン法、AEプローブによる加水分解時の発光を比較するHPA法の高精度計測により分裂毎のテロメア長減少を正常細胞と定量比較する。またS1ヌクレアーゼによる5'一本鎖DNA(G-tail)生成能や細胞内ECTR測定などによりテロメア異常短縮の原因を解明する。(ハ)Nbs1遺伝子ノックアウトマウス作製:マウスNbs1遺伝子をD3-ES細胞からスクリーニングする。ベクターPGK-neo-polyAとHSV-tkによりFA蛋白C末側400-475アミノ酸に変異を導入後、2x107個のES細胞にエレクトロポリューションする。PCR法で相同組み換え体を確認した5日~7日に出現するG418耐性クローンの変異ES細胞をC57BL/6の3.5日胚から回収したブラシスト内注入によりキメラマウスを作製する。同様にニワトリNbs1遺伝子をクローニングしてB細胞由来のDT40細胞のターゲッティングによりニワトリNbs1細胞を作製する。
続いて、日本人ファンコニー貧血由来の線維芽細胞と標準相補性群細胞との細胞融合とMMC感受性試験により日本人患者の相補性群を決定する。また、発現ベクターに組み込んだcDNAライブラリーをファンコニー細胞に導入してMMC感受性の回復から原因遺伝子のクローニングを行う。
結果と考察
ヒトNBS1の酵母ホモログXrs2欠損株では染色体テロメアが異常短縮する事から、DNA修復に加えてテロメア維持機能もある事が知られている。我々はNBS患者の皮膚線維芽細胞の細胞分裂によるテロメア長をサザン法により測定した結果、酵母同様にテロメア短縮が促進される事が明らかとなった。また、テロメレース活性を有するNBS株化細胞はNBS1cDNAの導入により顕著なテロメアの延長がみられた。変異NBS1cDNAあるいはNBS1欠損ゲノムDNAの導入ではテロメア長は延長しないで不変である事から、NBS1蛋白のテロメア維持機構によりテロメアが延長したと思われる。この事は、NBS1蛋白の免疫染色によるフォーカスがテロメア結合蛋白TRF2と共局在する事からも支持される。
放射線誘発アポトーシスあるいはDNA修復の開始にあたってヒストンのリモデリングが先行しなければならない。実際、NBS1フォーカスは放射線照射後30分に形成されるのに対して、H2AXリン酸化は数分以内にフォーカスが検出される。このリン酸化H2AXフォーカスはNBS1フォーカスと共局在しており、放射線誘発のDNA二重鎖切断部位でヒストンのリモデリングが起こった後にNBS1蛋白がhMre11/hRad50を細胞質から同部位にリクルートして来ると思われる。また、リン酸化H2AXの抗体による免疫沈降物(IP)にNBS1蛋白が存在しており、NBS1は直接ヒストンに結合してDNA修復を開始させている可能性がある。H2AXのリン酸化はアポトーシス誘導、そして恐らくは放射線照射後のp53誘導にも関係すると思われている。我々の実験では正常細胞では照射1時間後にみられるp53の細胞内蓄積がNBS細胞では有意に低下していた。キナーゼによるp53(ser15)のリン酸化が起こらないAT細胞よりは誘導p53量が多いことから、ATとは異なるヒストンのリモデリングなどに原因する間接的効果と思われる。
NBS1の相同組換え機構への関与を調べるために、チキンBリンパ球由来DT40細胞を用いてNbs1ノックアウト細胞を作成した。Nbs1ノックアウト細胞はヒトNBS細胞と同じく生存可能であるが、野性型DT40細胞と比較して顕著に増殖速度が低下していた。また、ヒトNBS細胞と同様に自然及び放射線誘発染色体の高頻度の発生と放射線致死高感受性を示した。一方、ターゲットインテグレーションを指標に相同組換え能を野性型DT40細胞と比較した結果、Nbs1ノックアウト細胞では顕著に相同組換え能が低下している事が判明した。一方、Nbs1ノックアウトマウスは胎生7~8日で致死であることが判明した。しかしながら、Nbs1ノックアウトマウス細胞株の樹立は可能でヒトNBS細胞と同程の放射線感受性を示した。一方、日本人のファンコニー貧血患者10人の皮膚線維芽細胞の相補性試験を行った結果、A群及びG群でもなく日本人で報告されていない新規の相補性群に属すると思われる患者がみられた。また欧米人のE群細胞を用いた相補性に基づいた遺伝子クローニング法によりFANCEを同定した。FANCEは1611bpで536アミノ酸からなる蛋白をコーティングした。これらの座位は我々が既に報告した染色体6qのマッピング結果と一致していた。既知蛋白とのホモロジー検索では2ヶ所の核移行シグナルの存在がみられるものの、既知蛋白との類似性は認められなかった。
本研究からNBS1も他のDNA修復蛋白同様に、テロメア長維持そして恐らくは細胞老化の蛋白である事が示された。すなわち、NBS1はテロメアに局在してTRF2と結合する事、その機能の失活はNBS細胞にみられるようにテロメア長の短縮促進、あるいはNBS1蛋白導入によるテロメア長の延長から確認された。DNA修復あるいは細胞周期制御同様に、NBS1のテロメアにおける機能にはATMが関与している事が示唆されるが現在迄にその作用は不明である。NBS1がヒストンH2AXに結合する事は、DNA二重鎖切断の再結合の初期に機能している事を示すものであり、その詳細な機能の解明はテロメア延長の初期過程も明らかにすると期待される。ATもNBSもいずれも早期老化を示すヒト遺伝病である。同じく染色体不安定症候群に属するファンコニー貧血でもテロメア長の短縮促進が示唆されており、ATM/NBS1/FANCによるテロメア維持機構の総合的解明が待たれる。我々のFANCE遺伝子クローニングはこの解明に重要な貢献をすると期待される。
結論
NBS1蛋白はテロメア複製期を通じてTRF2と相互作用する事、またNBS患者由来の初期培養細胞では細胞分裂によるテロメア短縮がAT細胞同様に促進される事、またNBS1遺伝子の導入によりテロメア長が延長される事が示された。一方、ATMからのシグナルによりhMre11に結合するNBS1の機能ドメインは酵母でも保存されたアミノ酸配列を有すること、ATMによるNBS1リン酸化に先駆けて、アポトーシス誘導やp53シグナル伝達に関与すると思われるヒストンH2AXがリン酸化されるなど当初予定していなかったATM/NBS1シグナル伝達の初期過程の全容が明らかになりつつある。
一方、FAは少なくとも7相補性群に分類されるが、MMC感受性と放射線感受性そして恐らく細胞老化もこれら相補性群に依存的である。細胞融合による相補性試験や抗体を用いた日本人患者の相補性群の解析結果では、A群が60%、G群が20%であることが明らかになった。A群G群のいずれにも属さない残りの10%の患者の分類研究が現在進行中である。我々は平成12年度にFA-E群の遺伝子クローニングに成功しているので、今後日本人独自の相補性群遺伝子のクローニングやtwo hybridによるテロメア関連遺伝子の機能とその維持機構解明にはNBS1と同様の方法が応用可能である。

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