高齢者の消化・吸収機能維持に関する研究

文献情報

文献番号
200000225A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の消化・吸収機能維持に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
千葉 勉(京都大学医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 木下芳一(島根医科大学)
  • 日比紀文(慶応大学医学部)
  • 高後 裕(旭川医科大学)
  • 菅野健太郎(自治医科大学)
  • 中里雅光(宮崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
従来から消化器臓器は加齢による変化が生じにくい臓器であると考えられてきたため、加齢による消化吸収障害の実態や機序についてはほとんど解明されていない。ところが日本人の高齢化が進む中、高齢者の消化吸収障害や粘膜免疫能の低下に基ずく疾病の増加、日常生活のQOLの低下などが指摘されるようになってきた。事実、高齢者では低蛋白血症、低ナトリウム血症、鉄欠乏などが見られるが、これらは加齢による消化吸収の変動によるものであり、それぞれ、浮腫、血圧異常、貧血などの病態に関わっている。また消化管免疫機能の加齢による変化は高齢者の感染に対する予防能にも大きな変化をもたらしている。こうした中、ヘリコバクタ・ピロリ(HP)が発見され、今まで胃粘膜の萎縮など従来加齢による変化と考えられていた病態が、HP感染が原因であることも分かってきた。このように加齢による消化器臓器の機能や形態の変化についてはもう一度みなおすべき時期に来ている。そこで本研究では、高齢者の消化吸収能の向上、消化管の免疫能の改善を目的として、まず加齢による消化器臓器の生理機能の変化を明らかにすることを試みた。さらにその準備段階として近年新しく発見された消化吸収に関連した物質についての基礎的検討もおこなった。
研究方法
1. 健康診断を受診した2500例に対して、本研究の目的を十分に説明してインフォームド・コンセントを得た後、検診で採血された残りの血清を用いて抗HP抗体を測定した。HP陽性者、陰性者について、検診でえられた血液データの集積をおこない、各年齢層別に種々の検査で陽性陰性者間で差があるかいなかを検討した。
2. 高齢者における腸管粘膜免疫装置の機能を明らかにするために、IgG結合蛋白FcBPの病原性大腸菌に対する防御能を検討した。まずELISAによりFcBPとIgGの結合活性を評価した。HRP標識ヒトIgG, AおよびラビットIgGのFcBPとの結合をELISAにより測定し、そのbinding activityを解析した。さらに腸内細菌抗原としての病原性大腸菌と抗血清との結合についても検討した。
3. 高齢者の鉄の吸収の動態を明らかにするために、十二指腸において鉄吸収に関与するNramp2遺伝子の役割について検討した。Nramp2に対するポリクローナル抗体を作成し、消化管上皮、肝組織におけるNramp2蛋白の発現を免疫組織学的に検討した。また消化管上皮細胞株Caco2におけるNramp2の発現とその発現様式を検討した。さらにそれらの細胞株における鉄の取り込みを検討した。
4. 合成ラットグレリンを若齢と高齢ラットの側脳室内へ単回投与と(5pmol-2nmol)慢性投与(12日間、250pmol/日)をおこなった。その後、行動量、摂食量、体重、節水量などを解析した。同時にグレリン受容体アンタゴニスト、抗グレリン抗体を投与して、内因性グレリンの作用も検討した。
上記の動物実験は各大学の動物実験施設の定める動物実験に関するガイドラインに基ずいておこなわれた。
結果と考察
まずヒトの検討で、HP陽性、陰性両者間で体重、血圧、総コレステロール、血清総蛋白、中性脂肪、血糖、ヘモグロビン、電解質、鉄などに差はなかった。このようにヘリコバクタ・ピロリ感染は全体として高齢者、若年者を問わずその栄養状態、消化吸収能に大きな影響を及ぼさなかったが、ただHDL-コレステロールはヘリコバクタ・ピロリ感染例では非感染例に比して有意に低く、またその差は年齢層が高くなるほど大きいことが明らかとなった。このヘリコバクタ・ピロリ感染例のHDL-コレステロールの低下は、感染にともなう萎縮性胃炎の進展、胃酸分泌の低下が原因なのか、あるいは感染による胃粘膜の炎症が原因であるかは不明であった。さらに今後こうした差が、高齢者の動脈硬化の進展に影響を及ぼすか否かについての検討が必要である。
次ぎに今回は新しく発見、あるいはその存在が確立されたIgG結合蛋白FcBP、Nramp2、さらにグレリンについてその生理的意義が検討された。
腸上皮の杯細胞に存在するIgG結合蛋白FcBPは、今回ヒトのみならずウサギのIgGとも結合することが明らかとなった。さらにウサギ下痢原性大腸菌(RDEC-1)は抗RDEC-1ウサギIgGを介してFcBPと結合した。これらウサギ下痢原性大腸菌と抗RDEC-1-IgGとFcBPを共培養したものでは大腸菌のコロニー数はFcBPを含まない場合に比べて著明に減少していた。ヒト病原性大腸菌、さらにネズミチフス菌を用いた実験でも同じ結果がえられた。これらのことからFcBPは特異抗体と共同で強い抗菌力を生じることが判明した。さらにFcBPはムチンとも結合するため、腸の粘液内でFcBPが抗体とともに生理的に強い抗菌作用を発揮していることが示唆された。
Nramp2は十二指腸の粘膜細胞に存在して鉄の吸収に関与していると考えられている。今回Nramp2の発現を免疫組織学的にみたところ、十二指腸上皮では繊毛上皮内腔側表面に強く発現していた。これに対して肝組織では細胞表面への発現は認められなかった。つぎに肝癌細胞株HLFにNramp2遺伝子を導入したところ、導入細胞では肝組織と同様に細胞質にのみ発現し細胞膜には発現はなかった。それに対してCaco2細胞では細胞質に加えて細胞表面に発現がみとめられ、Nramp2の発現部位には組織特異性があると考えられた。この発現の違いが鉄の吸収にどのように影響するかをみるために、トランスフェリン受容体を介するトランスフェリン鉄の取り込みをみたところ、Nramp2遺伝子導入HLF細胞におけるトランスフェリン鉄取り込みには影響はなかった。このようにNramp2の発現様式は消化管上皮と肝細胞では異なっていたが、今回その機能の差まで明らかにすることは出来なかった。今後高齢者の貧血発症機序を明らかにするうえでNramp2が加齢によってどう変化するのかについて明らかにする必要がある。
胃のA-like細胞に存在するグレリンはヒトとラットで強力な成長ホルモン放出活性を示したが、この作用は高齢者では低下していた。グレリンのラット脳室内投与は強力な摂食亢進作用をしめした。しかし高齢ラットではその摂食亢進作用は若年ラットよりも明らかに低下していた。グレリンの摂食亢進作用は成長ホルモン欠損ラットでもみられることから、成長ホルモンを介していないことが判明した。グレリンを慢性投与すると著明な体重増加が認められたが、血糖、インスリン、中性脂肪、コレステロールには変動はなかった。こうしたグレリンの変動、あるいはグレリンに対する反応性の低下が高齢者の食欲の低下にグレリンの異常が関与しているか否かについて今後検討が必要である。
結論
1. ヘリコバクタ・ピロリ感染と非感染者では体重、血清総コレステロール、総蛋白、中性脂肪、血糖、ヘモグロビン濃度には差がなかったか、HDLコレステロールのみ感染者で低下していた。またその差は高齢者ほど強かった。
2. 杯細胞から分泌されるIgG結合蛋白FcBPは腸粘液中に存在し、粘液中で特異的IgGに結合して複合体をつくり強い抗菌作用を発揮する。
3.十二指腸粘膜に存在するNramp2は消化管上皮細胞では細胞膜に存在するが、肝細胞では細胞質に存在した。しかし現時点ではそれぞれに
特徴的な作用の差は認められていない。
4.グレリンは胃粘膜のA-like細胞にあって成長ホルモン分泌を促進し、また食欲を亢進させるが、高齢ラットではその成長ホルモン分泌作用、食欲亢進作用ともに若年ラットに比して明らかに低かった。

公開日・更新日

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