歯牙喪失後の中枢神経機能低下の予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000222A
報告書区分
総括
研究課題名
歯牙喪失後の中枢神経機能低下の予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉村 弘(金沢医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤伸郎(京都大学)
  • 瀬上夏樹(金沢医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国は現在、超高齢化社会を迎えようとしているが、21世紀に向けて元気な高齢者にあふれる社会を作り上げていかなければならない。そのためには、いかにして老化を防ぐかという問題に取り組む必要がある。老化を防ぐということは、たとえば運動能力や脳・神経活動の保持と賦活などがあげられる。あらゆるすべての動物は、生命を維持していくためのエネルギ-やその個体の構成成分を食物から摂取するように進化してきた。食物摂取時の顎口腔の働きは、食物を粉砕するということに加えて多くの運動性信号や体性感覚性信号を中枢神経系に送り、そこで情報処理をおこなわせ中枢神経系を賦活させることと考えられる。実際顎口腔に関わる情報を処理する領域は中枢神経系に広く分布しており、口腔機能を維持することが、脳・神経活動や運動能力の維持につながると思われる。老化が進む一つの要因は、加齢に伴う歯周病や歯牙の脱落、顎関節の異常、咀嚼運動や味覚の減退などにより、中枢神経系への情報量が減ってくるためと考えられている。最近、歯牙喪失がアルツハイマー病の危険因子のひとつである可能性が示された。歯牙喪失がコリン作動性ニューロンの脱落を促し、前頭葉、海馬などの機能低下を引き起こし、結果として老人性痴呆を促進させるものと考えられる。そこで、外部知覚刺激によって、海馬ニューロンの機能低下を予防することはできないか、海馬の機能を増進させることはできないか、ということに焦点をあてて、研究をおこなった。これが可能になれば、早期に歯牙を喪失したひとや顎関節症などにより咀嚼運動が制限されているひとの痴呆などの老化の予防やその治療が可能になるであろう。
研究方法
(1)大脳新皮質感覚野~大脳辺縁系の基礎的情報処理機構の解明:ラット大脳皮質~大脳辺縁系を含むスライスを作製して、皮質内への入力経路を電気刺激して引き起こされるニューロン活動を、細胞内電位記録法、細胞外電位記録法、膜電位変化の光学的計測法をもちいて調べる。この手法をもちいて、外部知覚刺激により、海馬が効率的に活動するような条件を探る。(2)末梢血流中の還元型ヘモグロビンの光反射率を計測することでニューロン活動を評価することができる。この内因性信号計測法をもちいて、生きたラットにさまざまな味覚刺激を与え、大脳皮質一次味覚野における情報処理機構を調べる。味覚刺激が大脳辺縁系を賦活する機構を探る。
結果と考察
(1)脳スライス実験:我々は、ラット大脳皮質スライスの単一ニューロンから細胞内電位記録をおこなう手法を用いて、カフェインが大脳皮質ニューロンの興奮性を上昇させ、8-10Hzの膜電位振動を引き起こすことを見出した。この膜電位振動は、カフェイン投与のみでは引き起こされず、入力刺激の頻度に依存して引き起こされた。次に、このようなニューロン活動が、どこで発生し、どのように周囲へと伝播していくかを調べるため、膜電位感受性色素をロードした大脳皮質スライスから、光学的計測をおこなって、膜電位変化のニューロン活動が二次元的に広がっていく様子を時間空間的に調べた。単発刺激により引き起こされた興奮は、大脳皮質の浅い層を外側から内側へと水平に伝播して、大脳辺縁系に入り、脳梁膨大後野を経由して内嗅野を興奮させた。この第一番目の興奮は時間の経過とともに消退していったが、大脳新皮質の限局した領域に再び第二番目の興奮が出現して、皮質の浅い層を外側から内側へと水平に伝播して、脳梁膨大後野、内嗅野を興奮させた。第二番目の興奮が消退した後、第三番目の興奮が出現して、同様に興奮は伝播した。ニューロンが興奮しやすい領域は、新皮質外側と内
側、大脳辺縁系の脳梁膨大後野の三箇所に存在した。ところが、それぞれの領域で生み出されるリズムの周波数が異なっており、新皮質外側で8Hz,内側で12Hz, 脳梁膨大後野で5Hzであった。大脳新皮質ではアルファーリズム、大脳辺縁系ではシータリズムが生み出されることがわかった。さらに、これらのリズム活動の細胞内機構を調べたところ、NMDA受容体からのCa2+流入によって引き起こされるCa2+誘発性Ca2+放出(CICR)が、興奮の伝播とリズム活動発現に関わっていることがわかった。現在、IP3系CICRとリアノジン感受性CICRの存在が証明されているが、今回、リアノジン感受性CICRが振動性興奮の伝播に関わっていることを明らかにした。振動性興奮の発現については、IP3系CICRの関与が予想される。
分担研究者によって、大脳皮質ニューロンの細胞内Ca2+増加を計測する手法を用いて、コリン作動性ニューロンとシナプス後ニューロンが同時に活動した場合のCICR動態が調べられた。この研究により、ムスカリン性アセチルコリン受容体が刺激されることによって細胞内IP3系が活性化された状態で、シナプス後ニューロンに活動電位が発生して、Ca2+が細胞内に流入すると、より大きな細胞内Ca2+増加(CICR)が引き起こされることを見出した。
(2)生きた動物からの内因性信号計測実験:末梢血流中の還元型ヘモグロビンの光反射率を計測することでニューロン活動を評価することができる。今回、この内因性信号計測法を用いて、生きたラットにさまざまな味覚刺激を与えた場合の一次味覚野における味覚情報処理機構を調べた。いまのところ、塩化ナトリウム刺激を与えた場合、一次味覚野前方でニューロン活動が引き起こされ、しかも時間の経過にともなって、活動が伝播している様子が確認された。味覚刺激が感覚連合野や大脳辺縁系と関わっている可能性が示された。
いままでの研究報告から、老化や歯牙喪失などにより、コリン作動性ニューロンが脱落して、中枢神経の機能低下が引き起こされると考えられる。今回の分担研究者らの結果から、コリン作動性入力が機能しない場合、大脳皮質ニューロンがたとえ活動したとしても、細胞内情報伝達系のうち、IP3系が充分働かないために、充分なCa2+誘発性Ca2+放出(CICR)が引き起こされらいことがわかった。このことは、シナプス可塑性を引き起こす能力の低下を示しており、すなわち、記憶・学習の能力が低下していることを示している。一方、主任研究者らの研究結果により、コリン作動性ニューロンが脱落して機能しない場合であっても、リアノジン系CICRの活性化と、メタボトロピックグルタミン酸受容体依存性のIP3系CICRを活性化することで、海馬にシータリズムのシナプス性信号が入力して、海馬機能が回復する可能性が示唆された。コーヒーなどに含まれるカフェイン摂取と味覚や視覚などの感覚刺激をうまく組み合わせると、リアノジン系CICRやIP3系CICRをうまく引き起こすことができる。これにより、老化による中枢神経機能低下を阻止することができる可能性が示された。
結論
今回、老化や歯牙喪失などにより引き起こされる老人性痴呆の基礎的病態機構を調べ、さらに、中枢神経機能改善の方法を検討した。老化に伴うコリン作動性ニューロンの機能低下が細胞内IP3系の情報伝達を阻害して、Ca2+誘発性Ca2+放出が不充分となって、その結果、学習・記憶の能力低下が引き起こされることが示唆された。一方で、カフェイン摂取と味覚や視覚などの感覚刺激を組み合わせると、リアノジン系CICRやIP3系CICRがうまく引き起こされて、海馬にシータリズムの活動が誘発され、学習・記憶能力が増大する可能性が示唆された。このことは、歯牙喪失や老化による中枢神経機能低下が改善される可能性のあることを示している。

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