長寿命遺伝子としてのShcシグナリングに関する分子遺伝学的研究

文献情報

文献番号
200000221A
報告書区分
総括
研究課題名
長寿命遺伝子としてのShcシグナリングに関する分子遺伝学的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森 望(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 小野功貢(神戸大学理学部)
  • 古山龍雄(国立長寿医療研究センター)
  • 相垣敏郎(東京都立大学理学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一昨年、シグナル伝達アダプター分子Shcの遺伝子欠損マウスの寿命が30%ほど延びることが報告されて以来、長寿命遺伝子としてのShcの役割が注目されている。一方で、線虫等、遺伝学的解析の容易な無脊椎動物を用いた寿命遺伝子解析の進展が著しい。我々は、動物個体の寿命制御にかかわる遺伝子経路の共通原理があるか否かを探索することを目的とした。具体的には、Shc関連遺伝子群の実体把握、新規シグナルルートの解析、線虫のdaf-16相当遺伝子FKHRのターゲット解析、さらにシウジョウバエにおける長寿遺伝子の探索を行った。
研究方法
主任研究者の森を中心として、Shc/ShcA, Sck/ShcB, N-Shc/ShcCの機能解析を進め、N末ドメインのセリンリン酸化の実体と意義、細胞のストレス応答と生存・アポトーシスのシグナルへの関与を究明する。森は、また、研究協力者の長嶺からShcのリン酸化部位変位体の分与を受け、各種刺激下での細胞のShc応答を検討する。分担研究者の小野はPKC分子種の変異体を森に供給し、PKCとShc関連分子との相互作用について解析する。研究協力者の古山は、マウスのPI3K-Akt/PKBシグナリングを中心に解析するが、森と協力してAkt/PKBシグナルからAFX/FKHRを介して、そのターゲットとなるエネルギー代謝あるいは寿命制御関連遺伝子の実体解明を目指す。相垣は、ショウジョウバエの寿命変異体を体系的にスクリーニングし、長寿命系統を選択してその原因遺伝子を特定する。
結果と考察
(1) p66-Shcの相同遺伝子として単離したp68-Sck/ShcB、p64-N-Shc/ShcCのゲノム構造解析およびドメイン解析を行った。その結果、いずれの遺伝子もShcと同様、12エクソンからコードされるが、遺伝子サイズはShc<Sck<N-Shcとなっていることがわかった。さらにSck/ShcBの完全長の実体が明らかとなり(小島ら、投稿準備中)、N-Shc、Sckにも、p66-Shc同様、N末のCH2ドメインがあることがわかった。また、p66-ShcのS36サイトのリン酸化特異抗体を作製した。これにより、初めてin vivoでのShcセリンリン酸化の状態を検討することが可能となった。一方、N-Shcについては従来知られていたいわゆるGrb2サイト以外に新たなシグナルアウトプット領域があることを明らかにした(Nakamura et al., submitted)。N-Shc変異体トランスジェニックマウスの作成も進めた(小島ら、未発表)。また、Shc、N-Shc、Sckの遺伝子発現レベルを老若ラットで比較し、ごくわずかではあるが、老齢動物で発現変動が観察された(森ら, 2000)。今後、Shc関連分子の神経機能と寿命制御への役割の解明をめざす予定である(森, 2000)。
(2) 各種PKCとShc, Sck, N-Shcとの相互作用の可能性について系統的に検索した。最初、in vitro pull-down法により検討した結果、N-ShcがPKC deltaと特異的に結合することがわかった。この結合はCOS細胞への遺伝子導入実験によりin vivoでも確認され、さらに、この結合がH2O2添加により増強されることがわかった。したがって、N-Shcは細胞の酸化ストレス下にPKC deltaと結合することが想定された。次いで、N-ShcとPKC deltaの結合領域を特定するためにN-Shcの部分ドメイン発現体やPKC deltaの位置特異的チロシン変異体(Y/F変異体)の遺伝子導入後、結合度合を比較した。その結果、主としてN-ShcのSH2ドメインで結合すること、PKC側はN末の調節領域とC末の活性ドメインとの境界部に存在するチロシンに結合していることが判明した。さらに、N-Shcが結合するとPKC 活性がおよそ半分程度に抑えられることがわかった。以上のことから、N-Shcは神経細胞の酸化ストレス下にPKC delta活性を抑制し、PKC下流のアポトーシスシグナルを抑制している可能性がみられた(Ihara et al., 投稿準備中)。
(3) 我々は数年前から、線虫のage-1に相当するマウスのPI3Kの110 kDサブユニットの cDNAをクローン化し、その活性変異体を過剰発現するトランスジェニックマウスの作製の準備を進めていた(Furuyama and Mori, 未発表)。しかし、その後、海外で相次いで線虫のdaf-2, daf-16等の遺伝子が同定され、下等生物における長寿命制御のシグナル経路に関する理解が急展開するに伴い、研究方針をPI3Kに限定せず、それから核へのシグナル系全体を見渡すように変更し、特にdaf-16/FKHR系転写因子の制御系の研究を開始した。線虫のdaf-16に相当するマウスのFolkhead型転写因子AFX/FKHR遺伝子を単離した。特に本年度はin vitroでの結合サイト選択法によりAFX/FKHRの認識DNA配列の特定に成功し、遺伝子配列バンクを通じてin vivoでのターゲット遺伝子の推定を行った結果、そのターゲット遺伝子のひとつが酸化ストレス応答に関連するSOD3であることをつきとめた(Furuyama et al., Biochem. J. 349:629-634 (2000))。
(4)ショウジョバエのゲノム中にUASを含むGene Searchベクターをランダムに挿入した系統(GS系統)を多数作成し、その中から寿命変異体を体系的にスクリーニングし、長寿命系統を同定することを目的として実験を行った。これらの各系統についてRT-PCR法により強制転写産物を増幅し原因遺伝子の部分配列を決定した。その結果、いくつかのESTにマッチする新規遺伝子の他、HSP26, DmGST2等ショウジョウバエにおける酸化ストレス応答に関係する遺伝子に相当することがわかった(相垣ら、未発表)。
今年度の研究により、いくつかの重要な発見があった。一つは、N-ShcがPKC deltaと特異的に結合し、PKC活性を抑えることが明らかとなった。これは、恐らくは、細胞の酸化ストレス下におこり、細胞のアポトーシス抑制にかかわる可能性がある。しかし、その点については来年度以降の実験により証明する必要がある。また、線虫の長寿命変異をきたすdaf経路に存在するAFX, FKHR転写因子の下流解析の結果、線虫のSOD3遺伝子のプロモーター領域にdaf16/FKHRの結合配列があり、実際にこの配列を介して、転写活性が制御されうることを明らかにした。今後は、マウスにおけるターゲット配列を解析していくことが必要であるが、これも、寿命制御の一旦が、細胞の酸化ストレス応答にかかわるSODをも含むことを示しており、細胞の酸化解毒作用の重要性を示唆しているものである。さらに、ショウジョウバエの長寿命変異体をスクリーニングし、単一遺伝子変異により個体寿命に影響を与える変異体を複数樹立した。その中の一部が、やはり酸化ストレス応答に関係すると思われる遺伝子の変異であることもわかった。今後さらに、変異の実体と、メカニズムを解明していく必要がある。
本研究ではマウス、線虫、ハエという様々な生物種における寿命制御系遺伝子の探索という各々の分担研究ごとに独立に研究を進めたが、結果的には、幸い、「寿命制御」と「酸化ストレス応答」という共通の接点がみえてきた。本研究の大きなゴールは、種を超えた寿命制御システムの共通理解という点であったが、初年度にしてすでにそれが、少なくとも、細胞の酸化ストレス応答にかかわるシグナル伝達系が重要であることが示唆された。来年度は、これらの知見をさらに検討し、論文としてとりまとめるとともに、ショウジョウバエの系を使ってマウスの寿命関連遺伝子を導入して寿命観察をし、種をこえた寿命制御の共通系があるかどうか証明へむけて研究を展開していく予定である。
結論
個体寿命の制御系に関して、無脊椎動物と脊椎哺乳動物とを比較し、いずれも細胞の酸化ストレス応答に関係するシグナル伝達系の遺伝子が重要であることが示唆された。哺乳動物で唯一の長寿命遺伝子であるp66-Shcについては、酸化ストレスからアポトーシスへ連携するシグナルを媒介する36位のセリンのリン酸化を特異的に認識する抗体の作製に成功した。今後、これをもって、in vivoでのp66-Shcシグナル応答を老若動物で比較するとともに、寿命制御にかかわるShcシグナルの分子機構解析へ応用が可能となった。

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