各種動脈における泡沫細胞の遺伝的発現解析

文献情報

文献番号
200000220A
報告書区分
総括
研究課題名
各種動脈における泡沫細胞の遺伝的発現解析
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
児玉 龍彦(東京大学先端科学技術研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 間藤方雄(国際医療福祉大学教授)
  • 内藤眞(新潟大学医学部教授)
  • 土井健史(大阪大学大学院薬学研究科教授)
  • 田中良哉(産業医科大学教授)
  • 野口範子(東京大学先端研助手)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現代高齢化社会において,虚血性心疾患,脳血管障害のように血管に生じた病態によって重篤な症状を示す疾患は,平成11年度においても死亡順位別死亡数の第二位,第三位を占め高齢化社会の重要な問題である.従来我々はマクロファージ,泡沫細胞を中心として動脈硬化研究を進めてきたが,昨年度Gene chipによる網羅的な遺伝子発現検討の結果,病変局所においても脂質代謝が重要であると考えた.そこでわれわれは,下記の4項目を目的とする研究計画を立案した.(1)in vitroのヒト泡沫細胞を用いてその発現遺伝子gene chipによって網羅的に検討し,抗体や欠損動物を併用して動脈硬化病変での泡沫細胞の機能を明らかにする.(2)上記混合培養系においては,低酸素分圧下においてより効率的な脂質蓄積が確認されており,酸素分圧の血管壁細胞に対する影響を,Transcriptome解析の手法によって検討する.(3)リポ蛋白中心部に分布し,酸化的変化を検出する蛍光マーカーを開発したので,これを混合培養系内で経時的に観察しLDL変性の部位,時期を明らかにする.(4)脳細血管では大動脈,冠動脈と異なり脂質負荷だけでなく,高血圧負荷が動脈硬化病変形成に必須であることを昨年度明らかにしたので,この過程を解析することにより,脳血管動脈硬化の特異性を明確にする.以上によって動脈硬化現象をより詳細に記述し,今後の治療薬開発に資することを目指す.
研究方法
研究方法と結果=児玉は従来混合培養系を用いた実験から低酸素下で平滑筋が脂質蓄積することから,初代培養5代目の冠状動脈平滑筋を2%から20%までの種々の酸素分圧下で培養した.低比重リポ蛋白質(LDL)負荷群には終濃度3mg/mlにてLDLを添加した.72時間後にPBSにて洗浄,total RNAを調整し,うち5μgを用いてcRNAを合成しoligonucleotide chip(Gene Chip, Affymetrix, CA)にて6500遺伝子の発現量を比較した.同時に細胞の脂肪染色、脂質組成分析を行った.この結果,低酸素下でLDLを負荷すると,脂質染色にて陽性細胞数が増加し、cholesterylester(CE)の蓄積が増加した.adipophilin等細胞内脂質輸送蛋白の遺伝子は、脂質負荷によってその mRNAレベルが2倍以上に増加した.一方、SREBPや、これによって転写調節を受けるLDL受容体、caveolin、さらにコレステロール合成経路の各酵素について転写レベルの抑制が認められた.
内藤は,リステリア感染によってスカベンジャー受容体ファミリーの発現機構をスカベンジャー受容体Class Aノックアウトマウスを用いて検討した.その結果,大量のリステリア菌による感染死亡率はノックアウトマウスの方が有意に高かった。肝肉芽腫はノックアウトマウスの方が大きく、数も多かった。サイトカインの発現もノックアウトマウスのほうが顕著であった。菌の定量ではノックアウトマウスのほうが肝、脾とも1オーダー多く、ノックアウトマウスにおける殺菌能の低下が示された。腹腔マクロファージの菌の取り込みを比較するとノックアウトマウスマクロファージの取り込みは少なかったが、菌の増殖はノックアウトマウスのマクロファージの方が多かった。電顕的に観察すると、ノックアウトマウスのマクロファージでは菌がエンドソームから細胞質内へ脱出する像が多く認められた。死菌やリステリオリシンO非産生株を用いると、菌のエンドソームからの脱出は目立たなかった。エンドソームの酸性化をブロックするバフィロマイシンを加えると、ノックアウトマウスマクロファージのファゴゾームからの菌の脱出は有意に阻止された。 田中は,単球が酸化LDL刺激などによって増殖し、泡沫化マクロファージに分化する過程において、サイトカインや細胞接着をはじめとしてどのような周囲環境刺激に誘導または制御を受けるかを解明する事を目的として, 単球を健常人末梢血より比重遠心法で得、その後エルトリエータを用いて分離し,スカベンジャーレセプターなどの細胞表面抗原を、抗体と蛍光標識二次抗体で染色し、フローサイトメータで検出した。その結果,エルトリエータで精製した静止期単球は、CD44を高発現したが、スカベンジャーレセプターであるCD36とCD68を発現しないこと, 静止期単球は、酸化LDLのみならず、CD44刺激、HGF、MCP-1、IL-1α、TNF-αもCD36の発現を誘導した。CD36の発現は、CD44刺激が最速で6時間以内に誘導し、以降、酸化LDL、HGFの順で誘導することを見いだした。また、CD44刺激は、HGFレセプターc-Metの発現も誘導した。 土井は,スカベンジャー受容体の細胞質領域のアフィニティカラムに親和性を示した因子が細胞内で受容体と相互作用していることを確認するために,GST プルダウンアッセイを行った.その結果HSP70,HSP90,GAPDH のいずれもが、コントロールの GST には結合しなかったが、細胞質ドメインと GSTとの 融合タンパク質には結合することが明らかになった。次に免疫沈降による相互作用の検出を行ったところ、いずれのタンパク質も抗 HA-1 tag 抗体によって受容体と共に沈降してくることが判明した。以上の結果より、HSP70、HSP90、GAPDH はいずれも受容体と相互作用し、さらにこの相互作用は細胞内でも生じていることが明らかとなった。
野口は,酸化生成物高感度検出蛍光プローブが混合培養系のマクロファージ内の酸化追跡に適用可能であることを確認することを目的として,DIMSOに溶解した蛍光プローブdiphenyl pyrenyl phosphin oxide (DPPP=O)を添加し37℃で1時間培養し、マクロファージ内にDPPP=Oをとりこませ,高感度冷却CCDカメラによる観察を行った.その結果,レンズ面からすくなくとも50 オmの深さ位置の細胞内の蛍光を観察することができることを確認した.
脳内血管は老化時、高血圧時にその平滑筋細胞が変性し、壊死するといわれているが、その機序は明らかではない。また高脂血時、高血圧時脳細血管の病理学的変化は大動脈に比し軽度であると云われるが、その機序も明らかではない。間藤は,その要因を間藤細胞に求め、その泡沫化の機序の解明及びそれに伴う血管構築の変化を糖代謝・脂質代謝の面から行うことを目的として,光学顕微鏡、電子顕微鏡による脳細血管と間藤細胞の微細形態の観察を行った.さらに脳細血管より間藤細胞を分離し培養した。β.Hexosaminidase (Hex) A 及び Bの欠損マウスを検討した結果、Hex A の欠損したTay-Sacks病モデルマウスでは、ニューロンにGM2を含む小体 (MCB) が蓄積するが、間藤細胞によりGM2は処理され同細胞は泡沫化しないことが明らかになった.SHR-SPラットでは、まず間藤細胞の機能に異常があり、それに続き血管平滑筋、内皮細胞が変性に陥ると考えられた.分離した脳細血管を酵素処理し、それより遊離した細胞(自家蛍光顆粒を含む)を一週間MCSF含有RPMI 1640 培養液中にて培養し、Dil アセチルLDLを摂取し、酸性フォスファターゼ陽性・ED2陽性の細胞を得ることができた。
結果と考察
考察と児玉は,脂質負荷による脂質代謝関連遺伝子の発現量は、20%酸素分圧下で予想された挙動を示した.一方、低酸素環境では、その発現レベルと、脂質による抑制効果が異なっており、実際脂質染色や、脂質組成分析で認められるCEの蓄積増加の一因と考えられた.平滑筋を低酸素下、脂質負荷することによって、特定の細胞外マトリックス、ケモカイン、angiogenic inducerの発現が著明に増加しており、生体内で動脈硬化病変が進展するにあたって重要な役割を果たすと考えその機能を検討している.
内藤は,スカベンジャー受容体は菌の受容体として機能するだけでなく、殺菌機構にも直接関与することが明らかにした。エンドソームからのリステリア菌のエスケープにLLOが必須であることも示された。しかし、スカベンジャー受容体を介した細胞内シグナルとLLOを介したシグナルがどのように関係するかは今後の検討課題である。
田中は,酸化LDLの機能を修飾する因子として、HGF等の増殖因子、単球ケモカインであるMCP-1、IL-1α等のサイトカインの他、ヒアルロン酸受容体であるCD44を介する刺激が認め,ことに、CD44刺激によるスカベンジャーレセプターCD36の発現誘導は6時間以内に生じ、c-Metの発現誘導を介してHGFによるCD36の発現増強を齎したので,CD44刺激、HGF、酸化LDL刺激によって、酸化LDLの単球への取り込みが最大限となり、恐らくその後のマクロファージ泡沫化を最も効率的に引き起こすものと考えた。
土井は,スカベンジャー受容体を認識する抗体によって、これらが受容体と一緒に沈降してきたことから、細胞内でも相互作用していることが明らかにした。HSP はシャペロンタンパク質として知られているが、ここでは細胞質領域の構造を保持し他の因子との相互作用を仲介している可能性が考えられる。また、HSP90 が細胞内シグナル伝達に関与している報告もあり、これら因子の寄与を明らかにすることが今後の課題である。GAPDH についても、細胞内小胞輸送に重要な役割を果たしていることが報告され、スカベンジャー受容体のエンドサイトーシスの効率に影響している可能性が考えられた。
野口は,蛍光プローブは高感度CCDカメラとZ軸フォーカス制御を用いることにより蛍光顕微鏡で混合培養に適用可能であることを示したが、細胞内の分布を特定するには至らない。共焦点顕微鏡と高感度CCDカメラの組み合わせも考える必要がある。また、蛍光プローブを組み込んだLDLを混合培養に添加する実験を次ぎのステップで行い、血管内イベントのモデルを作成することが課題となっている。
一般の血管-大動脈、冠状動脈-では老化・病態に伴い血管構築が変化するが、その過程は、高血圧・高脂血によって促進され、血管の粥状硬化への過程が進行するとされる。間藤は,間藤細胞は脳虚血時・老化時或いは糖代謝異常時、高脂血時に泡沫化することを示したが、そのような状況下では血管平滑筋細胞は不規則な形をとり、遂には変性に陥る。SHR-SPラット(若年)の間藤細胞にもまず中等度の泡沫化-幼弱化が認められ、次いで平滑筋が変性する。ヘキソミニダーゼ欠損症に於いても間藤細胞の活性維持が重要であった。脳実質内の血管細胞が、他の部位の血管細胞と各種条件下に於いて反応性が異なる点は今後とも課題であるが、構造的、機能的に脳血管の恒常性の保持にとって間藤細胞の役割は大きいと思われた。今回単離培養に成功したことは,間藤細胞の幼弱化・泡沫化及び変性現象を定性的、定量的に扱う研究を可能にすると考えられる.
結論

公開日・更新日

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