緑茶による老年病予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000219A
報告書区分
総括
研究課題名
緑茶による老年病予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
菅沼 雅美(埼玉県立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岡部幸子(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 藤本伸一(埼玉県立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん、動脈硬化、循環器疾患、及び、糖尿病などの老年病に対する効果的な予防法の確立が望まれている。本研究は、緑茶による老年病の予防について、3H-(-)-epigallocatechin gallate(3H-EGCG)を用いた薬理学的研究、及び、生化学的、分子生物学的な研究を行い、科学的データを提示することを目的とする。これまで、疾患モデルマウスとして、自然発症の高脂血症マウス、間質性肺炎のモデルとなるTNF-alphaトランスジェニックマウス等を用い、緑茶の老年病に対する予防効果を明らかにしてきた。本年度は、緑茶とがん予防薬との併用による相乗効果について研究を進めた。更に、茶ポリフェノールの作用機構について、遺伝子発現のレベルで検討した。
研究方法
(1)緑茶とがん予防薬との相乗効果: i) オカダ酸を処理する1時間前に、様々な濃度のEGCG, sulindac、tamoxifen、EGCG + sulindac、あるいは、EGCG+tamoxifen でBALB/3T3細胞を処理し、次に、オカダ酸を加えて24時間培養した。TNF-aは、ELISA法によって測定した。ii) ヒト肺がん細胞株、PC-9をEGCG, sulindac, tamoxifen, EGCG + sulindac あるいは、EGCG + tamoxifenの存在下で2日間培養した。アポトーシスは断片化DNA量をELISA法で測定した。iii) 雄 C57BL/6J-Min/+マウス1) 0.1%緑茶エキスを含む飲料水投与群、2) 0.03%sulindacを含む餌投与群、3) 緑茶エキス+sulindac投与群、4) 未処理のコントロール群の4群に分けて、生後6週から16週令までそれぞれ処理した。実験終了時に、消化管を摘出し、0.1%のメチレンブルーで染色し、腫瘍を実体顕微鏡下で測定した。(2)cDNA Expression Arrayを用いたEGCGによる遺伝子発現変化:EGCG(200 mM)で7時間処理したPC-9細胞 から、poly(A)+RNAを精製した。cDNAで32Pでラベルし、array membraneとhybridize して、588個の遺伝子発現を検討した。EGCGの処理により遺伝子発現がコントロールに比較して2倍以上の増加したもの、あるいは、0.5倍以下の減少を示したものを、有意に発現変化した遺伝子とみなした。PC-9細胞をEGCG (100 microM), sulindac (100 microM), あるいは、EGCG+sulindac で24時間処理し、上記の方法に従って遺伝子発現を検討した。(3)茶ポリフェノールによるhnRNP B1タンパク質の発現抑制:ヒト肺がん細胞株A549を茶ポリフェノール (EGCG、ECG)、あるいは、genistein存在下で2日間培養した後、タンパク質を抽出して、ウエスタンブロッティングで検出した。hnRNP B1 mRNAの発現はRT-PCR法によって測定した。hnRNP A2/B1のプロモーター領域(-603/- 1)を含むluciferaseレポーターコンストラクトを、A549細胞にトランスフェクトし、EGCG、あるいは、genisteinで2日間培養してluciferase活性をdual-luciferase reporter assay systemで測定した。(倫理面への配慮)実験動物に関しては、動物愛護上の配慮を持って行った。 また、当センター内の動物委員会の承認を得ている。
結果と考察
(1)i) 10 microM sulindac 単独処理、あるいは、50 microM EGCG単独処理は、TNF-alphaの遊離を抑制しない。しかし、 EGCGとsulindacを同時に処理すると、sulindac単独処理に比べて9.9倍強く抑制した。ii) ほとんどアポトーシスを誘導しない濃度のEGCGとsulindacとを併用すると、それぞれの単独処理に比較して、20倍以上強くアポトーシスを誘導した。iii) Minマウスを緑茶エキス単独群、sulindac 単独群、緑茶エキス + sulindac群とコントロール群の4群に分け、6週令から16週令までの期間、それぞれの餌と飲料水を投与した。実験終了16週令のコントロール群では、一匹当たり平均72.3±28.3個の腫瘍が生じた。こ
れに対して、緑茶エキス+ sulindac群は32.0±18.7であり、それぞれの単独群に比べて、更に強く腫瘍の発生を抑制した。緑茶とsulindacとの相乗(相加)効果を動物実験で証明できた。乳がんの予防薬であるtamoxifenとEGCGとの併用は相加的にTNF-alphaの遊離を抑制した。また、乳がん細胞株MCF-7細胞の増殖抑制効果についても相加的であった。緑茶とがん予防薬との併用は、がん予防薬の副作用を軽減し、かつ、予防効果を強める実用的ながん予防である。EGCG+sulindac、及び、EGCG+tamoxifenはTNF-alphaの産生を相乗的・相加的に抑制するので、がん予防効果だけでなく、動脈硬化、糖尿病などの老年病の予防に対しても、有効であると考える。(2)PC-9細胞では、588の遺伝子の中163の遺伝子が発現していた。EGCG (200 microM)で7時間処理すると、12の遺伝子の発現が0.5倍以下に減少し、4つの遺伝子の発現が2倍以上に亢進した。EGCG (100 microM)+sulindac (100 microM)でPC-9細胞を24時間処理した。EGCG + sulindacの処理は、GADD153遺伝子の発現を11.6倍、また、WAF1遺伝子の発現を3.0倍亢進した。面白いことに、GADD153とWAF1遺伝子は共にEGCG単独処理、sulindac単独処理でも全く影響を受けなかったものである。更に、7つの遺伝子の発現が減少した。これらもそれぞれの単独処理では全く発現が変動しなかった遺伝子である。EGCGがいろいろなリン酸化酵素やGTPase等の遺伝子発現を抑制し、レセプター等の発現を亢進することを始めて見出した。その中で、EGCGがNIKの発現を抑制したことは重要である。EGCGとsulindacとの併用によって新たに誘導された遺伝子発現が、どのように相乗的ながん予防効果に関与しているのか検討する。(3)Heterogeneous nucler ribonucleoprotein B1 (hnRNP B1) はhnRNP A2タンパク質のスプライシングバリアントであり、肺がんの組織では発現が著しく亢進している。EGCG、ECG、および、genisteinは、いずれも31~125 microMの濃度の範囲で濃度依存性にhnRNP B1タンパク質の量を減少した。125 microMの濃度で比較すると、hnRNP B1タンパク質はEGCG処理で20%、ECG処理:30%、genistein処理:0%に減少した。hnRNP B1タンパク質の発現抑制は増殖抑制効果を伴っていた。更に、hnRNP B1 mRNAの発現は、EGCG、ECGあるいはgenisteinの処理によって濃度依存性に減少した。更に、EGCGと genisteinはともに、 hnRNP B1を転写レベルで抑制することを始めて見出した。hnRNP B1は肺がんの全がん病変である気管支異形成でも高発現している。茶ポリフェノールがhnRNP B1の発現を抑制することから、hnRNP B1の発現抑制はがん予防の生物学的代理指標として応用できるであろう。日常の飲み物とての緑茶飲用量から、がんや老年病に対して予防効果を示す飲用量に増量できれば、緑茶飲料によるがん・老年病の予防が達成できる。そのため、埼玉県農林総合研究センター特産支所は緑茶エキス粒を開発した。埼玉県での飲用試験によれば、日常飲用している緑茶とこの緑茶エキス粒を合わせて、一日10杯分の茶ポリフェノール量の摂取は、ほとんど多くのヒトに受け入れられた。一方、アメリカでは、緑茶エキスのカプセルを用いて、緑茶エキスをがん予防薬にするための臨床第 I 相試験が行われた。最大耐用量は1日1 g/m2、3回であった。これは緑茶30~40杯分に相当する。この結果からも、一日10杯分の緑茶の飲用は、特に問題のない量であることが示された。
結論
緑茶はがん予防薬の効果を相乗的・相加的に増強することを培養細胞の系で見出し、Minマウスの発がん実験系で証明することができた。緑茶との併用は他の老年病の予防にも応用できると思われる。EGCGがTNF-alphaのシグナルに関与するNIKの発現を抑制することを始めて見出した。茶ポリフェノールはTNF-alphaの産生とシグナル伝達の過程を抑制していると考えられる。新しい肺がんの早期診断マーカーであhnRNP B1の発現をEGCGが転写レベルで抑制することを始めて見出した。緑茶は毒性がないので、高齢者にとっても無理のないがんと老化予防法であると考える。今後、緑茶の効能は健康な高齢化社会づくりに受け入れら
れると考える。

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