高齢期における活動的生活持続のためのサポートネットワークの役割に関する研究

文献情報

文献番号
200000209A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢期における活動的生活持続のためのサポートネットワークの役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子
研究分担者(所属機関)
  • 笹谷春美
  • 前沢政次
  • 森若文雄
  • 杉村 巌
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本年度は、3年計画の2年度として(1)高齢者の活動的生活と生命予後に及ぼすソーシャルサポートネットワークの役割、(2)高齢者の健康状態の維持と関連する社会的支援およびネットワーク-文献的考察(3)高齢者の抑うつとソーシャルサポートネットワークに関する文献的考察、(4)高齢者のネットワークモデルとソーシャルサポートに関する研究、(5)北海道二次医療圏の医療費に影響する要因に関する研究、(6)ソーシャルサポートシステム構築へのアプローチ方法に関する研究、(7)高齢期における活動的生活維持のためのサポートについて-鷹栖町における実践から、(8)高齢者における活動的生活維持のためのサポートネットワークの役割に関する研究-パーキンソン病患者集団をモデルとして を実施する。いずれも高齢者の 社会的サポートネットワークが高齢者の活動的な社会生活の維持、痴呆や抑うつの予防や、早期死亡などに及ぼす影響について地域ベースで、長期縦断研究として計画している研究の一環となるものである。(研究報告1) 1991年から、北海道の3つの地域、すなわち大都市(札幌)、旧産炭過疎地(夕張)、および農村地域の(鷹栖)で高齢者が自立して高いQOLを保ち、人生の最後まで住み慣れた土地で生き続けるために必要な社会的サポートネットワークのあり方について地域ベースの長期的な疫学研究を比較継続している。本年度は、農村地域の高齢者について報告する。
(研究報告2と3) 次に文献的に考察することを目的に、特に地域住民を対象とした長期縦断研究によって、死亡率、身体機能の変化を追跡した報告について並びに、ストレスフルイベントと抑うつの関連を検討した研究について総括し、著者らの研究も含めて、高齢者の健康状態と今後の社会的支援およびネットワークのあり方の課題について整理し検討する。
(研究報告4) 現代日本における家族構造の急激な変化、平均寿命の伸び、人口の高齢化に伴う要介護高齢者の増加、従来家族内で高齢者のケアやサポートを担ってきた女性の意識や行動の変化等などの中で、高齢者のネットワークはどのような実態なのか、10年間で変化しているのかどうなのかを明らかにすることを目的とした。本年度は追跡研究を行っている大都市札幌において特に高齢者のソーシャルネットワークの変化について縦断研究として類型析出を試み、類型毎の活動的な生活やサポートネットワークの違いおよび特色を明らかにしようとした。
(研究報告5) 北海道では住民の大病院志向や医療費の不適切消費が全国に比べ多い。また医療供給側も都市部の病院乱立による過当競争や、逆に過疎部の医師不足の問題がありそれらは一向に改善の兆しがない。福祉に関しても施設依存の住民が多く、在宅福祉が十分展開されていない状況で介護保険の適正運用も危ぶまれる。本研究では医療経済、および医療システム論、住民健康行動の面から、高医療費の要因を明らかにすることを目的とする。
(研究報告6) 少子高齢社会となり、社会の最小単位である家族が、自分の家族に対する介護力を持てない社会となってきた。そのため2000年4月に介護保険法が施行され、「介護の社会化」が強調されるようになった。しかし、介護保険法で、要介護認定のために調査や認定審査会が必要とされ、費用負担のかなりの部分が、直接サービス以外の部分に用いられている。そうなると肝腎の直接サービスは制限され、一定の枠の中での取り組みしかできないことになり、家族的であたたかいサービスから、義務的事務的なサービスとなり、冷たい無機的なサービスとなりがちである。それを防ぐために介護支援専門員が養成されたが、現在までは、給付管理に追われ、力を十分発揮できていない。
介護保険以外のサービスも奨励されており、介護予防・生きがい活動支援サービスとしては、生きがいデイサービス、地域住民グループ支援などがあるが、こうした活動が活発化されてはじめて「介護の社会化」にふさわしい事業が展開されることになる。しかしこのような社会が構築されるためには、広報や教育事業だけでは、住民が動かない場合が多い。今回、最近、質的研究として用いられるようになったフォーカスグループインタビューなどによる健康推進事業と分担研究者が宮城県涌谷町で実施してきたワークショップ形式の住民啓蒙活動を比較検討することを試みる。
(研究報告7) 1975年以来、町ぐるみで「健やかに老いる」ことを目標としている鷹栖町(以下T町)では医療費が他町に比べ非常に低い。本稿では特に高齢者生活支援、健診受診とそれらと密接に関わる高齢者の「モラール」について検討することを目的とした。
(研究報告8) 高齢者に多い神経変性疾患としてパーキンソン病をとりあげ、パーキンソン病患者集団をモデルとし、地域社会におけるパーキンソン病患者など障害を呈する高齢者の医療と生活の実態を明らかにし、QOLを高める課題、QOLとサポートネットワークに関する研究を進めることを目的とした。
研究方法
(研究報告1)対象は、北海道の3つの市町村に在住する高齢者である。本年の報告にはT町に住む69歳~81歳(1992年時)の高齢者全数769名(男性344名,女性425名)について追跡データの解析結果を報告する。初回のベースライン調査は1992年に、2回目の調査は1995年にそれぞれ同じ内容の質問票を用いて実施し、1998-2001年に3回目の調査を実施した。質問票には、基本的属性:性別、年齢、居住形態、婚姻状態(配偶者)、仕事、収入、ストレスフル・ライフイベントの経験、ソーシャルネットワーク、ソーシャルサポート、抑うつ状態:Zungのうつスケール(SDS)、身体的健康状態:主観的健康状態、病気の数、入院経験の有無、身体の痛みを聞いた。本年度は高齢者の死亡と活動的生活の低下に及ぼすソーシャルネットワーク、ソーシャルサポートの役割を解析した。
(研究報告2と3)わが国、欧米で高齢者の死亡と抑うつ状態について調べた疫学研究を概括し、これまでに明らかになっている知見を整理、わが国でどのような研究が必要であるか、どのような方向で研究を進めていくべきかについて考察した。
(研究報告4):本報告はネットワーク類型の析出と各類型の生活の活動性とサポートネットワークの比較研究を行なうと同時に、ネットワーク類型の変化の追跡を行う。ネットワークの類型化は、A型:家族・親族中心型、B型:家族・親族・近隣・友人・集団参加の全てに関与しネットワーク数と種類が最も多い型、C型:近隣中心型、D型:友人中心型、地縁・血縁に縛られない集団参加が多い、E型:いずれの関係も弱く少ない型とした。本年度は大都市札幌の2000年追跡データについて解析した。
(研究報告5)年間ひとり当りの医療費が高い地域と低い地域に関し、既存の資料をもとに、多角的な解析を行い、医療にかかわる文化的背景を探る。また、それがどのように形成されたかについて考察する。
(研究報告6)「町での健康問題とこれからの保健活動」をテーマに話し合いをするので参加者を募集し、年代別男女別の小グループに分けた。1セッションの時間は2時間、インタビューをテープに録音し、ビデオに録画し、テープ起こしを行った。記録を分析し、グループインタビューとワークショップの比較を行った。倫理的配慮に関しては、グループインタビューにおいては、かつインタビュー時に知り得た個人的情報を他の人に伝えないことを記した同意書を取り交わした。
(研究報告7)健診を評価する方法の一つである医療費との関係について、T町における過去10年間の老人医療費と、2000年の国保レセプト(国保診療報酬明細書)調査から、健診受診者と未受診者で医療費の消費の違いについて検討した。 一方では、1991年のT町総合健診受診者のうち、当時65歳以上の受診者(430名)を対象にLawtonが考案したフィラデルフィア・ジェリアトリック・センター・モラールスケール(PGC・MS)を使いモラール調査をおこなった。そのうちから得点を低下させる要因について、高齢者と家族関係、高齢者と高血圧・心疾患のような慢性疾患での治療との関係、さらに調査対象の内、現在まで66名の方々が亡くなっているが、死亡原因と得点との関係、当時得点が低かったが現在も元気に生活されている方々の生活状態について検討した。
(研究報告8) 高齢者社会を迎えるに当たり、高齢者に多い神経変性疾患として特発性パーキンソン病(以下、パーキンソン病、PD)があげられる。パーキンソン病はドパミン代謝障害による無動(動作緩慢)、振戦、筋固縮、姿勢反射障害を四大徴候とする疾患であり、その治療は薬物療法が主体となり、日常生活に介助を要しているものが大多数を占める。今回、PD患者集団をモデルとしてQOLとソーシャルサポートネットワークに関する研究・調査を進めるため、同市のPDに関する調査を行った。
結果と考察
(研究報告1)3地域を比較すると農村地域の高齢者では、健康状態のうち、腰痛や、関節痛が、他の地域より高率に認められたが、ケアやサポートを要するADLの低下や痴呆については差がなかった。一方社会的サポートの得やすさ、および高齢者の社会参加については、むしろ農村地域のほうが、都市部および過疎地に比較してそれぞれ最もよく、高い状態にあった。農村地域について前向きコホート研究のデータをCoxの比例ハザード分析で解析した結果、男性では、年齢や健康行動、主観的および客観的健康状態で調節しても、情緒的サポートを得られやすいことと、社会参加が多いことは、男性では、早期死亡に対し、有意の予防効果があった。女性ではそのような効果は認められなかった。これらの結果は、地域のケアシステムが、このような社会関係を考慮して構築されるべきこと、特に高齢者の社会参加が重要であることを示唆している。
(研究報告2) アメリカや北欧を中心に大規模なコホート研究が近年行われているが、初回調査で65歳以上の高齢者を対象にした研究13編について要約すると、社会参加が少ないこと、ネットワークのサイズが小さいことが死亡と負の関連を示すものが多く、女性よりも男性に顕著であった。ネットワークが高い状態から急に低くなる場合も、リスクが高かった。サポートの提供が少ないことも7編のうち、2つの研究では有意で、特にサポートを受けているという認識が低いこと、情緒的サポートが少ないことが問題であった。
身体機能とサポートネットワークについてはADLを指標とした4つのコホート研究があり、配偶者のないことおよび子供との接触が多いことが要介助状態の変化に関連していた。一方、自立老人では独居者はIADLの低下が少なく、逆に障害老人では、独居者のほうが大きくIADLの低下が認められた。また、コホート研究開始時のもともとの身体機能と社会関係は、それぞれ独立して配偶者を亡くしたあとの身体機能の低下に対してBuffering効果を有していた。
(研究報告3)高齢者の抑うつに関する国内外の文献を概観し、抑うつの評価方法とソーシャルサポートとネットワークの概念および測定方法を整理したうえで、ソーシャルサポートを含めた諸要因と抑うつとの関連についての知見を概括した。その結果、高齢者の抑うつは、ネットワークのサイズが小さいこと、期待できる、あるいは受領した情緒的サポートが少ないこと、期待できる手段的サポートが少ないこと、他者へのサポート提供が少ないことと関連する傾向が示された。一方、手段的サポートを多く受領していることは高い抑うつと関連していた。また、ソーシャルサポートが精神的健康を高める直接効果とストレスによる悪影響を和らげる緩衝効果については、両者を支持する結果が示されている。これに加え、身体的健康、活動性(ADL: Activities of Daily Living, IADL: Instrumental Activities of Daily Living)、収入や婚姻状態も高齢者の抑うつと関連していた。今後の課題として、わが国において高齢者の心身の健康状態を総括的に把握できる調査を継続的に実施していくことが不可欠である。同時に、これらの調査結果をふまえた介入研究に取りくみ、高齢者の精神的健康を改善・促進する方法を検討していくことが重要であることを指摘した。
(研究報告4)  高齢期におけるソーシャルネットワークの実態とそれが高齢者男女の高齢期のライフスタイルおよびサポートネットワークの構築といかに関わっているのかを、8年間、3時点にわたる追跡調査によって解明を試みた。調査は大都市札幌市と過疎地夕張市の2地点で行った。本報告はそのうち札幌市のデータの分析である。8年間の変化を追うことで様々な興味深い知見が得られた。対象者は78歳の年齢でなお家族・親族・近隣・友人などの多様で重層的なネットワークを持つ人の割合がもっとも多く(B型)、孤独な高齢者はいない。とりわけ、この間、女性に一人暮らしが増加したが、この人々でB型ネットワークの増加傾向が見られた。豊かな日常的なネットワークが高齢期の一人暮らしを支える機能をはたしていることが確認された。一方で家族・とりわけ配偶者や子どもとの関係が密であるがその他の関係が疎であるA型ネットワークの割合も増加した。とりわけ5年前の前回調査から今回にかけて増加率が高いことから、加齢に伴うADLの低下あるいは介護不安が背景にあるものと思われる。ホームヘルパー等の公的介護資源の選択はどの類型も少なかった。特にB型は、今回でも、身体的世話においても友人や近隣を嫁よりも選択しているが、その意味では家族を超えたサポートネットワークを保有しているが、いずれもインフォーマルな資源でフォーマルな資源の活用の志向が少ない。このようなネットワーク類型の変化を通じて、高齢期のサポートネットワークは家族、少なくとも嫁依存から脱却しつつあるが、まだ近隣や友人等のインフォーマル資源への移行にとどまっており、フォーマルな資源をどのように組み込んでゆくのかを考え、実行する過渡的状況にあると捕らえることができた。このことから加齢がより進み今より健康状態が悪化する対象者が増えてきたときネットワーク類型の分布及びサポートネットワークのあり方がもう1段階転換を遂げることが予測される。
(研究報告5) 北海道の二次医療圏における医療費の地域差指数と諸要因を比較した。供給が需要を上回ると考えられる医療供給過密圏域と旧産炭地である圏域が特に高医療費を呈しており、高医療費の要因としては、医療需要と供給のアンバランスが問題であること、これまでの生活様式と産業構造の不備が問題となっていることを明らかにした。今後地域毎に分けて、要因を検討する必要がある。
(研究報告6) 旧産炭地は他の地域に比べて高医療費となっている。統計上考えられている要因を一般住民がどのように受けとめ、現在どのような支え合いをしているか、今後どのようなサポートシステムが望ましいかを、質的研究方法を用いて調査した。今回用いたグループインタビューは、参加者の相互作用で考えを発展させることを観察する手法であり、今後の地域保健における課題を探る上で有効な方法と思われた。
(研究報告7)鷹栖町においては、この25年間「健やかに老いる」をテーマに、まちぐるみ活動を展開しているが、医療費調査の結果、高齢者が活動的生活を維持には、二次予防的医学活動(健診)への積極的に参加すること、さらには、自己実現を求め健康を一層活力あるものにする為には、趣味などを介してモラールを高めることことが重要であることが示唆された。
(研究報告8)高齢社会を迎えるにあたり、高齢者の生活の質(QOL)を考え、住み慣れた地域で社会的に自立して生きるためのネットワークをあり方を、高齢者に多いパーキンソン病(PD)患者集団をモデルとして検討する。北海道岩見沢市でのPDの実態調査を行い、2000年10月31日時点で87人のPDを確定し、粗有病率10万人当たり104.6人を得た。また、 PDQ-39を用いたQOLの評価では、PD障害度が高度であれば運動能力低下、日常生活活動が高度に障害されるが、情緒面の健康、恥辱感、社会的支援、認知能力、コミュニケーション、身体的苦痛には一定の傾向は認められなく、QOLに影響を与える多因子を解析していく必要がわかった。
結論
21世紀には高齢者の健康問題、特に 高齢者が地域で活動的な社会生活を持続するための研究が望まれる。その理由は介護保険制度導入後、これからは多大な介助を必要とする痴呆や寝たきりなど要介護状態を予防しなければ、保険制度そのものが財政的になりたたないうえに、介護の施設やマンパワーの慢性的な不足状態が続きかねないからである。一番人口規模の小さいT町での死亡や抑うつの追跡結果をまず解析した。13年度は大都市、および旧産炭地のY市で引き続きさらにデータ収集解析を行い、高齢者の活動性、精神健康度、死亡を全員について追跡を続ける。さらにサポートの類型化や、住民の意識・考えかた、難病患者のサポートネットワークの課題、医療経済学的分析を行う。
本研究の結果は 今後の高齢者の保健医療対策に重要な、地域を基盤とした要介護(予防)策の樹立や、 介護保険ではカバーされない高齢者の抑鬱や閉じこもりの問題など高齢者の自立を支える条件のために重要な実証的データとなる。 さらにネットワークに関連した医療経済学的な分析は、本研究が高医療費の北海道地域で実施されるので、実際に社会的サポートネットワークを充実することにより、どのように国民医療費、中でも高齢者の医療費の増加と福祉の費用のtradeoffを解決するか、21世紀の保健福祉の充実へ向けた社会医学的な解答が得られることが期待される。

公開日・更新日

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