高齢者の自立に向けた介護技術・プログラムの開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000198A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の自立に向けた介護技術・プログラムの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大川 弥生(国立長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 石川誠(近森会)
  • 斎藤正身(霞ヶ関南病院)
  • 生田宗博(金沢大学)
  • 名倉英一(国立療養所中部病院)
  • 木村伸也(愛知医科大学)
  • 伊藤隆夫(たいとう診療所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
25,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
個々の被介護者にとって最良の介護を提供できるよう、既存の介護プログラムと技術を再検討し、新しい介護プログラムと技術を開発し、その研究結果を介護に関係する人達に普及・啓発することが本研究の目的である。この場合の最良の介護とは、単に現在の不自由さに対して介護するのではなく、目標指向的な「自立にむけた介護」である。またここでは"自立"を各種の段階(身辺自立、社会的自立、精神的自立、等)においてとらえ、中でも自己決定権が行使できる状態を最も重視する。
今年度はこれまでの本研究で明らかになった我が国の介護の現状をふまえ、自立にむけた介護の具体的プログラムの要となる以下の点を明らかにすることと、これまでの研究結果を具体的介護技術に生かせるよう一般啓発をすすめることとした。
1)「車椅子偏重」プログラムから脱却するための介護プログラムのポイント
2)被介護者自身の介護プログラムの立案とその実行への主体的参加促進技術3)被介護者と介護者間の「QOL低下の悪循環」形成の実態と要因分析
研究方法
1.車椅子でのADL自立を経ない「目標指向的介護」プログラムと、車椅子での移動・ADL自立を経るプログラムの効果比較:脳卒中初回発作後片麻痺(両側性片麻痺を除く)患者について、車椅子自立スキップ・直接歩行群(将来的に車椅子生活にとどまると予後予測される場合以外は、歩行〈介助→自立〉で移動しADL動作を立位で行うことを最初から目標としたプログラム)332例と、車椅子経由群(車椅子でのADL自立の時期の通過を基本とするプログラム)534例の両群の中から、極めて厳密な基準に従って一致させ、70組のペア(matched pair)を作り、その効果を比較した。
2."立位姿勢でのADL動作"におけるもたれ立位の指導による身体負担の軽減(介護におけるリスク管理)の視点から:脳卒中初回発作後片麻痺で、病棟での立位姿勢での整容がLLB・SLB使用時ともに「できるADL」は独立しているが、「しているADL」は、歩行及び立位姿勢では自立していない16例に対し、整容行為を、病棟の立位実施用の洗面台で立位で行い、もたれの有無、もたれ部位の違いによる血圧変動の差を非拘束性連続血圧測定装置(beat to beat法)を用いて行なった。
3.被介護者自身の"自立"向上への主体的参加促進技術のアプローチ-障害構造論の実践応用-:要介護者 84名に対し、障害構造(客観的3側面と主観的障害・環境・第3者の不利)にもとづく「リハビリテーション総合実施計画書」(現状理解と目標設定について、患者本人及び家族の主体的参加を目的としている唯一の公的な様式)を用い、その使用による被介護者自身の要望の表出の変化について検討した。
4.被介護者と介護者との「QOL低下の悪循環」形成の実態と要因分析:入院リハ施行退院後自宅生活4年以上の間に3回以上「包括的QOL評価法」(信頼性、妥当性の検討すみ)によってQOL評価を施行した65歳以上の夫婦343組。QOLの構造に基づいてQOLの変化の理由・背景について、本人と配偶者のQOLの相互関係を分析した。
5.自立に向けた介護手段の検討:重度身体障害者援護施設入所中の食事行為の要介護者で従来の食事のスタイルを肯定しつつ食事の困難を軽減する物的介護手段開発のポイントを検討した。
結果と考察
1.車椅子でのADL自立を経ない「目標指向的介護」プログラムの効果:車椅子自立スキップ群は車椅子自立経由群に比し、最終的歩行自立度は極めて顕著な効果をあげた。また、屋内歩行自立までの期間は、例えば「しているADL」として病棟トイレまでの歩行が自立するまでに必要な訓練期間でみると、発症後2ヶ月目開始群ではリハ開始後12.8±10.2日に対し66.3±28.2日と5分の1以下の日数で自立しており、短期間で高いADL自立度を達成することが立証された。また、自宅復帰率や自宅退院後再入院率も車椅子自立スキップ群が極めて良好であった。
2."立位姿勢でのADL動作"におけるもたれ立位の指導法の改善による身体負担の軽減:もたれを利用した場合は利用しなかった場合に比べ血圧の上昇は有意に低かった。(LLB使用時:収縮期血圧最高値もたれ時平均136.5±18.4㎜Hg、もたれなし162.3±38.4㎜Hg)。またもたれ部位・方法の影響が大きかった。自立度向上のためにもまたリスク管理上ももたれは有益であることが立証された。このように座位姿勢での介護に比べて格段に難しいと思われがちな立位姿勢でのADL実施の介護も、もたれを活用し、その際そのもたれの部位まで細かく留意した介護をすることが重要である。
3.被介護者自身の"自立"向上への主体的参加に向けてのアプローチ:「リハビリテーション総合実施計画書」を用いることで、障害の各レベルの相互関係を明確にしながら問題点が整理されることになった。それによって、希望の表出は特に能力障害レベルのプラス面に関する表出が顕著に増加し、具体的生活に関する現実的・具体的なものに変化した。このような障害構造論の実践的応用は自立に向けた介護の前提となる、被介護者の主体的参加を促進する技術の基礎になる。
4.被介護者と介護者との「QOL低下の悪循環」:「QOL低下の悪循環」が生じた患者夫婦は男性患者夫婦で16.7%、女性患者夫婦では20.9%であった。介護者のQOLの低下は障害の全てのレベルに認められており、特にimpairmentレベルが多かった。また被介護者の自立度が高くても出現したり、また発症後長期を経て顕在化することもあり、加齢による自然現象と考えてしまう危険性があるので注意を要する。「QOL低下の悪循環形成」は介護者のQOL低下のみでなく、結果的に被介護者の障害を更に悪化させる。その面も含めて、この悪循環の予防のためには、介護プログラム上、本人だけでなく介護者についても、障害の全てのレベルについての対応を重視する必要がある。
5.自立に向けた介護手段についての検討:「しているADL」での評価にもとづいて、物的介護手段を開発することが効果的であった。
結論
"立位姿勢でのADL実施介護""歩行介護"は、寝たきり化の原因である「廃用症候群の悪循環」の予防・改善、及びQOL向上の要である。しかし、残念ながら昨年までの研究から我が国ではこれが十分にはなされていず、これには「車椅子偏重」が大きく影響していると考えられる。
その車椅子偏重打破と「廃用症候群の悪循環」の予防・改善のためには、立位姿勢でのADL自立・歩行自立にむけての「目標指向的介護」を行うことが肝要である。その達成のためには一律にまず車椅子自立をさせるのではなく、予後予測にもとづいて車椅子段階をスキップする介護プログラムと、立位姿勢でのADL実施を安全に行うための"もたれ"の活用の有効性と安全性が立証された。
また自己決定権の行使の前提となる主体的参加を促進する技術の基礎としての、障害構造論に立った患者指導の有用性、及び被介護者だけでなく介護者との相互関係についての問題点と改善のための具体的指針が明らかになった。

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