高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000186A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大内 尉義(東京大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 聡(東京大学大学院)
  • 大藏健義(獨協医科大学越谷病院)
  • 佐久間一郎(北海道大学大学院)
  • 佐藤貴一郎(国際医療福祉大学)
  • 武谷雄二(東京大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
27,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ホルモン補充療法(hormone replacement therapy: HRT)は老年疾患を予防し、高齢女性の健康を保持、増進するための方法として注目されている。しかしHRTはわが国ではあまり一般化しておらず、高齢女性におけるHRTの適応の決定、有害事象を最小に抑え最大の効果をあげる方法についてもよくわかっていない。そこで、本研究は老年科医、内科医、婦人科医、医療経済学者がチームを形成し、(1)HRTおよび低用量HRTの、老年疾患の発症予防、治療効果、臨床上の問題点と対策、HRTの対費用効果を検証すること、(2)高齢女性におけるHRT適応基準の設定、具体的な実施法に関するエビデンスに基づいたガイドラインを作成することを目的とした。
研究方法
1.全体研究:HRTに対する一般女性の意識調査--昨年度に報告したわが国の女性のHRTに対する意識調査結果が、地域差の認められない普遍的な結果であることを確認する目的で、札幌を中心とした一般女性(医療職にあるものは除外)に対し、アンケート調査を施行し、昨年度の結果と比較した。 2.個別研究: (1) HRTの適応基準を策定する手段としての血管内皮機能--既報のごとく、血流依存性血管拡張反応の程度(%FMD)を上腕動脈で測定し、その値をもって血管内皮機能とした。測定後、追跡調査可能であった(18-87歳;男性178名、女性126名)を対象とし、%FMDの値により3.5%未満、3.5以上7.0%未満、7.0%以上の3群に分け、心血管イベントの発症の調査を行った。 (2) 低用量HRTが骨量に及ぼす効果および老年期骨粗鬆症に対する低用量 HRTの効果--閉経後女性36名および60歳以上の退行期骨粗鬆症の女性50例を対象に、低用量HRTによる骨密度の変化および有害事象の発現頻度・服薬コンプライアンスについて調査した。 (3) 低用量HRTが脳血流に及ぼす影響--閉経後女性を対象とし、CEE 0.625-1.25mg/日を25日間投与し、後半の12日間に酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA) 5-10mg/日を併用投与して5日間休薬する周期的順次投与法、CEE 0.625mg/日+MPA2.5mg/日の通常量併用持続療法、CEE 0.3125mg/日単独またはCEE 0.3125mg/日+MPA1.25mg/日の低用量持続併用療法を行い、99mTc-ECDとSPECTを用いて大脳、小脳の血流を経時的に測定し、それぞれのHRTによる効果を検討した。(4) 低用量HRTが血中脂質プロフィールおよび凝固線溶系に及ぼす影響--31人の閉経後女性を対象とし、CEE 0.625 mg + MPA 2.5 mgの連日(通常量HRT)および隔日投与(低用量HRT)の一方を3ヶ月間投与し、その後他法で3ヶ月間投与した。投与前および各処方投与3ヶ月後の血中脂質プロフィール、凝固・線溶系の各指標を測定した。(5) 低用量HRTが性器出血、子宮内膜に及ぼす影響--50歳以上の閉経後女性でHRTの適応のある患者を、低用量HRT群(通常量の半量;n = 5)、 通常量HRT群(n = 7)、エストリオール2mg/日群(n = 7)、同4mg/日群(n = 6)に無作為に分け、HRT開始前後で経時的に経膣超音波による子宮内膜厚の計測、子宮内膜組織診、血液検査を施行した。(6)骨粗鬆症におけるHRTの医療経済学的分析--骨粗鬆症を対象としてHRTの医学的特性を反映したアセスメント・モデルを構築・改訂し、大腿骨頸部骨折の発症や、それに続く病態ごとの患者数の推移から、HRTの有用性を検討した。ついで、骨粗鬆症に起因する大腿骨頸部骨折者に要する直接・間接費用の推計をもとにコスト・エフェクティブネス分析を行い、さらにQalyの推計を試み、同様にコスト・エフェクティブネス分析を行った。
結果と考察
1.全体研究:HRTに対する一般女性の意識調査--
今回の調査結果は、HRT受療率が若干高かった(約7%)ことをのぞいて、昨年度に行ったわが国の一般女性におけるHRTの意識調査とほぼ同様な結果であった。したがって、HRTおよびその効果に対する認知率が低いこと、HRTの潜在的ニーズが高いこと、またニーズの具体的内容は、わが国の女性に共通する普遍的なものであると考えてよいことを示している。2.個別研究:(1) HRTの適応基準を策定する手段としての血管内皮機能--%FMDが3.5%未満の群は他の2群に比較して男女とも有意に心血管イベント発症が多く、年齢、喫煙習慣、動脈硬化性疾患の既往、%FMDの群別が有意に関与していた。閉経後または閉経を迎えている可能性の高い45歳以上を対象として解析すると、%FMD値3.5%未満の群では他の2群に比較して心血管イベント発症がやはり高い傾向があった(p = 0.09)。HRTは閉経後女性の血管内皮機能を改善させ、心血管イベントの一次、二次予防につながるため、血管内皮機能が著しい低値(3.5%未満)を示す閉経後女性にはHRTを考慮すべきと考えられた。(2) 低用量HRTが骨量に及ぼす効果および老年期骨粗鬆症に対する低用量HRTの効果--通常の半量のHRTでも骨量は増加し、最高値は+8%に達した。効果は追跡期間中維持された。また、閉経後平均15年という高齢者においてもHRTは有効であり、またコンプライアンスも良好であった。すなわち、低用量HRTは有害事象が軽度で、高齢者においても継続的な使用が可能であり、閉経後の骨量減少と退行期骨粗鬆症両者に対して有効であると考えられた。(3) 低用量HRTが脳血流に及ぼす影響--CEEとMPAの周期的順次投与法(通常量および高用量)では、1~3年後の長期投与でも大脳、小脳の血流改善効果は維持されるが、持続併用療法では通常量、低用量とも脳血流量改善効果は1年以内に消失するので、周期的順次投与法に準じ、毎月5日間程度の休薬が必要である可能性が示唆された。今後は休薬期間を置いた半量投与法に関する検討が必要であると考えられる。(4) 低用量HRTが血中脂質プロフィールおよび凝固線溶系に及ぼす影響--CEEとMPAの隔日投与法(低用量HRT)では、通常の連日投与法に比べ、脂質およびリポ蛋白への効果が減弱するものの残存し、しかもLp(a)低下効果は保持されることが明確となった。また、凝固線溶系への影響も弱かった。したがって、隔日投与法による低用量HRTは、HRTの初期用量として、また動脈硬化進展抑制のためのHRTとしてより安全で望ましいものと考えられた。(5) 低用量HRTが性器出血、子宮内膜に及ぼす影響--低用量HRT群では性器出血、子宮内膜肥厚を生じにくいことが示され、コンプライアンスと安全性の点から本邦高齢女性に対するHRTとして低用量HRTが優れていると考えられた。(6) 骨粗鬆症におけるHRTの医療経済学的分析--HRTの骨量増加効果と骨量減少遅延効果についてモデル分析を行い、HRTが大腿骨頸部骨折の発症を抑えるのに大きな効果を発揮する結果が得られた。ついで、HRTの効果を医療経済学的視点から評価し、大腿骨頸部骨折について、HRTがその発症を抑制することにより医療費やケアにかかる費用を軽減する効果を有することが確認された。さらに、骨折・寝たきりという身体的活動性を大きく損なう事象を回避できることにより、閉経後女性のQOLの維持・向上も期待できることが明らかになった。
結論
(1) HRTおよびその効果に対する認知率が低いこと、HRTの潜在的ニーズが高いこと、ニーズの具体的内容は、わが国の女性に共通する普遍的なものであると考えてよい。(2)閉経後女性では、血流依存性血管拡張反応が3.5%未満であることが血管機能の改善からみた場合のHRTの開始基準になりうる。(3)低用量HRTは閉経後の骨量減少および退行期骨粗鬆症に対して有効である。(4)脳血流量の増加という観点からみた場合、持続的周期的順次投与法の方がよい可能性がある。(5)低用量HRT(隔日投与法)は、Lp(a)減少作用が強く残り、かつ凝固線溶系への影響が弱いことから、HRTとしてより安全な方法と考えられる。(6)低用量HRT群では性器出血、子宮内膜肥厚を生じにくいことが示され、コンプライアンスと安全性の点から本邦高齢
女性に対するHRTとして優れていると考えられる。(7)HRTの医療経済学的なベネフィットは明らかであり、わが国におけるHRTの普及が医療費の面での効率化およびQOLの改善に役立つことが実証された。(8)老年疾患の予防および医療経済学的な観点から、わが国において今後HRTの普及をはかるべきであるが、その方法として低用量(半量または隔日投与)のHRTを用いる方が効果、有害事象の観点から優れていると考えられた。しかし、脳血流増加作用についてはさらに検討を要する。(8)最終年度に当たり、3年間の研究成果を総括し、HRTに関するガイドラインを策定した。

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