高齢者排尿障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000183A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者排尿障害の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
西沢 理(信州大学医学部泌尿器科)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口京一(信州大学医学部加齢適応研究センタ-脈管病態分野)
  • 河谷正仁(秋田大学医学部生理学第2)
  • 池田修一(信州大学医学部神経内科)
  • 橋爪潔志(信州大学医学部老年科)
  • 岩坪暎二(総合せき損センタ-泌尿器科)
  • 福井準之助(聖路加国際病院泌尿器科)
  • 塚本泰司(札幌医科大学泌尿器科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の排尿障害に対する対策の確立は高齢化社会を迎えたわが国においては急務の課題である。本研究では動物モデルを用いた基礎的検討と臨床的検討を行い、高齢者の排尿障害の病態の解明と個々の病態に対応した適切な治療法を確立し、高齢者排尿障害患者の治療成績の向上を目的とする。
研究方法
加齢動物モデルの排尿機能(樋口)については加齢促進マウス(SAM)を用いて麻酔下で膀胱内圧測定を行った。
仙髄副交感神経節前ニュ-ロン興奮活動の検討(河谷)に関しては、ラットの副交感神経節前ニューロンの興奮機構について、イオンチャンネルを含めた検討や伝達物質の作用の検討を行った。
高齢パ-キンソン病患者の排尿機能(池田)に関してはパ-キンソン病患者に対する淡蒼球破壊術が排尿機能に与える影響を検討した。1999年9月以降に淡蒼球破壊術が施行されたパ-キンソン病患者を対象とし、非侵襲的な排尿機能評価法として排尿についての問診、排尿チェック表の記載、尿流測定、残尿量の計測を術前後に行った。
高齢糖尿病患者の排尿機能(橋爪)に関しては糖尿病のコントロ-ルのために入院している糖尿病患者を対象として排尿回数/排尿量チャ-トを記録し、国際前立腺症状スコアと国際勃起機能スコアの評価、尿流測定、超音波検査による残尿測定を行い、糖尿病のコントロ-ルの状態と、罹病期間、得られた成績について検討を加えた。
高齢脊椎・脊髄損傷患者の難治性尿失禁治療法の開発(岩坪)に関しては、過反射膀胱による尿失禁の抗コリン剤内服治療が限界である症例に対して、内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法とレジニフェラトキシン (RTX) 膀胱注入療法の臨床効果を検討した。
女性尿失禁患者の保存的療法(福井)に関しては、ビデオ尿流動態検査により腹圧性尿失禁と診断した60歳以上の女性を対象に、バイオフィードバック法を利用した骨盤底筋訓練を施行した。膣挿入型表面電極から得た筋電図を基に骨盤底筋の収縮力を測定し、一定期間毎に評価を加えた。
前立腺疾患患者の排尿障害の病態と治療(西沢)に関しては前立腺肥大症患者に対する経尿道的前立腺切除術が下部尿路機能にどのような効果を及ぼしているかを検討した。
腸管利用代用膀胱造設手術に必要な解剖学的所見の再検討(塚本)に関しては女子の尿道括約筋、特に横紋筋性括約筋の形態について日本人女性解剖体(平均年令78.1才)を用いて組織学的に検討した。
結果と考察
加齢動物モデルの排尿機能(樋口)では14週齢normal mouse、1歳normal mouseでは生理的食塩水の注入によって膀胱内圧は排尿反射が生じるまで緩徐に上昇したが、SAMでは膀胱内圧の上昇が前者に比べると急で、排尿反射に至るまでに頻回に急速な膀胱内圧の上昇が生じた。SAMでは蓄尿期に頻回に膀胱の無抑制収縮を生じ、膀胱コンプライアンスも低下していることから、蓄尿機能は低下しているといえる。この原因として、交感神経系の活動が低下している可能性が考えられる。また、膀胱コンプライアンスの低下とともに、膀胱容量の増加を認めたことから、膀胱から中枢神経系へ至る求心路が障害されていると考えられる。排尿期に関しては、最大膀胱収縮圧はSAMとコントロ-ル群では差はなかったことから、副交感神経系の機能は両者であまり差がないと考えられる。
仙髄副交感神経節前ニュ-ロン興奮活動の検討(河谷)では仙髄副交感神経節前ニューロン(PGN)には興奮性入力に持続に追従し発火を続けるtonic PGNと興奮性入力の初期にのみにしか発火しない phasic PGNが存在することが明らかとなった。
高齢パ-キンソン病患者の排尿機能(池田)では淡蒼球破壊術による影響で排尿機能に変化を生じた可能性が考えられる症例が9例中3例存在したが、変化に関し一定の傾向は見出せなかった。淡蒼球破壊術が排尿機能に及ぼす影響については明らかでなかった。
高齢糖尿病患者の排尿機能(橋爪)では糖尿病のコントロ-ルの判定による良、可、不良の3群間において最大尿流率、残尿、 IPSS、 QOLに有意な差を得られなかった。不良群において排尿障害が多いと結論付けることはできなかった。勃起機能障害が不良群では明らかに認められた。勃起機能障害は排尿障害より糖尿病のコントロ-ルに影響を受け、より早期に顕在化するものと思われた。
高齢脊椎・脊髄損傷患者の難治性尿失禁治療法の開発(岩坪)では内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法で短期効果は42.9%となり、外来で簡便に施行できる手技ではあるが効果の確実性が少なく持続が望めないことが判明した。 RTX膀胱注入療法の効果は40%にとどまり、諸家の報告に比べ過活動膀胱に対する治療効果が低かったことは意外であった。
女性尿失禁患者の保存的療法(福井)ではバイオフィードバックを用いた骨盤底筋訓練後は施行前に較べ、60分パッドテスト、筋電計による骨盤底筋の収縮力、失禁回数と失禁量で有意な改善を認めた。尿失禁量に関係なく骨盤底筋訓練をまず指導し、無効例にBladder Neck Support Prosthesis(BNSP)と骨盤底筋訓練の併用を選択し、可能なかぎり保存療法で治療することを基本としてきたが、バイオフィ-ドバックを応用した骨盤底筋訓練を保存療法の選択肢に加えられることが明らかにされ た。
前立腺疾患患者の排尿障害の病態と治療(西沢)では蓄尿期では膀胱コンプライアンスが有意に改善した。とくに、術前無抑制収縮の認められた症例において、膀胱コンプライアンスが改善し、無抑制収縮も10例中8例で消失した。これは無抑制収縮が前立腺肥大症に伴う排出障害から生じる筋原性変化によるものだけではなく、排尿筋におけるアドレナリン受容体の増加に伴い前立腺部尿道からの交感神経系の脊髄反射経路の関与が示唆されるものと考えられた。排尿筋が発生する仕事量は手術の前後で変わらないため手術により尿道抵抗が低下すると最大尿流率が増加し、最大尿流時排尿筋圧は低下するものと考えられた。術前の高圧、低尿流排尿は、術後にSchaferのノモグラムに沿って改善した。ノモグラム上閉塞度が2以下の軽度閉塞の3症例のうち2例で術後の最大尿流率の改善がみられず、排尿筋領域も変化した。前立腺切除により抵抗はさらに低下したものの排尿筋圧も低下したために尿流率の改善に結びつかなかった。これは排尿筋の仕事量が術後に変化したために生じた可能性が高く、基礎疾患に神経因性膀胱を有している可能性も考えられる。
腸管利用代用膀胱造設手術に必要な解剖学的所見の再検討(塚本)では女子横紋筋性尿道括約筋は尿道全長かつ全周性形態を呈する構造は なく、尿道に吊り下がるような形で存在した。女子の膀胱全摘の際の尿道切断時にはこの筋を直接的に損傷させる可能性は少ないが、尿道吻合および膣形成時には横紋筋性尿道括約筋の形態、さらには尿道の形態に影響を及ぼす可能性が示唆された。
結論
加齢促進マウスは、とくに蓄尿期に関して、ヒトの高齢者排尿機能障害の病態モデルになりうる。加齢促進マウスでは、交感神経系の障害および膀胱からの求心性線維が障害されている可能性が考えられた。
腰仙髄副交感神経節前ニューロン(PGN)には興奮性入力に持続に追従し発火を続けるtonic PGNと興奮性入力の初期にのみにしか発火しない phasic PGNが存在した。
パーキンソン病に対する淡蒼球破壊術の術前後に排尿症状に変化を認めた例が複数存在し、淡蒼球破壊術の関与が疑われた。しかし、一定の傾向が存在せず、淡蒼球破壊術が排尿機能に及ぼす影響については明らかでなかった。
糖尿病のコントロ-ルの判定による良、可、不良の3群間において最大尿流率、残尿、 IPSS、 QOLに有意な差を得られなかった。勃起機能をIIEF5で評価すると、勃起機能障害は排尿障害より糖尿病のコントロ-ルに影響を受け、より早期に顕在化するものと思われた。
内視鏡的骨盤神経膀胱枝ブロック法は、副作用が少なく反射性尿失禁がコントロールできない自己導尿症例に有用であるが、今後の課題として、ブロック手技の確実性の向上と効果の持続性についての検討が必要である。レジニフェラトキシン膀胱注入療法は副作用の危険性が少ないことから多施設参加の多数例について治療効果を検討する必要がある。
混合型を含めた腹圧性尿失禁のある高齢女性の失禁対策法として、バイオフィードバック法を利用した骨盤底筋訓練法は、良好な治療結果を示した。この手技は自覚および他覚改善度で高い治癒改善が得られ、高齢女性の腹圧性尿失禁対策として、侵襲性の低く、治療に要する費用も他の観血的療法に比べ安価であり、副作用がないことから、最初に選択されるべき治療手段の1つであると考えられた。
前立腺肥大症による無抑制収縮は術後、消失し、尿流率はSchaferのノモグラムに沿って改善する可能性が高い。しかし、閉塞が軽度の場合、原因が前立腺肥大だけでなく、排尿筋そのものの変化に伴う可能性があり、術後に切迫性尿失禁が新たに出現することがあり、これらの結果を念頭に置いて治療に当たる必要があると考えられた。
女子横紋筋性尿道括約筋は尿道全長かつ全周性形態を呈する構造は なく、尿道に吊り下がるような形で存在した。

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