アミロイドーシス抑制遺伝子の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000182A
報告書区分
総括
研究課題名
アミロイドーシス抑制遺伝子の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
樋口 京一(信州大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 西村正彦(名古屋大学医学部)
  • 細川昌則(京都大学再生医科学研究所)
  • 徳田隆彦(信州大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アミロイド-シスは微細なアミロイド線維蛋白が細胞外に沈着する病態であり、変性疾患に蛋白質のミスフォールディング病という新たな概念をもたらした。多種類のアミロイドーシスが報告されているが、老化に伴い発症するものがほとんどであり、健全な長寿社会のために解決すべき病態である。アミロイドーシスの発症時期と重症度を規定する遺伝的要因を明らかにすることが本研究の目的である。そのため、①マウス老化アミロイドーシスをモデルとして、詳細な交配実験を中心としたpositional cloningによりアミロイド発症抑制遺伝子(群)の同定を目指す。②ヒトにおけるアミロイドーシス発症の年齢的変異について解析し、抑制遺伝子存在の可能性を探る。の主要な2研究を各分野の専門家と共同で実施する。
研究方法
1. A/Jマウスのアミロイドーシス抑制遺伝子を同定するためにSAMP1 (8匹), A/J (12匹), F1 (SAMP1 X A/J; 20匹), F2 (SAMP1 X A/J intercross; 59匹), PBc (SAMP1 X F1 backcross; 7匹), ABc (A/J X F1 backcross; 91匹)の各交雑マウスを作成した。12ヵ月齢で屠殺後、全身臓器の一部をDNA解析用に保存し、残りの組織切片でアミロイド沈着を調べた(amyloid index; AI)。全染色体上に20 cM間隔になるように87のマイクロサテライトマーカーを設定し, F2マウスのゲノムタイピングを行いMap Maneger QTを用いて連鎖解析を行った。 2. SM/JマウスはC型apoA-IIを持ち重篤なアミロイドーシスが発症する。西村が開発したSMXAリコンビナント系統を用いてアミロイドーシス抑制遺伝子の遺伝的解析を開始した。SM/Jと A/J、およびSMXA RI系の20数系統を用いて、各系統8週令の雄約10匹に老化アミロイド線維(AApoAII)の尾静脈投与でアミロイドーシスを誘発し3ヶ月後に屠殺し、アミロイド沈着程度を調べた。AIとSDP情報とのあいだの相関関係をMapManager用いてQTL解析を行った。3. アミロイドーシス好発系、SAMP1,P2,P7,P8,P10,P11,嫌発系,SAMP6,SAMR1,R3B,R4,中間系SAMP3,P8系統10週齢マウスの尾静脈にAApoAIIアミロイド線維を静注し、12週後に屠殺してアミロイド沈着を調べた。 4. AApoAIIアミロイド線維の静注によってアミロイド沈着を誘導した雌R1.P1-Apoa2cマウスから出産した仔マウスを生後一定期間経過後に屠殺し、アミロイド沈着レベルの経時変化を調べた。5. ①FAP患者群(ATTR; Val30Met)と、Control 群の血清をゲル濾過で分画し、TTR monomerの濃度測定をturbidimetric immunoassayで測定した。②FAP患者およびControl 群の出産時に採取した臍帯血清中のTTR monomerの濃度を測定した。
(倫理面への配慮)マウスを用いた実験は、実験に供したマウスの飼育状態が良好な環境になるように、また屠殺に際しては苦痛が最小限になるように配慮し、信州大学医学部、名古屋大学医学部、京都大学再生医科学研究所の動物実験指針に基づいて行われた。今回の研究で対象とした患者は全て成人のFAP発症者で信州大学第三内科を受診した患者である。また被検者から血液あるいは臍帯血を採取するにあたっては、実験の目的と方法の十分な説明を行いinformed consentを得た後に検体の採取を実施した。また、新生児の遺伝子診断を施行することは禁止した。
結果と考察
1. SAMP1とA/Jマウスの交雑マウス(F2 intercross, A/J X F1 backcross)の全身のアミロイド沈着を調べた。各マウスの肝臓よりDNAを抽出し、F2 intercrossマウスのゲノムタイピングを行った。AIを用いてQTL解析を行った結果、第4染色体のD4Mit33でsignificant levelを大きく上回る連鎖(LRS=31.3) が認められた。 D2Mit295, D2Mit258, D4Mit89, D19Mit67ではsuggestive levelでの連鎖が認められた。これらの領域についてのA/J X F1backcrossのQTL解析はD19Mit67 (LRS=12.1)とD4Mit89 (LRS=10.7)でsuggestive levelでの連鎖を確認した。詳細なゲノムタイピングの結果はアミロイドーシス発症は多遺伝子による調節であることを明らかにした。今後は、同定された領域の候補遺伝子の解析やコンジェニックマウスを利用しての抑制遺伝子の同定を目指す必要がある。 2. 現在までにアミロイド線維投与実験を実施した系統はA/J, SMXA-1,4, 5, 7, 8, 9, 10, 12, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 21, 24, 25, 26,27, 29, 30の22系統、アミロイド沈着の観察が終了したのはSMXA9,10,12,14,16,17,24の7系統である。マウス舌のアミロイド沈着2次乳頭の総2次乳頭に対する割合をアミロイド沈着の指標としQTL解析した結果、Chr. 3,6,10,14,17,XにおいてLRS13.8のsuggestive levelでQTLが存在していることが分かった。アミロイドーシスのような多因子が絡む複雑な量的形質に対してはリコンビナント近交系が有効な解析であることが明らかになり、今後RIの系統数を増やすことによりアミロイド抑制遺伝子のマッピングが可能であると予測している。3. SAM系統群マウスのアミロイドーシス誘発にたいする感受性は、高感受性群、中間群、低感受性群に大別され、自然アミロイドーシスの好発群、中間群、嫌発群に対応した。 4.  アミロイドーシス発症マウスから出生した仔マウスでは、生後4ヵ月齢において、腸管・舌に軽度なアミロイド沈着が認められた。6ヵ月齢及び8ヵ月齢マウスではアミロイド沈着レベルは重度化した。対照群では、4ヵ月齢及び6ヵ月齢ではアミロイド沈着は認められず、8ヵ月齢では軽度な沈着が見られたが、投与群との間に有意差が認められた。アミロイドーシス発症マウスから出生した仔マウスに、アミロイドーシス促進現象が認められたことは、アミロイド線維あるいはそれに準ずる物質が母子間で伝播したことを示唆するものである。伝播の経路については、今後さらに詳細に検討する必要がある。 5. ①ヒト血清中に微量ながらTTR monomer (m-TTR)が存在することを初めて確認した。FAP 患者では正常対照者に比べm-TTR 濃度が減少し,さらにm-TTR画分では、正常型に対する異常型 TTRの比率が減少していた。アミロイド原性のm-TTRがヒト血清中に存在し、アミロイド沈着の始まりとなることが示唆された。②FAP患者1例の出産時に採取した臍帯血中では、総TTR中のm-TTRの比率が増大していた。この患者の血清中TTR および正常対照者の臍帯血中のTTRについては、m-TTR比率の増大は認めなかった。FAP患者に認められる表現促進現象の原因の一つとして、母子間におけるアミロイド原性m-TTRの移行が存在するという可能性が示唆された。今後ヒトにおける症例を集積すると同時に、モデル動物を用いた垂直性伝搬の有無を検討する実験および伝搬が存在する場合はその伝搬を生じさせている分子の同定などが必要であると考えられる。
結論
3種のモデルマウスシステムを用いたアミロイドーシス抑制遺伝子の解析は自然発症アミロイドーシス発症を調節する主要な遺伝子座を明らかにし、候補遺伝子の解析も進められている。アミロイド線維投与によるの誘発モデルでは自然発症とは違った遺伝子座が明らかにされつつある。これまでアミロイドーシスの発症を調節する主要な単一遺伝子が仮定されていたが、複数の遺伝的要因が関与することが明らかになった。今後はそれぞれの原因遺伝子の単離が重要である。ヒトFAPの高齢者発症の家系調査ではアミロイドーシス発症を促進するのは、表現促進現象が最も重要であることを明らかにし、表現促進現象を説明する機構として母子間のアミロイド線維の伝播とm-TTR の伝播を検証した。今後の詳細な解析が期待される。アミロイドーシスの発症を規定する最も重要な遺伝因子はアミロイド蛋白遺伝子の変異である。しかし同一変異の保持者、あるいはリュウマチ等の炎症疾患患者、透析患者、ミエローマ患者でのアミロイドーシス発症(それぞれAA、 Aβ2M、 ALアミロイドーシス)の程度は個人間で大きく異なる。さらに高齢化社会を向かえ、正常型蛋白を持ちながらアミロイドーシスを発症する高齢者の増加は避けられず、発症を修飾する遺伝及び環境的要因を解明することが重要である。マウスモデルはこのような因子を解明するための有力なシステムである。

公開日・更新日

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