誤嚥性肺炎治療の新戦略

文献情報

文献番号
200000181A
報告書区分
総括
研究課題名
誤嚥性肺炎治療の新戦略
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
佐々木 英忠(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 関沢清久(筑波大学医学部)
  • 曽根三郎(徳島大学医学部)
  • 安藤正幸(熊本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老人における嚥下障害として最も頻度が多いのは不顕性誤嚥をおこすことによって、口腔内雑菌を唾液と共に気管や肺に誤嚥し、いつか肺炎につながる。本研究では、不顕性誤嚥による老人性肺炎の予防法について調べる。65歳以上の老人の人口1,900万人のうちの11%にあたる200万人が要介護老人である。この要介護老人200万人のために、平成12年より介護保険が作られようとしている。要介護老人の直接死因として最大な疾患は肺炎であり、肺炎は日本人死因の男性で第三位、男女ともで第四位と重要な疾患である。また、肺炎の死亡の92%は65歳以上の老人で占められることから、肺炎は老人の友と100年前に米国の臨床家オスラーが名言を残した通りになっている(1)。老人性肺炎は従来、起炎菌の同定と抗生物質をいかに使用するのかに重点がおかれてきたが、一旦治癒してもすぐに再発し難治性グラム陰性桿菌が起炎菌におきかわり、収束がつかなくなることが多い。本研究では、オスラーの名言にあえて挑戦し、老人性肺炎の予防法の確立を目標に、老人性肺炎成立機序を解明し(2)、肺炎発症を1/3~1/4に減少できた成績を紹介する。
研究方法
古くより脳卒中直後に肺炎が起こりやすいことは知られていたが、老人性肺炎をおこす人は脳血管障害、特に大脳基底核の脳血管障害を持っている人に多くみられる(3)。大脳皮質にいくら障害があっても肺炎にはいたらない。大脳基底核は刺通枝領域でもともと脳梗塞を起こしやすい部位であるが、大脳基底核の障害はこの部位にある黒質線状体から産生されるドーパミンを減少させる(4)。ドーパミン産生の減少は、迷走神経知覚枝から咽頭や気管に放出されるサブスタンスP(SP)の量を減少させる(5)。実際、老人性肺炎をおこした患者から強制的に排出した喀痰中のサブスタンスPの量は少ない(6)。SPは嚥下反射の原動力となる物質であるため(7,8,9)、SPの減少は嚥下反射と咳反射を低下させる。実際、老人性肺炎患者では嚥下反射と咳反射の低下がみられる(10)。両反射の低下は不顕性誤嚥を生じることになる(11)。そして、脳血管障害発症後1年間のうちには高率に肺炎を起こしやすくなり、特に両側大脳基底核の脳血管障害において著しい(図2)。以上より、老人性肺炎の肺炎は最初に大脳血管障害があり、ドーパミンの低下、SPの低下、そして不顕性誤嚥で肺炎にいたると考えられた。つまり老人性肺炎は、単なる結果であり、大脳基底核の脳血管障害が原因であるともいえる。脳血管障害から肺炎にいたるまでの経路が判明したのだから、その経路にそって、不足の物質を補充してることによって不顕性誤嚥を予防し、肺炎予備になると考えられる。第一にSPが少ないのであるから、SPを強力に放出させるカプサイシン少量投与 を行った(12)。カプサイシンを口腔内に少量投与したのみで、嚥下反射は正常化し、著明な改善をみた。このことは、老年者ではある程度辛い物を食べることによってSPが放出され、嚥下反射は正常化し、不顕性誤嚥を予防できることになると考えられた。カプサイシンは唐辛子そのものである。老人性肺炎患者において、低下しているSPを上昇させるもう一つの薬物はACE阻害薬である(13)。ACE阻害薬はSPの分解酵素も阻害してしまうためSPが分解されず濃度が高くなり、老人性肺炎患者でもSPが正常化し、嚥下反射が正常化したと考えられた(14)。高血圧があり大脳基底核に脳血管障害がある老年者440人を選出し、一方(127人)にはACE阻害剤(イミダプリル)を、他方(313人)にはCa拮抗薬やβ阻害薬を降圧効果が得られるまで各種投与した。脳血管障害の80%は脳梗塞である。脳梗塞の予防には高血圧治療と共に抗凝固療法、ま
たは抗血小板療法が必要である。シロスタゾールはadenosine monophosphate phosphodiesterase阻害剤であり、抗凝固症作用と共に脳血管拡張作用を持つ日本で開発された薬剤であり慢性閉塞性動脈炎に使用されている。私共はシロスタゾールが脳梗塞を予防し、かつ脳血管障害を有する患者にみられる老人性肺炎を予防可能か否か検討した。対象者は過去に脳梗塞の既往歴のある寝たきりを除く297人である。このうち152人にはシロスタゾール非投与とし、両群共にCa拮抗剤またはβ阻害剤を降圧剤として必要に応じて使用した。152人中26人は胃腸出血(12人)、動悸(11人)、下痢(1人)及び頭痛(2人)によりシロスタゾールを中止した。
結果と考察
2年間の経過観察の成績では、ACE内服薬非内服者では313人中56人(18%)に肺炎の発症をみたが、ACE阻害剤内服者では、127人中9人(7%)に肺炎の発症をみた。ACE阻害剤内服者は、非内服者に比べて、約1/3に肺炎罹患率を減少させた(15)(図1)。老人性肺炎患者において低下しているSPを上昇させるもう一つの薬物はドーパミン製剤である。老年者で高血圧があり、脳CT上で大脳基底核に脳血管障害を持っており、これまで肺炎に罹患した人を対象に、ドーパミンを補充した。レボドパ50mgを20mlの生食に混ぜて30分~1時間かけ点滴静注したあと、嚥下反射を測定したところ、嚥下反射は有意に改善した(16)。これは不顕性誤嚥を予防し、肺炎を薬物で予防できる方法と考えられた。老年者で高血圧があり、大脳基底核に脳血管障害を持っている人183人を対象に、一群(n=83)にアマンタジン100mg分2で1995年1月から投与開始した。他群(n=80)には何も投与しなかった。通常の降圧剤はそのまま投与した。3年間の追跡調査の結果、アマンタジン非投与群は22人(28%)肺炎をおこしたのに、アマンタジン投与群では6人(6%)しか肺炎をおこさなかった(17)。アマンタジンを投与することによって、非投与群に比べて3年間で肺炎の発症を1/5に減少させた。アマンタジンは時に幻覚・妄想をおこす副作用がある。しかし、それは150mg~200mgと多量投与の場合であり、100mgでは特記すべき副作用はなかった。また、アマンタジンはインフルエンザA型に対する治療成績が報告されている。しかし、インフルエンザは多くの種類があり、また、流行も一時的である。私共の成績は3年間の長期にわたっており、インフルエンザA型を含んでいると考えられるが、ドーパミン経路の活性化が主機序と考えられた(18)。不顕性誤嚥が生じるとしても、せめて口腔内雑菌が少なければ肺炎成立の機会は少ないと考えられる。不顕性誤嚥の防御反射である嚥下反射や咳反射は夜間睡眠中に生じやすい(19,29,21)。口腔ケアのみを実行した群と非実行群に分けると口腔ケアによって2年間で肺炎の発生率を40%減少させることが出来た(図4)。要介護老人の口腔ケアが大切であると言える(22)。2年間の追跡調査の間に肺炎および一過性脳虚血発作も含めた梗塞発作は、シロスタゾール非投与群145人中、それぞれ35人(24%)と24人(16%)であり、シロスタゾール投与群では肺炎および脳梗塞発祥はそれぞれ125人中12人(10%)と9人(7%)であった(図4)。シロスタゾール投与により肺炎予防の結果は、2.15(95% CI 1.37-4.63, P<0.002)であり、脳梗塞予防結果は2.30(95% CI 1.10-4.85, P<0.02)であった(12)。2年間の間に脳梗塞再発例でもシロスタゾールは継続的に投与した。また、肺炎は脳梗塞再発後、少なくとも6ヶ月後に発生していた。以上より、過去に脳梗塞の患者においてシロスタゾールは脳梗塞の再発と肺炎の発生を40%に減少させうると言えた。抗凝固療法はこれらの患者で肺炎予防に有用と考えられた。
結論
老人性肺炎は要介護老人が死亡する直前お疾患であり、それ以前の人には無関係と考えられてきたが、最近脳ドック検診の報告によれば、65歳以上の健康者の約半数に大脳基底核のロイコアライオーシスなど何らの脳血管障害がみられるとMRI画像で報告されている。65歳以上では妙に怒りっぽくなったり、友人の葬式で黙祷などをすることが多くなるが、目をつぶったとたんに身体が揺れる等の症状が多く出現するようになる。このよう
な人は大脳基底核のドーパミン減少がありえ、肺炎になる可能性が高いとも考えられる。老人性肺炎は65歳以上であれば身近な疾患である。私共の成績により老人性肺炎は、予防がある程度可能になってきとことを示唆している。

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