高齢者終末期医療の自己決定実現のための介入的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000178A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者終末期医療の自己決定実現のための介入的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
内藤 通孝(名古屋大学大学院医学研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学講座老年科学)
研究分担者(所属機関)
  • 中原賢一(東京都老人医療センター研究検査科)
  • 水川真二郎(杏林大学医学部高齢医学)
  • 井上聡(聖隷三方原病院ホスピス科)
  • 植村和正(名古屋大学医学部第三内科)
  • 益田雄一郎(名古屋大学大学院医学研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学講座老年科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米諸国においては、医療における「患者の自己決定権」の考え方が社会に広く浸透しているが、我が国は生命倫理、社会保障制度、医療経済など多くの点でこれらの国と異なっている。文化背景が異なるこれら欧米諸国で実施されてきた方法が、そのまま日本の風土に合うとは限らない。日本の文化、風土に即した「情報開示」と「同意」の基での「自己決定」のあり方が要求される所以である。
我が国においても、近年注目を集めている「尊厳死」の問題に関しては、「患者の自己決定権」という「人権」の観点からの議論が高まっている。しかし、「尊厳死」の問題は、日本人の「死生観」といった心理的背景から、「法的整備」といた社会制度まで広い視野からの検討を必要とする課題である。さらには、オランダにおける「安楽死」是認の報道がきっかけとなった「安楽死」に対する関心の高まりに対しても、より深い洞察と思慮をもって検討する必要がある。欧米における実績や世論の高まりのみでは、「尊厳死」と「安楽死」の問題は解決困難であり、継続的かつ多角的な議論が要求される。
一方、現実の医療現場では、「持続的植物状態」や「痴呆」など、認知能力や意思疎通能力が障害された患者の急激な増加にともない、「自己決定」の問題は、代理人たる家族を含めて早急な解決を迫られているのが現状である。同時に、終末期医療におけるQOLの意味を明らかにし、患者が求める延命治療のあり方の標準化が求められているといえよう。
また、日本国民の8割以上が医療機関で死亡する現状に対して、各種世論調査などでその現実に疑問を抱く国民の意識が明らかにされている。「自宅で死にたい」と考える国民は少なからず存在し、最近では福祉施設での看取りに関しても様々な議論が見られる。本人の希望に沿っての医療機関ではない場所における終末期のあり方についても、実証研究に基づいた標準化が必要となるであろう。
我々の研究は、「国民的合意」を必要とするこれらの課題に対する解決策を提言することを最終的な目標とする。本研究により、国民的議論を喚起できれば、大きな社会的成果とが期待される。
研究方法
1)「高齢者終末期医療における鎮静のガイドライン」案を作成し、日本老年医学会評議員を対象としてその妥当性についてアンケート調査を実施した。
2)患者のリヴィングウィルに対する主治医の考えや態度についてアンケート調査を実施した。
3)医学生に対して「死の教育」プログラムを実施し、その効果を検討した。
4)大学病院に入院中の65歳以上の患者を対象に、自らの終末期に関する告知、医療行為に対する希望、および死生観について聞き取り調査を行い、その記述資料を質的に分析、検討した。
5)東京都老人医療センターにおいて死亡した患者において、医師あるいは看護婦が無益と感ずる治療に関してアンケート調査を実施した。
6)介護老人保健施設におけるターミナルケアの実態に関してアンケート調査を実施し、設置形態や設立主体による相違を検討した。
結果と考察
1)「鎮静療法に関する倫理的ガイドライン」案に関するアンケートを日本老年医学会の学術評議員全員に郵送した。アンケートを送付した583人のうち、264人(45.3%)より回答を得た。そのうち約90%の賛同を得られ、ガイドライン案はほぼ妥当であると考えられた。
2)「日本尊厳死協会」が発行する「尊厳死宣言書(リヴィングウィル)」を死亡時に行使した患者の主治医120人に対し、リヴィングウィルに関する考えを自由記述してもらい、質的分析法を用いて、得られたデータを検討した。その結果、a)医師、患者、家族への影響、b)社会との関連、c)文化的背景の相違、d)リヴィングウィルの定義、さらに、e)医療現場に対する影響について関心を持っていることが明らかになった。
3)医学生が終末期患者の心理過程を理解し、自分自身の死に対する考えを深めるために、老年科臨床実習において、講義とロール・プレイからなる「死の教育(Death education)」のプログラムを実施し、その効果を検討した。プログラム実施前後の比較により、実施後には終末期患者に対する心の準備が高まり、患者や家族に対する対応への感情が、より積極的な方向に変化することが認められた。自由記述の質的な分析を総合して判断すると、臨床実習において「死の教育」を実施することにより、学生は高齢者終末期医療の困難さを実感するものの、患者や家族に対するイメージが負から正の方向に移り、心理的な受容が高まると考えられた。医学生において、「死の教育」を取り入れることは、終末期医療や自己の死についての理解を深めるために有用であると考えられる。
4)大学病院に入院中の65歳以上の患者に、自らの終末期に関する告知、医療行為に対する希望、および死生観について聞き取り調査を行い、その記述資料を質的に分析した。その結果、終末期医療に関する自己決定に影響する要素として、a)自身の希望、b)家族の希望、c)医療従事者の意向、d)自身の死生観、が挙げられ、それらが相互に関連している構造が明らかになった。
5)東京都老人医療センターにて死亡した患者に関する調査では、医師と看護婦に死亡した症例の治療において、無益と感じる治療があったか否かを尋ねた。その結果、医師が無益な治療と考えた症例と看護婦が無益な治療と感じた症例には乖離が見られた。その傾向は、とくに呼吸器病棟と消化器病棟で目立っており、医師と看護婦の意識の差が浮き彫りとなった。今後、我が国における終末期医療の充実のために、この意識の差がどこから来ているか検討することが重要と考えられる。
6)介護老人保健施設における終末期ケアの実態をアンケート調査し、設置形態別および設置主体別に検討した。医療機関(病院および診療所)併設型に比して、それ以外の施設では「医療機関への転院」を重要視する傾向が見られた。実際に各要素の施行度を調査すると、医療機関併設型に比べて、それ以外の施設では、医療機関への転院が有意に多かった。また、設置主体別に見ると、医療法人では社会福祉法人に比して、「鎮痛・苦痛除去」を「いつも行っている」とする施行度が有意に高かった。設置形態や設立主体の違いによるこれら終末期医療に対する考えの差は、臨床現場における指針の必要性を示唆していると考えられる。
結論
本研究は高齢者の終末期における「患者の自己決定」のあり方を検討し、臨床現場において適用可能な「指針」を提言することを最終的な目標としている。今年度は、「高齢者終末期医療における鎮静のガイドライン」案を作成し、老年医学の専門家集団と想定される日本老年医学会評議員を対象として、その妥当性についてアンケート調査を実施し、多数の支持を得た。また、患者のリヴィングウィルに対する主治医の考えや態度、医学生に対する「死の教育」プログラムの効果、高齢患者に対する自らの終末期に関する告知、医療行為に対する希望、および死生観についての聞き取り調査、死亡患者を看取った医師あるいは看護婦が無益と感ずる治療、介護老人保健施設における終末期医療の実態、などに関してアンケート調査を実施した。これらの結果により、高齢者の終末期における「患者の自己決定」のあり方に有用な多くのデータが蓄積されてきた。次年度はさらにこれらの結果を基礎として、高齢者の特性を重視し、日本の文化・風土に即した終末期医療における「高齢者の自己決定」のあり方を検討する予定である。

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