高齢者の精神機能老化機序の解明とその対策に関する精神神経免疫学的研究

文献情報

文献番号
200000176A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の精神機能老化機序の解明とその対策に関する精神神経免疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科生体統合医学神経機能医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 新井平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
  • 山脇成人(広島大学医学部精神神経医学)
  • 神庭重信(山梨医科大学精神神経医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高度な老齢化社会を迎え、老年期精神障害に対する対策はその有病率の高さから、社会的急務と言える。これまでの臨床研究により、老年期精神障害の特徴が明らかにされ、その診断法や対処法についても一定の進展が認められている。しかし、脳の老化過程により精神機能が低下すると考えられているものの、その機序については今なお断片的な知見しかない。従って、老年者に見られる認知障害や感情障害の機序を生物学的基盤をもって検討することは重要である。本研究は、高齢者の精神機能老化について精神神経免疫学的に様々な角度から検討し、予防策を開発することを目的とした。
研究方法
新井班員は、30名のアルツハイマー病(AD)患者と30名の年齢及び性別をマッチさせた健常対照者のナチュラルキラー細胞活性(NK活性)、NK細胞数、及びサイトカイン産生能について測定し比較した。山脇班員は、老齢ラット及び成人期ラットを対象に慢性多様性ストレスを行い、大脳皮質前頭部・海馬でのアポトーシス関連遺伝子(Bcl-2、Bax)の発現を検討した。神庭班員は、老齢及び若齢ラットを用いて恐怖条件付けにおけるphospho-cAMP-responsive element binding protein (pCREB)陽性細胞の老化による変化について検討した。また、脳内サイトカインの拘束ストレスに対する反応性を老齢及び若年ラット群で比較を行った。武田班長は、家族性アルツハイマー病(FAD)の原因遺伝子プレセニリン1(PS1)の変異と小胞体(ER)ストレスセンサーであるPERKの活性化について検討した。
結果と考察
(1)アルツハイマー病(AD)におけるNK細胞活性とサイトカインの産生能の変化に関する研究(新井班員):AD型痴呆と診断された患者30名及び年齢,性別をマッチさせた健常対象者30名を対象とした。NK活性の測定はエフェクター細胞対ターゲット細胞比(E/T)=20における%細胞傷害活性として測定した。エフェクター細胞は、被検者の末梢血より得られた単核細胞から調整した。ターゲット細胞にはヒト赤芽球性白血病細胞株K-562を51Crで標識して用いた。ターゲット細胞をマイクロプレートに分注し、これに最大解離群には1N-HClを、自然解離群(control)にはRPMI 1640 medium (10%FCS加)を、そして実験解離群にはエフェクター細胞をE/T=20の比率で分注した。これらを培養した後各wellから上清を採取しγ-シンチレーションカウンターにて細胞傷害により遊離した51Crを測定した。NK活性値は(実験解離-自然解離)/(最大解離-自然解離)により算出した。その結果、ADのNK活性は健常対象者に比し、低下していることが示された。NK細胞数およびサブセットの測定は、採取した単核細胞にFITC、PE、PerCPでそれぞれ蛍光標識した抗CD3モノクロナール抗体、抗CD16モノクロナール抗体、抗CD56モノクロナール抗体を添加し、4℃で30分間培養、リシスの後レーザーフローサイトメーターを用いて測定した。その結果、ADのNK細胞数に差は認められなかった。サイトカイン産生能の測定には、リンパ球にPhorbol 12-myristate 13-acetate (PMA) (50ng/ml)およびionomycin (200ng/ml)を添加して培養し、得られた培養液をインターロイキン (IL) -1β,IL-2, IL-4, IL-6,インターフェロン(IFN)-γの濃度をELISAで測定した。その結果、ADでは、IFN-αは低下し、IL-2及び6は増加していることが示された。以上のことから、ADにおいて認められた免疫機能の異常は、加齢による免疫機能の変化とは異なるものと思われ、ADは生体内において全身性に免疫学的異常をきたす疾患であることも推測された。
このような免疫能の異常が感染疾患や悪性腫瘍などの2次的な合併症を引き起こす原因となりうることもあり、常に考慮していく必要性があるものと思われた。
(2)老化ラットのアポトーシス関連遺伝子からみた脆弱性の検討(山脇班員):慢性ストレスによってアポトーシスを介した神経細胞の変性が起こるか否かを明らかにする目的で、成人期(11週齢)及び老齢(20ヶ月齢)ラットを対象に、慢性多様性ストレス負荷による脳内Bcl-2及びBaxの発現を検討した。慢性多様性ストレス(高速1時間、振動1時間、水泳30分)を21日間負荷して、最終ストレス直後に大脳皮質前頭部、海馬を摘出し、Northern法及びWestern法を用いてBcl-2及びBaxの発現を検討した。その結果、成人、老齢ラット共に慢性ストレス後のBcl-2 及びBaxのメッセージ、蛋白レベルに有意な変化を認めなかった。従って、老齢及び成人期ラットで見られる慢性多様性ストレスに伴う海馬神経細胞の変化は、アポトーシスとは異なったメカニズムによって引き起こされる可能性が示唆された。同時に高齢者にみられるストレス脆弱性の形成に、アポトーシスによる機能障害は関与しない可能性が示唆された。
(3)恐怖条件づけにおけるpCREB陽性細胞の老化による変化(神庭班員):120週令の高週齢ラットと12週令の低週齢ラットに恐怖条件づけを行い、foot shock直後と1時間後にfreezing(すくみ行動)を評価した。恐怖条件付けはチャンバー(28x21x22 cm)に移されてから3分後に20秒間、800Hz, 20dBの音刺激を行い、最後の2秒間に0.75mA2秒間のfootshockを行った。実験後断頭し、抗pCREB抗体を用いたを行った。その結果、学習直後ではすくみ行動(%freezing)は高週齢、低週齢で差は認められなかったが、1時間後で低週齢群で有意に増加していた。また、pCREB陽性細胞数も海馬CA1領域において低週齢群で有意に陽性細胞数の増加が認められた。低週齢ラットにおいて認められた、すくみ行動の変化とpCREB陽性細胞のCA1での増加が、老齢ラットではみとめられなかった。CREBのリン酸化が学習に関係していると考えられていることから、我々の結果は、老化による学習機能の低下にCREBリン酸化の低下が関与している可能性を示していると考えられた。(4) 脳内サイトカインのストレス反応性の変化に対する老化の影響(神庭班員):10週齢(若年群)または75週齢(老齢群)のSD系雄性ラットに経時的に拘束ストレスを負荷し、脳内のTumor Necrosis Factor(TNF)に関する検討を行った。TNFの測定は、ストレス負荷後に断頭し部位をわけ、ホモジュナイズした後、上清をELISAに供した。その結果、若齢ラットでは、線条体で、30分と120分以降で有意に負荷前と比較してTNF含量が増加し、ストレスによって、TNFが線条体で変化していくことが明らかとなった。また、老齢と若齢の比較では、線条体、視床下部で基礎値で、老齢群で有意にTNF含量が小さかった。
(5)変異プレセニリン1がもたらす小胞体ストレス脆弱性について(武田班長):N2A細胞に プレセニリン1(PS1)の野生型、変異型(ΔE9)、MOCKを遺伝子導入し、stable cell lineを作成した。小胞体ストレス(ERストレス)としてthapsigarginやDTTを負荷し、経時的に細胞を回収し、ERストレスセンサー分子であるPERK及びeIF2αのリン酸化についてWestern法で検討した。野生型及びMOCKの細胞ではストレス後に速やかにPERK及びeIF2αのリン酸化が生じるのに対し、変異型PS1の細胞ではその反応が遅れるkとが示された。昨年度に示したIre1系の変異型PS1による抑制と考え会わせ、変異型PS1はERストレス反応を抑制し、これが細胞の脆弱性をもたらすと考えられた。
結論
本年度の研究より以下のことを明らかにした。
(1) ADではNK活性の低下、IFN-αの上昇、IL-2・IL-6の上昇を認め、免疫能の変化が生じていることが示唆される。
(2) 成人期・老年期ラットで、慢性ストレスによる海馬神経細胞の変性が、アポトーシスとは関連のないメカニズムで引き起こされることが示唆される。
(3) 老化における記憶障害にCREBリン酸化の影響があることが示唆された。
(4) 老齢ラットはTNFの含量が少なく、ストレスによる含量増加が小さいことが示唆される。
(5) 変異型PS1はERストレスに対する反応を抑制し、これがストレス脆弱性をもたらすと考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-