高齢者の抑うつと栄養に関する疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000175A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の抑うつと栄養に関する疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
安藤 富士子(国立長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 川上憲人(岡山大学教授)
  • 足立知永子(昭和大学助手)
  • 長谷川恭子(女子栄養大学教授)
  • 等々力英美(琉球大学助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者での抑うつ頻度は10~35%と高く、日常生活における興味や関心、喜びを低下させ、病気や将来への不安を増強させるなど高齢者のQOLや社会参加を妨げる大きな要因となっており、これを予防するための方法論の確立が必要である。高齢者の抑うつには医学的、社会・心理学的な様々な要因が関与すると考えられているが、近年栄養学的な要因(脂肪酸、コレステロール、葉酸、トリプトファン等の摂取や血中セロトニン、ノルエピネフリン)と抑うつとの関連が欧米で報告されるようになった。しかし我が国ではこの方面での研究の歴史はまだ浅く、欧米と食志向が異なることもあって一定の方向性を示す結論は得られていない。
本研究は高齢者の抑うつと、脂質・タンパク質を中心とした栄養摂取との関連について詳細にかつ包括的に疫学研究を行うことにより、高齢者の抑うつ防止のための栄養学的知見を得ることを目的とする。3年間の研究期間の間に高齢者のうつ病や抑うつ症状に関連する栄養素・食品について医学的・社会心理学的背景要因を考慮に入れて横断的・縦断的に検討し、抑うつ予防のための栄養素・食品必要摂取量を提唱することをめざす。また抑うつハイリスク者の健診での検出のための血中バイオマーカーの検討や食事調査票の開発を行う。本研究の成果により我が国の高齢者の抑うつ予防のための栄養摂取の意義や抑うつ予防に必要な栄養素・食品摂取推奨量が示されるとともに抑うつハイリスク群検出のための食事調査、血液検査についての知見も得られることが期待される。
本年度は(1)高齢者のうつ病や抑うつに関連する栄養素・食品の同定、(2)医学的・社会心理学的背景要因を考慮に入れた場合の抑うつと栄養との関係の検討、(3)高齢者の栄養摂取と関連した抑うつの指標となる血中バイオマーカーの抽出、(4)抑うつ関連栄養素摂取状況把握のための食事調査票の開発を行い、一部縦断的調査も開始した。
研究方法
1.栄養摂取と抑うつに関する研究①愛知県の地域中高年者(40-79歳)2,142名を対象として背景要因を調整した上での抑うつと食品摂取、栄養素摂取との関連、65歳以上の高齢者での蛋白質・アミノ酸、脂肪・脂肪酸摂取と抑うつとの関連について検討した(安藤)。②岐阜県T市の65歳以上住民から無作為に抽出された対象者81名について抑うつ症状と3,4年前の栄養摂取状況との関連について縦断的に検討した(川上)。
2.栄養摂取とうつ病との関連に関する研究 岐阜県O市、T市の65歳以上住民から無作為に抽出された対象者346名の栄養摂取とうつ病の経験との関係を検討した(川上)。
3.栄養の血中バイオマーカーと抑うつとの関連に関する研究
①沖縄県O村の住民基本健診参加者から無作為抽出された60、70歳台の男女80人で血中バイオマーカーとして、血清中葉酸、ビタミンB12、ホモシステイン濃度、リン脂質中脂肪酸濃度を測定し、栄養摂取状況との関連や抑うつとの関連について検討した(長谷川)。②東京都内の老人ホーム入居者33名(平均年齢80.1歳)で抑うつの有無と血中脂肪酸組成の関係について昨年度のデータとあわせ、横断的・縦断的に検討した(足立)。
4.アミノ酸データベースの作成と脂肪酸・アミノ酸摂取量推定のための食事調査票の開発 アミノ酸食品栄養素成分のデータベースを開発し、アミノ酸摂取と抑うつとの関連の検討を可能にした。 また心理・精神機能との関連性を明らかにする目的で、アミノ酸・脂肪酸摂取量推定のための食事調査表の開発に着手した(等々力)。
(倫理面への配慮)本研究は各分担研究者所属施設倫理委員会等の承認をうけること、調査対象者全員からインフォームド・コンセントを得ることを基本として行っている。
結果と考察
1.栄養摂取と抑うつとの関連 男女ともに多くの栄養素と抑うつ得点の間に関連があることが示された(男女のエネルギー、タンパク質、窒素総量、男性の総脂肪、脂溶性ビタミンA・D・E、脂肪分画のコレステロール、n-3系脂肪酸合計および多くの脂肪酸、いくつかのフラボノイド)。医学的・社会心理学的背景要因調整後もエネルギー、タンパク質、脂肪、炭水化物で抑うつ得点との間に負の相関が認められたことことから、一般に「小食」であることが抑うつと関連していることが推察されたが、それ以外にも脂肪酸、アミノ酸、フラボノイド、脂溶性ビタミン群と抑うつ得点とが関連していることが示された。フラボノイドは不眠との関連も指摘され、今後抑うつや抑うつ関連症状との関連の検討が必要である。
食品、食品群では野菜類、果実類、豆腐・大豆食品、さしみなどの低摂取者で抑うつが高い傾向が各コホートで確認された。
高齢者での蛋白質・脂肪摂取と抑うつとの関連についての詳細な検討では、エネルギー摂取量そのものが低い高齢者で蛋白質・脂肪・コレステロールの摂取量低下と抑うつとの関連が強く認められた。女性高齢者でコレステロールの摂取量の少ない者の抑うつ頻度は摂取量の多い者の5倍以上であり、逆に蛋白質が十分にとれている男女、脂肪が十分にとれている女性では抑うつ頻度は0%であった。これらの結果から、特に低エネルギー摂取群ではそのエネルギー源の内容が抑うつに関連する可能性が示唆された。
2.栄養摂取とうつ病との関連 うつ病経験者では非経験者にくらべて、ビタミンD摂取量が有意に少なく、さしみ、ブロッコリー、かぼちゃ、まんじゅうの摂取頻度が有意に低かった。前年度、本年度の抑うつと栄養摂取との調査でもカルシウム摂取が抑うつと負の相関を示していたことから、ビタミンDもカルシウム代謝などを介して高齢者のうつ病に関係する可能性が示唆された。またうつ病経験者では「さしみ」の摂取頻度が低かったが前年度の調査でも「さしみ」の摂取頻度が多いほど抑うつが低い傾向にあり、これと一致した結果であった。さらに、うつ病経験者は、「ブロッコリー」「かぼちゃ」といった野菜類の摂取頻度も低かった。「ブロッコリー」は前年度も抑うつ得点と弱い負の相関を示しており、また野菜類は他地域の調査でも抑うつと関連していたことから、うつ病に関連するこれらの食品・栄養素は抑うつとも関連を持つものであると考えられた。
3.栄養摂取と血中バイオマーカーの抑うつとの関連 認知・感情障害に関連していると言われている血清葉酸およびビタミンB12濃度と抑うつとの間には有意な相関は認められなかった。対象集団で葉酸欠乏者がいなかったことも一つの原因であろう。血清ビタミンB12濃度が著しく低い2名(200pg/ml以下)では抑うつ得点が高い傾向があった。ホモシステイン血中濃度と抑うつ得点との間の正の関係が認められた。ホモシステインは葉酸・ビタミンB12欠乏で上昇するほか動脈硬化とも関連すると言われ、抑うつとの関係が認められたことは興味深い。血清リン脂質脂肪酸濃度では、男性のうつ得点とドコサヘキサエン酸/アラキドン酸比およびα-リノレン酸との間に有意な負の相関が見られ、さらに、女性では抑うつ得点の高いもので血清脂肪酸総量が有意に低かった。老人ホームでの検討でも横断的調査ではγ-リノレン酸(n-6)の血中濃度が抑うつ有群で有意に高く、また縦断的調査では血中ドコサヘキサエン酸の割合が低かった者で1年後の抑うつ有が有意に多かったことから、ビタミンB12、ホモシステイン、血中脂肪酸濃度が高齢者の抑うつの補助診断、あるいは予測因子となる可能性が示唆された。
4.アミノ酸データベースの作成と脂肪酸・アミノ酸摂取量推定のための食事調査票の開発 脳内モノアミン代謝に関連すると考えられるアミノ酸摂取量と抑うつとの関連について「アミノ酸データベース」の完成によって検討が可能となった。各アミノ酸分画と抑うつとの間には有意な負の相関が認められた。
5.アミノ酸・脂肪酸摂取量推定のための食事調査表の開発に着手した。
6.一部コホートで縦断調査を開始した。
結論
高齢者の抑うつと栄養との関係について本年度は一部縦断的調査もくわえて検討した。その結果、(1)医学的、社会・心理学的な背景要因を調整してもなお栄養摂取量と高齢者の抑うつ、うつ病との間には有意な関係が認められた。(2)食品・食品群としては野菜類、果実類、さしみ、豆腐・大豆食品、栄養素等としては総エネルギー、脂肪・脂肪酸、蛋白質・アミノ酸、脂溶性ビタミン、カルシウム、鉄、フラボノイド等の低摂取と抑うつとが関連していることが示された。(3)特に高齢者の低エネルギー摂取者で、脂肪・蛋白質・コレステロール摂取量の低い者では抑うつ頻度がさらに上昇しており、これらの栄養素が高齢者の抑うつと強く関連している可能性が示された。(4)抑うつと関連する栄養の血中バイオマーカーとしてはホモシステインやビタミンB12、αおよびγ-リノレン酸、ドコサヘキサエン酸が抽出された。(5)次年度研究にむけて脂肪酸・アミノ酸摂取量の推定を目的とした特化型食事調査表の開発が開始され、また一部コホートでの縦断研究が始まった。

公開日・更新日

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