老年病の発症機構に関する総合的研究

文献情報

文献番号
200000174A
報告書区分
総括
研究課題名
老年病の発症機構に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
三木 哲郎(愛媛大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 近藤 郁子(愛媛大学医学部)
  • 堀内 正嗣(愛媛大学医学部)
  • 馬場 嘉信(徳島大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、遺伝学的に隔離した集団が多い中四国地方で、由来の異なるフィールドを利用して、老年病の発症機構について総合的な研究を行うものである。具体的には、高齢化率が40%を越えている島嶼部において健康調査の終了した住民(約300人)を含む約1,000人を対象とする。各個人について、家族歴、生活習慣などの聞き取り調査と血液生化学検査、血圧などの検診データと、さらに末梢血白血球由来の高分子量DNAの遺伝子解析を行う。上記の集団の医療情報をデータベースに登録し、遺伝子解析のデータとともに疫学的・統計学的解析を行うことにより、老年病と生活習慣病の発症要因を見つけ出し、最終的に予防法、治療法の開発に役立てる。本研究の遺伝子解析は、所定の倫理問題委員会の審議で承認を得ている。また、個人情報が漏出しないように、個人番号、データの暗号化を行い、医療と遺伝情報を管理する研究者の数を制限し、個人のプライバシーの保護には最善を尽くした。
研究方法
研究方法は、対象となる集団を収集し、動脈硬化などの表現型について遺伝因子と環境因子との相互作用を検討する。SNP (Single Nucleotide Polymorphism)の効率のよいタイピング法を見い出す。候補遺伝子の機能を解析するためにマウスモデルなどを作成することである。
老年病の遺伝子解析の例として、成人病の発症機構に対する遺伝因子と環境因子との相互作用を明らかにするために動脈硬化について、高血圧・動脈硬化に関わる候補として報告されているアンジオテンシン変換酵素(ACE)遺伝子の第16イントロンにおける挿入/欠失(I/D)多型と年齢の相互作用を解析した。さらに、肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病とACE遺伝子多型との関連についても解析した。
また、脳神経細胞障害物質として働くthiolactoneは体内の過剰なホモシステインによって産生され、paraoxonase: PONによって解毒されることより、高ホモシステイン血症を来す5,10-methylen tetrahydrofolate  reductase (MTHFR)とparaoxonase遺伝子(PON1)の遺伝子多型について、特発性パーキンソン病患者と健康対照者を比較した。
SNPsのタイピングについては、多数サンプルの遺伝子多型を同時にかつ高精度・高感度で計測できる超高速遺伝子情報計測システムを構築するために、マイクロチップ型電気泳動装置の開発を目指した。
遺伝子機能解析の例として、血圧調節、血管発生、分化、老化、リモデリングに密接に関与するアンジオテンシンII受容体サブタイプタイプ1受容体(AT1受容体)、タイプ2受容体(AT2受容体)の発現を調節している転写調節領域の同定、AT1受容体、AT2受容体に結合する新規シグナル伝達物質の機能解析を目指した。
結果と考察
結果
一般に、加齢に伴ってIMTは増加するが、ACE遺伝子多型の解析結果から、Dキャリア(IDまたはDD)において、その肥厚速度が有意に高値であることが示された。また肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病とACE遺伝子多型との関連について、疾患ごとの検討ではACE遺伝子多型ごとに有意差は認められなかったが、4疾患いずれか1つ以上を罹患している場合を従属とすると、Dキャリア(IDまたはDD)において、その頻度が有意に増加していた。
また、パーキンソン病(PD)では、MTHFRの稀な遺伝子型であるVal型の遺伝子頻度頻度が有意に高く、変異型のホモ接合体は正常型のホモ接合体に比べて約2倍の頻度であった。逆にPON1の稀な遺伝子型頻度はPD患者で有意に低かった。
さらに、種々のヒト遺伝子におけるSNP検出のために、SSCP (single strand conformation polymorphism)解析をマイクロチップ上で実現するためのマイクロチップの設計と試作ならびに、遺伝子解析とその条件検討を進め、1-2分程度でSSCPに基づくSNP検出を実現した。
また、胎児血管平滑筋細胞において、AT2受容体の-336~-382の部位に特異的に結合する転写調節因子結合DNA配列が存在する可能性が示唆された。AT2受容体の細胞内サードループに特定的に結合する可能性が示唆される70kDaの蛋白を得た。
考察
ACE多型おいて年齢を第3変数として投入した場合、IMTと遺伝子多型との間に有意な関連が認められたことは、環境因子を投入する必要性を示すものと考えられる。また成人病とACE遺伝子多型とについて、疾患ごとの検討では有意な関連を認めなかったが、いずれか1つ以上の疾患を有しているというモデルを想定した場合、Dアレルが危険因子であることが示されたことは、ACE遺伝子多型がそれぞれの疾患発症に対し、単独では十分な因子負荷を持ち得ないことを示唆している。換言すれば、「成人病」という表現型をいかに捉えるか、適切な観測変数の必要性を示すものと考えられる。
MTHFR型のVal型のホモ接合体で、PON1のGln 型のホモ接合体が最もPDの発症の高いことが明らかとなったが、MTHFRとPON1の遺伝子型多型は心筋梗塞の発症危険因子でもある。そこで、高齢者集団におけるMTHFR遺伝子やPON1遺伝子型を検討して、これらの遺伝子型頻度の加齢による影響をさらに検討する必要性、さらにPD患者でのMTHRFとPON1遺伝子の遺伝子多型と患者の血漿ホモシステイン濃度とPONの酵素活性との関係と解析し、遺伝子型変異とPD発症との相関を直接検討する必要性が示唆された。
マイクロチップ上でのSSCPでは、今後ポリマーの充填方法を改善することにより、高粘性のポリマー溶液も使用可能となり、さらに高いSeparation Selectivity値が得られるだろう。また温度コントローラーを用い、より低温でマイクロチップ電気泳動によるSSCPを行うことで、分離度のさらなる改善が期待できる。さらにマイクロチップ電気泳動を用いた超高速PCR増幅技術も開発されつつあり、CE-SSCP、マイクロチップ電気泳動によるSSCPに、これらの高速PCR法を結びつけることで、より高速なSSCP解析が可能となることが期待される。
IRFがAT2受容体の発現に重要であることが示唆され、IRF以外の転写調節因子も血管平滑筋細胞のAT2受容体発現に関与している可能性も示唆された。またAT2受容体細胞内サードループに特異的に結合する70kDaのシグナル伝達蛋白を得たので、cDNAをクローニングする必要があると考えられる。AT1受容体のC-末端とは結合するが、AT2受容体のC-末端とは結合しないATRAPがAT1受容体に特徴的でAT2受容体では認められないインターナリゼイション、デセンシタイゼイションに関与している事も示唆された。
結論
ACE遺伝子多型の解析結果から、Dキャリア(IDまたはDD)において、IMTの肥厚速度が有意に高値であることが示された。また肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病とACE遺伝子多型との関連について、4疾患いずれか1つ以上を罹患している場合を従属とすると、Dキャリア(IDまたはDD)において、その頻度が有意に増加していた。これらの結果から表現型として適切な変数を見いだし、適切な環境因子を把握・測定し、遺伝-環境相互作用を踏まえて解析することの重要性が示唆された。
孤発例の特発性PD患者集団におけるMTHFRのAla677ValとPON1のGln 192Argの遺伝子多型を、健常対照者集団と比較した結果、MTHFRのVal型とPON1のGln型がPDの発症危険因子となることが示唆された。日本人ではこれらの遺伝子型をホモ接合体の頻度は約6%である。今後、これらの人々には若い時から高ホモシステイン値を生じないように、生活習慣の確立、特にMTHFRの機能促進をはかるために葉酸の摂取を心がけるような食事習慣の確立を啓発し、特にホモシステイン値の高い人々には、葉酸の予防的内服も考慮される。
SSCPに基づくマイクロチャンネル電気泳動を用いて、SNP検出に要する時間を劇的に短縮することができた。これらの成果は、SNP検出による老年病・生活習慣病の候補遺伝子多型解析に大いに威力を発揮するものと考えられる。ただし、現時点でのマイクロチャンネル電気泳動によるSNP解析の精度は、従来法より若干低くなっており、今後は、SNP解析の精度向上とさらなる高速化を目指した研究を進めることが極めて重要である。また今後は、複数のマイクロチャンネルアレイを作成し、よりスループットの高いSNP解析システムの構築を進めることが重要である。
血管の発生、分化、血管病変におけるAT2受容体の特異的発現が血管リモデリングに重要であり、IRFをはじめ、特異的な転写調節因子が重要である事が示唆された。AT1受容体、AT2受容体のシグナル伝達を規定する新規シグナル伝達物質が得られたので、今後はその機能の解析を行う。
今後、老年病の遺伝子解析法、SNPの探索法とタイピング法、責任遺伝子の同定法、さらに遺伝子変異と遺伝子機能との関係を調べる方法を開発していく予定である。

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