老化とヒトアミロイドーシス:加齢依存性発症の分子機構解明

文献情報

文献番号
200000173A
報告書区分
総括
研究課題名
老化とヒトアミロイドーシス:加齢依存性発症の分子機構解明
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
柳澤 勝彦(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 下条文武(新潟大学)
  • 内木宏延(福井医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国をはじめとした先進諸国においては急速に人口の高齢化が進み、様々な社会的課題が生じている。医学面では老年人口の増加に伴い高齢者特有の疾患に対する予防法ならびに治療法の確立が求められている。本研究は老化関連疾患の中からアミロイドーシス(アルツハイマー病、透析アミロイドーシスおよび全身性ALアミロイドーシス)に焦点を当て、その発症機構を分子レベルで明らかにすることを目的とする。
研究方法
(1)Abアミロイド形成開始機構の解析(柳澤)
liposome作製:人工的に脂質二重膜小胞(liposome)を作製するにあたり、コレステロール(CH)、スフィンゴミエリン(SM)、フォスファチジルコリン(PC)、さらにはGM1ガングリオシド(GM1)を有機溶媒(クロロフォルム:メタノール)に溶解し、窒素ガス気流にて完全に乾燥させた後、トリス生食緩衝液(tris-buffered saline:TBS)内で、凍結・融解を反復後、超音波破砕機を用いて球状のliposomeを作製した。Ab凝集、アミロイド線維化の評価:Ab凝集によるアミロイド線維化を定量的ならびに定性的に評価するにあたり、アミロイド構造を特異的に認識し、蛍光を発する薬剤であるthioflavin T(ThT)を用いた。同時に、インキュベート液を遠心して得られた沈澱物の電子顕微鏡学的観察を行い、形態学的にAb線維の構造を観察した。
(2)b2mアミロイド線維伸長に対するプロテオグリカンの役割の検討(下条)
試験管内アミロイド線維伸長に及ぼすGAG、PGの効果の解析:反応溶液は、Ab2M線維、ヒトリコンビナントb2m (r-b2m)、50mM citrate-100mM NaCl (pH 2.5)を含み、さらに各種のGAGあるいはPGを添加した。37℃、2時間および24時間インキュベート後の線維伸長を、チオフラビンT(ThT)蛍光値を指標として比較した。尚、GAGとしてはコンドロイチン硫酸A、B及びC、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリンの7種類を、PGとしてはアグレカン、バイグリカン、デコリン、ヘパラン硫酸PG、デルマタン硫酸PG、ケラタン硫酸PGの6種類を用いた。試験管内アミロイド線維形成反応に及ぼすGAG、PGの効果の解析:反応溶液は、r-b2m citrate-100mM NaCl、を含み、さらにアグレカン、バイグリカン、デコリン、あるいはヘパリンをそれぞれ添加した。37℃でインキュベート後のAb2M線維形成を、ThT蛍光値、及び電子顕微鏡観察により評価した。この反応ではb2mから、自発的に核を形成させ、その核にb2mが結合し伸長することで線維を形成させる。
(3)AbアミロイドおよびALアミロイド線維伸長の解析(内木)
アルツハイマー病bアミロイドーシス:測定には表面プラズモン共鳴法(SPR, BIACORE1000)を用いた。Ab1-40蛋白よりfAbを形成させ、これを重合核としてセンサーチップ上に固定化した。リン酸緩衝液に溶解した各種濃度のAb1-40蛋白溶液を連続的に添加し、37℃におけるfAbの伸長及び脱重合過程をリアルタイムで測定した。ALアミロイドーシス:・アミロイド線維、及びAL蛋白の精製:ALアミロイド線維は、全身性ALアミロイドーシスの病理解剖4症例(いずれもλ型)ならびに生体肝移植1症例(κ型)より得られた諸臓器からPras法で粗抽出後、105×g超遠心、及び50-60%不連続ショ糖密度勾配超遠心により精製した。単体AL蛋白は、精製線維の一部を6M尿素で可溶化し、ゲルろ過クロマトグラフィーで分子量別に分画した。また、中性pH域でも十分な線維伸長を認めた症例2、7については、HPLCによる高純度AL蛋白精製を行った。精製線維の一部をグアニジン塩酸で可溶化し、尿素への脱塩置換後、陽イオン交換クロマトグラフィーを行い、Hitrap SPカラム素通り画分をゲルろ過クロマトグラフィーで分子量別に分画した。得られた各画分に対し、還元条件でTricine-SDS-PAGE、及びウエスタンブロッティングを行い、抗κ、抗λ、抗apoE、及び抗SAPの各抗体を用いて検出した。・アミロイド線維形成の反応速度論的解析:精製AL蛋白画分を、単独で、あるいは超音波により断片化した精製ALアミロイド線維と共に37℃で反応させ、アミロイド線維形成・伸長を、電顕観察、及びThT法によりモニターした。また、伸長反応の至適pH、及び伸長初速度に及ぼすアミロイド線維の数濃度、あるいはAL蛋白濃度の影響の検討も行った。・線維伸長反応に及ぼす各種生体分子ならびに有機化合物の影響解析:中性pH域でも十分な線維伸長を認めた症例2、7の伸長反応溶液に、種々のアミロイド共存物質、血清蛋白、及び有機化合物を加え、電顕像、及びThT蛍光量を評価した。
結果と考察
(1) Abアミロイド形成開始機構の解析:脂質組成の異なる、SM/CH/GM1、SM/CH、PCの3種のliposomeを用いて検討したところ、SM/CH/GM1 liposomeにおいてのみAb溶液とのインキュベーションによって著しいThT活性の上昇を認めた。一方、GM1ガングリオシドを含まないSM/CH liposome、PC liposomeとAbとのインキュベーションによってはThTの上昇は認められなかった。SM/CH/GM1インキュベーション溶液を遠心し、得られた沈殿物を電子顕微鏡にて観察したところ、ヘリカル構造を示す、幅約10nmの、典型的なアミロイド線維の形成を確認した。以上の実験結果は、所謂、lipid raftを構成する脂質組成下においてAbは容易にGM1ガングリオシドと結合し、seeding活性を獲得し、Abの線維伸長開始に働くことが強く示唆された。今後、培養系およびモデル動物脳での検討が重要であると考えられた。
(2) b2mアミロイド線維伸長に対するプロテオグリカンの役割の検討:(a)伸長過程に及ぼすGAG、PGの効果の解析:7種類のGAGおよび6種類のPGはいずれも、10又は30ug/ml以上添加すると、線維伸長を濃度依存的に抑制した。(b)核形成過程に及ぼすGAG、PGの効果の解析:b2m単独では21日間インキュベートしても、チオフラビンT蛍光値が増加せず、電子顕微鏡でも線維が観察されなかった。これに対し、PGやヘパリンを添加した場合は、いずれも数日以内にチオフラビンTの蛍光が増加した。また、線維の増加速度は添加濃度依存的に増加した。さらに、電子顕微鏡により典型的なアミロイド線維像が観察された. (c)脱重合過程に及ぼすGAG、PGの効果の解析:b2mだけから構成される線維は、pH7.5の緩衝液中では脱重合するが、これにGAG、PGを添加した時の保護効果を検討した。ヘパリンは比較的強い脱重合抑制を、コンドロイチン硫酸B、ヘパラン硫酸は、弱い脱重合抑制をいずれも濃度依存的に示した。また、6種のPGは、いずれも脱重合抑制を示すが、バイグリカン、デコリン、ケラタン硫酸PGが特に強い効果を示した。以上の結果より、プロテオグリカンがb2mアミロイド形成に重要な役割を果たすことが強く示唆された。プロテオグリカンはb2mアミロイドが形成、蓄積する関節軟骨や滑膜組織に豊富に存在することから、本研究結果はb2mアミロイドーシス成立機構を議論する上で重要な知見であると考えられる。
(3) AbアミロイドおよびALアミロイド線維伸長の解析:(a)アルツハイマー病bアミロイドーシス:fAb伸長反応の初速度は、添加したAb蛋白の濃度に比例した。これは、開放反応系においても、fAb伸長過程が上記一次反応速度論形式に従うことを示している。さらに、Ab蛋白を含まない緩衝液を添加すると、fAbが脱重合することを示した。次いで、重合速度と脱重合速度が均衡する濃度(臨界モノマー濃度)を直接測定したところ、約0.2μMであった。(b) ALアミロイドーシス:線維伸長の反応速度論的解により以下を確認した。(i) 電顕観察により、伸長反応の至適pHにおいて断片化アミロイド線維の明らかな伸長を確認した。(ii) 線維伸長の至適pHは、症例2、3、6、及び14で、それぞれpH2.5、3.5、2.0、2.5と著しい酸性域にあったが、症例7ではpH7.5と中性域にあった。また症例2は、中性pH域においてThT法により明らかな線維伸長を認めた。さらに電顕観察により、全ての症例で中性pH域における線維伸長を確認出来た。以上より、アミロイド形成には共通した分子機構が存在すると考えられた。
結論
アミロイドーシスは共通した分子機構の上に成立すること、またその発症にはアミロイド蛋白以外の分子が関わることが強く示唆された。

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