高齢者のニューロパチーの病態と治療に関する総合的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000172A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者のニューロパチーの病態と治療に関する総合的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
祖父江 元(名古屋大学大学院医学研究科神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 安田 斎(滋賀医科大学第三内科)
  • 八木橋操六(弘前大学医学部病理学第一)
  • 船越 洋(大阪大学大学院医学系研究科バイオメデイカル教育研究センター腫瘍生化学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者ニューロパチーを次の2つの観点から検討する。第1は高齢者のニューロパチーの病像・病態を明らかにすることである。高齢者のニューロパチーには2つのタイプが見られる。1つは若年から高齢に至るまで発症が見られるが、高齢者の病像が若年者とは異なるものである。この代表として、家族性アミロイドポリニューロパチー (FAP) 、Charcot-Marie-Tooth 病 (CMT)、慢性炎症性脱髄性ニューロパチー (CIDP) などが上げられる。他の1つは、加齢に伴って発症が増加するもので、糖尿病性ニューロパチー、慢性感覚失調性ニューロパチー、異ガンマグロブリン血症に伴うニューロパチーなどが含まれる。これら高齢者ニューロパチーの実態を明らかにする。第2は治療的観点であり、高齢者のニューロパチーに特徴的な病態修飾因子や病態発現調節因子を解析し、神経再生を促進する有効な治療法を探る。
研究方法
1)高齢者ニューロパチーの病態・実態解析。 本年度は昨年度に引き続き家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)、CMTおよび糖尿病性ニューロパチーについて検討した。a )FAP:全国3090カ所の神経内科、整形外科、脳神経外科にアンケート調査を行い、この調査結果を基に集計した。 b)CMT:FAPと同様に全国調査の中で,P0蛋白遺伝子変異を認めた例について,検討した。c )DM:65歳未満の227名と65歳以上の190名、計417名のDM性ニューロパチーを対象とした。2)高齢者ニューロパチーの病態関連因子と治療応用。本年は、高齢者ニューロパチーにおけるAGEの作用、シグナル伝達の加齢の影響、および再生促進効果としてのHGFの作用を検討した。a)AGEの作用と阻害薬の効果:AGE投与は、4週齢の雄性ウィスターラット(体重160~180g)を用い、低用量 AGE投与群(AGE-low)と高用量AGE投与群(AGE-high)とに分け、腹腔内注射にて16週間投与した。低用量群には同時に糖化抑制剤のアミノグアニジン (AG)(50mg/kg/day)を投与した(AGE+AG群)。対照群として正常ラットに低用量群投与と同量のタンパク量のBSAを連日投与した。定期的に血糖、体重、神経伝導速度を測定した。実験終了時、坐骨神経、腓腹神経を採取し、それぞれ生化学的にNa,K-ATPase活性の測定および形態学的検索に用いた。b)シグナル伝達:5週令 adult SD rat における後根神経節ニューロン及び坐骨神経を用いシグナル伝達に関わる各酵素の組織局在はVectastatin ABC kitを用いて免疫染色することにより検討した。pakとsmall GTPasesとの分子間相互関係はimmunoblotting法により解析した。pak 酵素活性はpak抗体を用いて免疫沈降させて得られた複合物にヒストンH4とラベルしたATPを加えてin vitro kinase assayを行った。c)HGF:コンベンショナルとテトラサイクリン調節系を用いた神経特異的HGF発現トランスジェニックマウス(NS-HGF-Tg-マウス/Tet-HGF-Tg-マウス)の作成と解析を行った。
結果と考察
研究結果=1)高齢者ニューロパチーの病態解析。 a)FAP:特にTTRMet30異変を有する例は全国的な集計を行うと、50歳以上発症の高齢発症例は141例中59例を占めており、発症時自律神経障害が軽微で、深部感覚障害を含む全感覚障害を示し、男性優位で家族歴に乏しく、我が国の2大集積地(熊本県荒尾、長野県小川村)と関連を有さず全国的に散在性に分布しているなど、昨年までの高齢発症FAPの検討結果を追認する結果が得られた。 b)CMT:.発端者の発症年齢は,平均51.0±12.9歳(35歳~65歳)であった。高齢のP0変異群では初発症状は下肢遠位の感覚障害,筋力低下を認
め,Adie瞳孔などの瞳孔異常,難聴,高CPK血症などを高率に認めた。腓腹神経生検では有髄線維密度の低下と著明な軸索再生像がみとめられ,とくほぐし線維標本では軸索変性がみられた。 c)DM:赤血球AR蛋白量の平均値は11.0±3.0ng/mgHbで、これは既報(伊藤ら)の健常者の平均値10.2±2.0ng/mgHbと大差はない。一方、AR遺伝子多型については12種類のalleleが認められたが、特に神経障害との関連が高いalleleはなかった。さらに、9種類のgenotypeが存在したが、これも神経障害との関連が深いものはなかった。また、65歳未満と65歳以上の両群間では罹病期間は18.2±10.8 vs 14.7±8.1と65歳以上群で有意に長く、HbA1cは7.34±1.03% vs 7.12±1.02%と65歳未満群で悪く、インスリン治療者は43.8% vs 28.6%と65歳未満群で有意に高頻度であった。神経症状・所見は65歳以上でより高度の障害を認めた。これらの両群間には血糖コントロールや血圧などに差はなかった。2)高齢者ニューロパチーの病態関連因子と治療応用。a)AGE投与による末梢神経障害への糖化阻害薬の効果:坐骨神経運動神経伝導速度は、BSA投与対照群50.6±1.5m/sに比し、AGE-low群45.7±1.1m/s、AGE-high群43.1±0.4m/sとAGE投与群で有意の低下を示した(p<0.01)。これに対し、AGE-AG群は49.1±0.6m/sとAGE-low群に比し有意の改善を示した(p<0.01)。Na,K-ATPaseは、AGE-low群、AGE-high群いずれもBSA群に比して、低下を示したが、AG投与群は有意の改善を示した。b)末梢神経におけるシグナル伝達への加齢の影響:ラット後根神経節及び坐骨神経においてRho small GTPases familyのRac, cdc42, Rho及びpakの蛋白発現を認めた。その発現量は大脳及び小脳と比較して若干少なく、末梢神経系でも坐骨神経では後根神経節より少なかった。ラット後根神経節 では Rho small GTPases及びpak は細胞質に濃染し、同様な染色性を示した。 また、坐骨神経でも Rho small GTPases 及びpak はSchwann 細胞と軸索に染色性を示し、同様の局在を呈した。Rac-pak, cdc42-pak の分子間相互関係が確認されたが、RhoAについてはpakとの分子間相互関係は認めなかった。また、後根神経節及び坐骨神経 にて中枢神経系と同様に pak 酵素活性を認めた。c)運動神経障害へのHGFの効果:神経特異的にHGFを発現するマウスを作成し、HGF発現部位を解析した。また、このマウスとALSモデルTg-マウスの交配によるHGF-ALS-ダブルTg-マウスでは、ALSの疾患進行の遅延、生命予後の延長を認めた。この際運動ニューロン死および運動神経軸索変性が改善した。
考察=ニューロパチーの病態や表現型はおのおののニューロパチーについて検討されてきているが、高齢者ではその病態がどのようになっているのかは従来あまり注目されてこなかった。最近の人口の高齢化に伴って、高齢者では表現型や病態が若年者とは大きく異なる例が存在することが知られるようになってきた。FAPでは高齢発症群では若年発症群に比し、昨年特異例として検討した結果が、今回全国調査によって普遍的なものであることが明らかになった。このことは、孤発性で感覚運動障害を有する例は集積地との関連がなくてもFAP1の検索が必要であることを示している。P0変異を示す高齢発症CMTでは、多くの例でAdie瞳孔,聴力障害,高CPK血症を認め,初発症状が下肢遠位の感覚障害を示した。腓腹神経病理所見では慢性の軸索障害性変化を認め、従来CMT2型とされている症例の中にP0遺伝子異常が含まれている可能性が示唆された。糖尿病患者の爆発的増加とそれに伴う合併症管理が重大な医療上の問題となっている。糖尿病性ニューロパチーが高齢者糖尿病になぜ起こりやすいのか、またその予防・治療への対策が必要とされている。65歳を区切りとして同一罹病期間では高齢糖尿病患者の方が神経機能の低下が高度であった。この所見は糖尿病患者の神経機能が加齢により増悪しやすいことを示唆している。一方、糖尿病性神経障害とAR遺伝子多型との間には一定の関連は認められなかった。動物モデルではAGE投与による末梢神経障害ラットを用いることによって、蛋白の非酵素的糖化(グリケーション)の亢進、シグナル伝達系の異常が糖尿病性ニューロパチーの病態に深く関与することが明らかになった。AGE投与が正常ラットに糖尿病ラット類似の神経伝導速度低下、Na,K-ATPase活性低下をもたらすことが判明し、血中AGEは加齢で上昇を示すことから、AGE高値が高齢糖尿病ニューロパチーの進行に影響を与えていることが示唆される。AG投与は神経伝導速度の改善とNa,K-ATPase活性の上昇をもたらし、AGEによるニューロパチーを抑制することが証明された。シグナル系small GTPases とpakは、ラット末梢神経系において全ての後根神経節ニューロンと坐骨神経内のSchwann細胞と軸索に存在し、Rac/cdc42-pak signaling pathway が働いていることが実証された。Rac/cdc42-pak signaling pathway がneurofilamentなどを介して末梢神経障害の病態に関与している可能性がある。HGFは、初め肝細胞増殖因子の本体として同定されたが、新しい神経栄養因子として注目されてきている。今回、HGF遺伝子の神経系への供給により運動ニューロン疾患の発症遅延、生命予後が改善されることが明らかとなった。今後HGFが治療に貢献できることが明かとなっていくと期待される。
結論
高齢者のニューロパチーには、若年者とは異なる特有の臨床病態がみられた。特に高齢者の糖尿病性ニューロパチーには、糖化抑制剤による予防・治療の可能性が示唆された。さらに、HGFは運動・感覚神経のみならず、広くニューロノパチーに応用される期待がもたれる。今後、高齢者ニューロパチーに特徴的な病態の修飾因子や発現調節因子は明らかにし、発症に関連する遺伝要因・環境要因の検討がニューロパチーの予防や治療にとって重要であると思われた。

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