プロテクターによる高齢者の転倒傷害予防(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000170A
報告書区分
総括
研究課題名
プロテクターによる高齢者の転倒傷害予防(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
原田 敦(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎薫(浜松医科大学)
  • 長屋政博(国立療養所中部病院)
  • 鈴木隆雄(東京都老人総合研究所)
  • 田中英一(名古屋大学工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
1,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀を迎えて超高齢者の本格的増加が始まる。自立を保ち尊厳に満ちた高齢者が豊かな高齢社会を形作っていく一方で、ADL低下で自立を失ってQOL低下に悩む高齢者も多くなる。とりわけ下肢機能の著しい低下は二足動物の人間にとって移動能力喪失に繋がる。その原因疾患として大腿骨頚部骨折が最も重要である。本骨折は骨粗鬆化が進行した高齢者が転倒して発生する。従って、その予防には骨強度増強策と転倒予防策がまず施行されなければならないが、骨強度低下と易転倒性がともに進んハイリスクとなってしまった超高齢者にはプロテクターによる骨折予防が必要と考えられる。プロテクターのメカニズムと効果やコンプライアンス、適応についてはまだ多くの未解決な点が残されている。そこで本年度は大腿骨頚部骨折に対するプロテクターの有効性とコンプライアンスの検討(原田)、両側大腿骨頚部骨折患者や高転倒リスクの住民(山崎)、院内転倒高リスク患者(長屋)などに対するプロテクター適応決定に関連する検討、および転倒予防外来におけるプロテクター要装着者の特性とコンプライアンスについての検討を行った(鈴木)。さらにプロテクターのメカニズムへの基礎的裏付けのために、系統的有限要素解析により大腿骨骨折に及ぼす転倒姿勢,骨形状,骨密度の影響を検討し、また有限要素モデリング手法を開発し,大腿部の軟組織と種々のヒッププロテクタの骨折発生に対する予防効果を検討した(田中)。
研究方法
原田は、ヒッププロテクター試験を前年度から拡大継続した。参加特別養護老人ホームを6施設から9施設に増やし、同じプロトコールで無作為前向きに硬質ヒッププロテクター試験を行った。大腿骨頚部骨折の有無を従属因子とし、プロテクター着用、転倒回数、年齢、体重、身長、握力、上腕三頭筋部皮下脂肪厚、踵骨超音波骨評価値を独立因子としてCox回帰による解析を行った。ADLが車椅子以上で試験参加に同意した女性という参加基準により、平均年齢83.8才の252名が試験に参加した。無作為に着用群131名と非着用群121名に分け、毎日転倒の有無と生じた外傷を記録した。1日しか着用しなかった者も含めて全例を解析対象とした。ほかに硬質ヒッププロテクター着用に対するコンプライアンスを、一日の着用状況を24時間完全着用、不完全着用、非着用の3つに分類して評価した。山崎は、前年度と同じく両側大腿骨頚部骨折例を初回骨折後3年以内に対側を骨折した症例と定義し、片側大腿骨頚部骨折例を両側大腿骨頚部骨折とはならず、かつ3年間生存した症例と定義した。扱った大腿骨頚部骨折1240例の中から両側性50例と片側性217例を抽出して、両者を年齢、性別、骨折型、骨折前と退院直後の歩行能力、既往歴、Singh indexから両側大腿骨頚部骨折危険因子を検討した。さらに、一般高齢者から転倒リスクの高い例を見出す問診票作成のため、60歳以上の女性住民602例に日常生活動作能力の直接聞き取り調査を実施した。調査したのはEuropean Vertebral Osteoporosis Studyで問診されている18動作で、これらについて調査した症例を郵送法にて2年間の転倒有無を調査し、どの動作が転倒リスクを反映するかを検討した。長屋は、前年度の高齢者包括医療病棟入院患者での転倒リスクファクターの解析結果を踏まえて、入院時に簡単にチェックできる転倒予測チャートを作成した。チャートは、転倒歴、転倒外傷の有無、活動レベル、排尿コントロール、移乗動作能力、問題解決能力からなる。得点は0から21点までに分布する。平成11年8月31日までの入院患者164名にはretrospectiveに、そ
れ以後の入院患者134名にはprospective studyを行い、転倒予測チャートの有効性について検討した。さらに、健常男性をリフトでつり上げ落下させ、転倒シミュレーションを行った。転倒時の衝撃力はニッタ社圧力計測システムとティアック社製ひずみゲージ式圧力センサーで、転倒時の股関節および膝関節の位置は磁気式三次元動作解析システムで各々測定して、転倒時にプロテクターが有効性を発揮する転倒様式を調べた。鈴木は、東京都老人医療センター転倒外来において、平成11年6月より平成12年12月までの受診者のなかで、ヒッププロテクターを装着した高齢者を対象としてプロテクター要装着者についての特性について分析を行なった。プロテクター装着は全体的な虚弱性や歩行時のふらつき感あるいは易転倒性スクリーニングによる結果で判断した。田中は、大腿骨頸部骨折の骨折発生メカニズムを解明するため,大腿骨個体別モデル化手法により構築した有限要素解析モデルを使用して,大腿骨形状,骨粗鬆症による骨密度低下,転倒姿勢による荷重方向の違いが骨折の危険性,骨折型に及ぼす影響を検討した。次に,軟組織の衝撃緩和効果による骨折危険度への影響を検討するため,大腿骨単体モデルを含む筋-脂肪,皮膚組織からなる大腿部モデルを作成した。最後に,衝撃を緩和し骨折を防止するためのヒッププロテクターの効果を検討するため,プロテクターの形式,材質,厚さを変化させた有限要素モデルを構築し解析を行った。
結果と考察
原田は、硬質プロテクター試験を 平均467日行った。この間に大腿骨頚部骨折が16例発生し、プロテクター着用者は4例であった。大腿骨頚部骨折群と非大腿骨頚部骨折群の間では、大腿骨頚部骨折群で転倒回数が少なく、プロテクター着用者の割合が低かったが、他の項目は差がなかった。さらにCox回帰を行うと大腿骨頚部骨折に独立して有意に関連していたのは、プロテクター着用のみでハザード比は0.175(95%CI 0.032, 0.971)であった。プロテクター着用状況は24時間完全着用日数が312日(67%)、不完全着用日数116日(25%)、非着用日数39日(8%)と良好であった。非着用理由は、排尿排便に絡む問題が23%と最も多く、次いで頭からの拒否21%、体調不良15%、サイズ不良14%、硬性のため痛い10%などが主なものであった。非着用日数は季節別で夏1368日、秋1059日、春858日、冬618日であった。山崎の調査では、大腿骨頚部骨折1240例から両側性は55例、片側性338例が抽出され、初回骨折年齢、男女比、骨折型、Singh indexは差がなかったが、両側群の2回の骨折後の歩行能力再獲得率はいずれも片側群より少なかった。また、両側群では老人性痴呆とパーキンソン病の有病率が高く、老人性痴呆で2.7倍、パーキンソン病で3.5倍のリスクがあった。一般高齢者から転倒リスクの高い例を見出す問診票の検討では、固い椅子に一時間座れない(RR;relative risk 4.87)、買物をして重い物を持でない(RR 3.19)、3階まで休まず階段昇降ができない(RR 2.70)、高い棚に体を伸ばして物を取れない(RR 2.54)、100メートル走ができない(RR 2.10)などの5種類の日常生活動作を問診することで易転倒性を知ることができることが明らかとなった。長屋の調査期間に、入院中に転倒した患者は298名のうち83名であった。転倒予測チャートによる得点を14点で分けた場合、14点以上で転倒患者は68名、非転倒患者は50名、14点未満で転倒患者は15名、非転倒患者は165名であった。転倒の予測を14点以上とした時、この転倒予測チャートのsensitivityは81.9%、specificityは76.3%、陽性反応適中度は57.6%、陰性反応適中度は91.6%であった。次に転倒シミュレーションでは転倒時の位置関係と大転子部の衝撃力との関係を調べた。大転子部の衝撃は股関節外転外旋位の場合に多くみられたが、体幹の傾きでも大きく変化した。鈴木は、18ヶ月間の転倒外来受診者63名のなかで、独歩可能で基本的ADLの自立した者、入院患者や車椅子依存者、重度痴呆、着用拒否者および男性を除き、11名の女性高齢者を研究対象とした。これら11名も基本的ADLはおよそ満足しているが、基礎疾患として腰椎症やパーキンソン病などが認め
られた。プロテクター装着者における身体計測値と運動能力測定値は、他の転倒外来受診者および地域在宅高齢者と比していずれの運動項目においても激減しており、特にタンデム歩行については全員が不可能であった。これらのプロテクターのコンプライアンスは外来受診により追跡されているが、11名中2名が装着違和感により中止し、残り9名は装着継続中で、大きな副作用、トラブルはなく、転倒恐怖感軽減および歩行動作時などの安心感を述べており、比較的良好なコンプライアンスを得ている。田中の解析では、頸体角減少は内側骨折危険度を上昇させる要因になり、頸部長増加で外側骨折危険度が上昇すると考えられる。また、頸部基部形状は骨折にほとんど影響しないことが分かった。皮質骨密度を90%に減少させた時,転倒様式に関わらず,骨折危険度が最大値を示すのは頸部基部上方であったことから,皮質骨密度低下は骨折自体の危険性を上昇させると考えられる。海綿骨密度減少で骨折危険度が上昇した。この傾向は頸部基部よりも骨頭基部で顕著で内側骨折危険性の上昇に関与すると考えられる。軟組織の効果の検討では、筋-脂肪組織の弾性,粘性,厚さは骨折危険性にほとんど影響を及ぼさないこと,皮膚組織の剛性,厚さが増加すると骨折危険度が減少することがわかった。最後に,ヒッププロテクタの形式,材質,厚さを変化させた有限要素モデルを構築し解析したところ,大腿部の一部を被覆するプロテクタを装着した場合,未装着時に高かった部位で骨折危険度は減少した。
結論
高齢者の転倒傷害予防法としてのプロテクターは、前年度に続いて老人ホーム試験にてその有効性が証明された。適応として反対側骨折のリスクが高い片側大腿骨頚部骨折例や転倒リスクスコアが低い院内患者、リスクの高い転倒予防外来患者などがあげられた。また、軟部組織やプロテクターの骨折危険度に及ぼす影響を計算できる大腿骨個体形状別有限要素モデルを作成した。高齢者の転倒傷害予防実現に向けてプロテクターの基礎と臨床両面での検討が進展した。

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