老化時計としてのテロメアの役割(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000162A
報告書区分
総括
研究課題名
老化時計としてのテロメアの役割(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
石川 冬木(東京工業大学大学院生命理工学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 井出利憲(広島大学医学部)
  • 中西真(名古屋市立大学医学部)
  • 吉栖正生(東京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
35,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
テロメア短小化による細胞老化の誘導機構を分子レベルで明らかにし、その予防法開発のための基礎的知見を得る。
研究方法
細胞老化誘導の分子機構の解明:
Rafキナーゼの340および341番目のチロシンをアスパラギン酸に置換したキナーゼ領域のみを含む変異型Raf (ΔRaf1[EE])とエストロゲン受容体蛋白質とのあいだのキメラ蛋白質(Raf1[EE]:ER)を、ヒト正常線維芽細胞WI38にレトロウイルスベクターを用いて導入したもの(WI38-ΔRaf1[EE]:ER)を用いた。
テロメレース強制発現による細胞寿命の延長に関する研究:
テロメレースの触媒サブユニットhTERTのcDNAを、ヒト正常骨芽細胞(NHOstと略す)、ヒト正常アストロサイト(NHAstと略す)、およびそれらに癌遺伝子であるSV40のT抗原を導入した細胞に導入し、導入細胞クローンを選択して継代し、分裂寿命の延長と不死化について検討した。
老化細胞における細胞周期制御機構の解析:
Chk1, Cds1 (Chk2)ノックアウトマウスは定法に従い作製した。チェックポイント異常は、Chk1-/-胚をX線や紫外線、あるいはDNA複製阻害剤であるアフィディコリンで処理をした後に、分裂期の細胞指数(mitotic index: MI)を測定、あるいは、FACSにより解析を行った。
抗酸化物質による老化制御と細胞機能調節機構:
血管平滑筋細胞の遊走の実験は、老化していないラット大動脈血管平滑筋細胞 rat aortic smooth muscle cells(RASMC)または、ヒト大動脈平滑筋細胞human aortic smooth muscle cells(HASMC)を用いて、Boyden-chamber法により、PDGF-BB (10 ng/ml)6時間の刺激による RASMC の遊走を定量した。RW-PF は adsorption chromatography により精製し(Suntory 基礎研究所)、細胞培養液中に添加し、その RASMC 遊走に対する影響を検討した。また、同じBoyden-chamber法を用いて、細胞内シグナル伝達に関わる、諸阻害剤の効果を検討した。
結果と考察
細胞老化誘導の分子機構の解明(石川):
WI38-ΔRaf1[EE]:ER細胞にタモキシフェンを10-1000 nM添加して培養すると、報告されているように、72時間のあいだに細胞増殖の停止、細胞質の拡大と扁平化、老化細胞特異的βガラクトシダーゼ活性(senescence-associated β-galactosidase; SA-β-gal)の誘導、主としてG1期での細胞周期の停止など細胞老化表現型が認められた。
WI38-ΔRaf1[EE]:ER細胞にタモキシフェンを作用させた後、3種類のMAPK、すなわち、Erk, JNK, p38の活性化状態について、それぞれのリン酸化型特異的な抗体を用いて解析した。その結果、予想通り、Erkについては、タモキシフェン投与後、ただちにリン酸化型が出現し、Rafの下流分子として活性化されることが確認された。JNKは活性型は検出されなかった。興味深いことに、Erkの活性化のキネティックスとは遅れて、p38の活性型が検出された。このことは、Rafによる細胞老化誘導に、p38が何らかの形で関与することを示唆している。
テロメレース触媒サブユニット遺伝子TERTの細胞の不死化における役割の検討(井出):
Clonetics社より購入したヒト正常骨芽細胞 (NHOst)は、約25代で細胞は巨大化扁平化し、SA-β-gal活性を発現して増殖を停止した。本細胞にはテロメレース活性はないが、増殖可能回数が少ないため、培養期間中のテロメア短縮はほとんど見られなかった。NHOstにhTERTを導入し、薬剤選択した後、増殖するコロニーを得たが、分裂回数は最大でも30代程度と推定され、分裂寿命の延長はほとんどないものと思われた。NHOstにSV40のT抗原遺伝子を導入し、薬剤選択せずに増殖コロニーを得た。増殖の良い10クローンを選択したところ、これらの細胞は、最短で43代、最長で70代まで増殖した後、増殖できなくなった。正常細胞やhTERTを導入した細胞と異なり、終末期に巨大化や扁平化は見られず、死細胞が増加した。このときテロメア長は5 kb以下にまで短縮していた。さらに、T抗原を導入して延命増殖中のNHOstに、hTERTを導入した。薬剤選択後に得られたクローン中、11クローンは強いテロメレースを発現していた。これらのクローンはいずれも増殖速度を低下させることなく、200代を越えて現在も増殖中であり、不死化したものと推定した。これらのクローンの中には、分化培養条件下で石灰化を示す等、正常細胞機能の一部を保持しているものもあった。
以上の結果から、NHOstを培養すると25代くらいで増殖を停止するのは、テロメア短縮によるいわゆる細胞老化が起きるためではなく、培養条件が至適でないためであり、hTERTを導入しても、分裂可能回数が増加することはない、と考えられた。しかし、SV40 T抗原を導入すると、本蛋白質の強力な増殖誘導作用によって、細胞は増殖に関する培養条件の不利を克服して増殖を続けることができ、テロメア短縮の限界まで増殖して死滅するものと思われた。
ヒト正常アストロサイトについても同様の実験を行ったところ、正常骨芽細胞とほど同じ結果が得られた。以上の研究から、細胞の種類によって細胞老化をもたらす原因が異なることが示唆された。
ヒト細胞周期チェックポイント遺伝子Chk1, Cds1の解析(中西):
(1)Chk1ノックアウトマウスの作製と解析:Chk1-/-マウスは胎生7.5日(E7.5)以前に致死であることがわかった。E3.5の桑実胚の解析から、胚内部の増殖の盛んな細胞に凝集して断片化した多数の微小核を認めた。また、E3.5のChk1-/-胚においてTUNEL陽性細胞を多数認めることから、Chk1-/-胚における細胞死の少なくとも一部はアポトーシスによるものであると思われた。さらにChk1-/-胚におけるチェックポイント異常を検討したところ、Chk1-/-胚においては、DNA傷害や複製阻害に反応したG2期での細胞周期停止機構が完全に損なわれており、Chk1がG2チェックポイント制御に必須な遺伝子であることを示していると考えられた。
(2)Cds1(Chk2)ノックアウトマウスの作製と解析:Cds1(Chk2)ノックアウトマウスの出生率はメンデルの法則に従い出生し、見かけ上明らかな異常を認めなかった。さらに、MEF細胞の解析からCds1(Chk2)-/-細胞はDNA傷害あるいは複製阻害に反応したG2期停止にほとんど異常を認めなかった。しかしながら、ノックアウトマウスの胸腺細胞を用いた解析から、DNA傷害に反応したp53タンパク質の安定化と、それにともなうアポトーシス誘導が損なわれていた。Cds1(Chk2)は試験管内においてp53分子のセリン20をリン酸化する事が報告されているので、細胞内においてp53を介してアポトーシスを制御するキナーゼであると考えられた。
(3)p53によるCds1(Chk2)の転写制御:p53とCds1(Chk2)との相互作用を明らかにする目的で、Tet on によるp53発現誘導細胞(Saos2)を作製した。Dox存在下でp53の発現が誘導されるのと同時に、mRNAおよびタンパク質レベルでCds1(Chk2)の発現が急速に低下し、p53によりCds1(Chk2)の発現が負に制御されていることが明らかとなった。
血管内皮細胞・平滑筋細胞の増殖制御の解析(吉栖):
Boyden-chamber法による検討で、RWPはPDGF-BB刺激によるRASMCの遊走を濃度依存的に抑制した(既報)が、同様にPDGF-BB刺激によるHASMCの遊走を濃度依存的に抑制した。RWPによる SMCの遊走の抑制は、遊走刺激が、一方の chamber に存在する場合(主としてchemotaxis)だけではなく、両方のchambers に存在する場合(chemokinesis)においても著明に認められた。PDGF-BB刺激によるSMC遊走の細胞内シグナルとして、これまでに PI3-kinase 系を重視する報告と p38 MAP kinase 系の関与を示す報告の両方がある。我々の実験系において、それぞれの系のinhibitor (wortmannin, 100nM と SB203580, 25 uM)を用いたところ、遊走をコントロールの 39%と 45%まで抑制し、また両者の相加作用も認められた。一方、MEK1 inhibitor である PD98059 は無効であった。以上より、我々の実験系では、PI3-kinase 系とp38MAPK 系の両方がPDGF-BB刺激によるSMCの遊走に関わっていることが示唆された。
結論
細胞老化を来す刺激、誘導する分子機構、および、その将来的な治療方法に関する基礎研究について解析を行った。

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