血管および中枢神経の老化過程におけるNotch3シグナル受容体機能の遺伝学的・生物学的解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000161A
報告書区分
総括
研究課題名
血管および中枢神経の老化過程におけるNotch3シグナル受容体機能の遺伝学的・生物学的解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 慶吉(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 花岡和則(北里大学理学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
動脈硬化や血栓形成に代表される血管の老化は脳卒中や心筋梗塞などの血管性疾患の主因であるばかりでなく、老年期痴呆症などの精神機能の障害にも深く関わっている。これら血管の疾患による死亡は高齢化社会を迎えて益々増加してくるものと想定される。そのため、これらの疾患の原因となる因子を解明していくことが、今後の研究の根元的な課題となっている。従来、血管機能の低下や異常の促進因子として高血圧、高脂血症などが注目されてきたが、最近では遺伝要因の重要が指摘されている。しかし、関与する遺伝子やその詳細な分子機構は未だ解明されておらず、特に加齢と遺伝子との関係は全く不明である。本研究は最近発見された家族制脳梗塞症CADASIL(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy ) の原因遺伝子Notch3シグナル受容体に焦点を絞り、本遺伝子の異常が神経細胞や血管系の機能維持や老化過程にどの様な影響をあたえているか分子生物学的・発生工学的手法を用いて解明し、脳血管障害の発症メカニズムや加齢による変性機序を明らかにすることを目的とする。
研究方法
本年度はNotch3受容体の突然変異がその発現動態や機能にどの様な影響を与えるか培養細胞を用いて検索するとともに発達期の脳組織中でのNotch3発現を免疫学的手法で解析した。また、本遺伝子のノックアウトマウスの作成を試みた。1.変異Notch3遺伝子の発現動態の解析:CADASIL患者で見い出された4種類のミスセンス突然変異(R90C, R133C, C185R, R213K) は野生型Notch3 cDNA(HN3-WT)にin vivo点突然変異法を用い導入して、発現ベクター(EF-1αプロモーター)に挿入した。Notch3蛋白質の発現やそのプロセシングはHEK293細胞及びCOS細胞にcDNAを導入した後、特異的抗体を用いたウエスタンブロット法により解析した。Notch3 受容体活性はレポーター遺伝子(HES 1-luciferase)とリガンド(Jagged 1 及びDelta-1)を用いて次の様に測定した。先ず、HEK293細胞に Notch3 cDNAとレポーター遺伝子を導入した後、リガンド安定発現株を加え混合培養した。1日後、細胞を集めてルシフェラーゼ活性を測定して受容体活性とした。
2.免疫組織染色:組織染色にはヒト剖検脳を対象とし、ホルマリン固定パラフィン包埋切片を用いた。切片をNotch3抗体(AbN2, AbC2)と反応させた後、免疫組織化学的染色を行った。
3.Notch3ノックアウトマウスの作成:昨年度に作成したES細胞株のうち相同組み換えが確認された2株を8細胞期胚に導入して、キメラマウスの作成を試みた。
結果と考察
Notch受容体の活性化には細胞外部位のプロセシングによるヘテロ二量体の形成とリガンド結合後に起こる細胞内部位のプロセシングが関与することが報告されている。Notch3のプロセシングは細胞特異性を示し、ヘテロ二量体が形成されない特徴を示した。また、細胞外及び細胞内部位のプロセシングはミスセンス変異に影響されず、変異の有無に関わらず活性型受容体が形成されることが判明した。一方、リガンドにより誘導される受容体活性はミスセンス変異により亢進し、その作用はリガンド特異性を示すことが明かとなった。この様なリガンドとの相互作用の変動はCADASIL発症メカニズムに関係している可能性が考えられる。脳組織中でのNotch3の発現は胎生初期には未熟なニューロンやグリアで検出され、中期以降から成人にいたるまでは血管平滑筋層や外膜に局在することが明かとなった。この様な発現の特徴はNotch3が神経細胞の発生・分化のみならず血管前駆細胞に発現して平滑筋の分化誘導や血管形成に重要な役割を果たしていることを示し、非常に興味深い結果である。また、Notch3の発現分布はCADASILの病理学的変性箇所と一致しており、その発症機序にはNotch3シグナル伝達系の変異に起因する血管平滑筋細胞の機能異常(過増殖、細胞死)が関係している可能性が考えられる。今後はNotch3を発現している細胞の性質や相互作用するリガンドの種類を特定して、個々の細胞分化・増殖のどの段階でNotch3が関与するか明らかにすることが課題となる。ノックアウトマウスに関してはES細胞から作成したキメラ胚は発生致死を起こすことが明かとなった。Notch1やNotch2のノックアウトマウスではヘテロ接合体の発生異常は認められていないので、変異したNotch3蛋白質が初期発生に影響を与えている可能性が考えられる。また、Notch3の発現量の減少が原因である可能性も否定できないため、現在、組織特異的ノックアウトが可能なcre-loxシステムを用いてターゲティングベクターの作成及びES細胞のクローニングを進めている。この様な個体を用いた研究は脳血管性の発症機序や血管の老化過程を解明する上で必要不可欠であるばかりでなく、治療・予防法開発にも貴重な知見を提供する。
結論
Notch3は遺伝子変異の有無にかかわらず活性型受容体が形成されるが、リガンドによる転写調節活性は変動し、リガンドとの相互作用の異常がCADASILの発症に関係していることが示唆された。Notch3の発現は脳の発達初期には神経細胞やグリアに、中期以降から成人にいたるまでは動脈及び静脈の平滑筋層や外膜のみに検出された。この発現の特異性はNotch3がニューロンやグリアのみならず血管の細胞の発生・分化誘導に重要な因子であることを示している。ノックアウトマウスに関しては相同組み換えを生じたES細胞を分離したが、このクローンから作成したキメラ胚は発生致死であった。

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