文献情報
文献番号
200000159A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患遺伝子へテロ保因者に着目した老化性疾患の抑制に関する地域長寿保健システムの構築 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小泉 昭夫(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
- 阿部康二(岡山大学医学部)
- 大浦敏博(東北大学大学院医学研究科)
- 中屋重直(岩手医科大学医学部)
- 山田祐一郎(京都大学大学院医学研究科)
- 和田安彦(秋田大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
我々人類は多くのDNAの変異を有しており、これらの極少数のものは優性あるいは劣性遺伝形式で若年で疾病を発症する。しかしその他多く変異は生物学的要因である加齢や、社会的要因であるライフスタイルの修飾を受け原因が現在まで明らかでない老化性疾患の原因となる可能性が存在する。我々はこの様な仮説に立ち、老化性疾患の保健システムの構築を試みる。具体的には以下の4点を検討する。1)変異遺伝子の出現頻度の偏り、2)遺伝子変異と加齢要因による相互作用、3)マクロ健康指標での検出の可能性、4)動物モデルからのアプローチの4点を検討した。
研究方法
A) 多様な遺伝性疾患の原因となる遺伝子異常の遺伝疫学と保健予防活動:我々はポストゲノム時代の高齢者のQOLの低下に対する予防対策のあり方を視野に、①遺伝子異常の一般人口にける頻度の推定および②ハザードの大きさ、③早期診断の効果の程度、④早期発見の技術的可能性と倫理的妥当性など今後の予防対策のあり方の4点について検討した。B) 西日本における脊髄小脳変性疾患の遺伝疫学:脊髄小脳変性症は加齢により重篤化する疾患の典型的疾患である。岡山市を中心とする山陽地域で、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝疫学を展開した。C) 代謝異常疾患における加齢による病態の修飾:先天性代謝疾患のあるものでは加齢による病態の修飾が想定される。成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)は、SLC25A13の以上により発症する疾患である。本疾患を例として小児期から成人期における症状の変化を検討し、加齢と遺伝的要因の相互作用を検討した。D) 健康指標への影響の検討:リジン尿性蛋白不耐症のヘテロ保因者は、岩手県東北部に高頻度に見られる。加齢過程においてSLC7A7遺伝子の異常が加齢に腎疾患のリスク要因であるとの仮定のもとに疾病有病ならびに死亡の状況について疫学的に解析した。E) 糖尿病候補遺伝子の検索:膵ラ氏島で発現が増強する転写因子TSC-22の遺伝子変異を糖尿病患者と対照群で検索した。F) 全身性カルニチン欠損症へテロ保因者の加齢による心筋症のメカニズムの解明:原発性全身性カルニチン欠乏症のモデルマウスのヘテロ個体を用い、加齢に伴うヘテロ保因者の心肥大のリスクを検討した。
結果と考察
A) 多様な遺伝性疾患の原因となる遺伝子異常の遺伝疫学と保健予防活動:
(a)岩手県東北部におけるLPIの保因者の頻度は約100名に一名であり、極めて高い。費用は1名あたり80円であった。LPIの検出のための費用は、郵便代を除外すればほぼ一人あたり80円程度である。 この地域で1名の患者発見のために要する費用は、最も頻度の高い宮古地区では、43000人x80円=3440000円であり、投資期間はこの地域の人口が約10万人であり年間出生が約1500名であることから、現状では、344万円を29年に投資すればよいことになる。一方、LPIの発症者は新生児期に発見することにより高アンモニア血症を予防でき著しくQOLを改善できる。 (b) Osler-Rendu-Weber病:秋田県中央部の約17万の診療圏において7家系18名のHHT患者を見出した。従ってこの地域における頻度は少なくとも1万人に1名以上の頻度と考えられる。次にこれら7家系には高頻度に重篤な合併症である肺動静脈ろうが認められた。以上からHHTにいては創始者変異が認められず多様な変異にも関わらず共通の臨床形質を示すこと事が明らかになった。
(c) Polycystic kidney: 阪神間に在住する8家系約15名の参加を得た。これら8家系は、家族歴でPolycystic kidney の重篤な合併症である腎不全および脳動脈瘤の家族集積を認めた。特に中高年の突然死を3家系で証明した。遺伝子座の同定は、家系が大きく連鎖解析が行なえる1家系を用い行なった。16番染色体および4番染色体について連鎖解析を行い16番染色体に連鎖を認めた。その結果、PKD1に分類された。創始者変異は認められなかった。 (d) 地域特異的甲状腺腫の遺伝子検索: 1990年以降年度の秋田県における新生児甲状腺機能低下のマススクリーニングは、年間12000名を数え、そのうち約1000名に一名の頻度で高TSH血症が見出された。そのうち約2/3は恒常的に高TSH血症が見出され、残りの1/3は一過性の高TSH血症であった。この10年の間に、持続的に高TSH血症を示す発端者にたいし家族歴を調査したところ2家系で3世代に渡り甲状線種が見出された。また2家系においてIBD(Identical by discent)は証明されず、それぞれ同一遺伝子における異なる変異の存在が示唆され、変異の多様性が想定された。 (e)Hartnup disease (HD:わが国におけるHartnup病の家系を用い連鎖解析を行なった。その結果5番染色体15.3に連鎖が証明された。本2家系においてはヘテロ保因者と考えられるものに小児期の腎症、高齢者の蛋白尿および腎症が認められた。B)西日本における脊髄小脳変性疾患の遺伝疫学:岡山市を中心とする山陽地域で、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝疫学を展開したところ新たな中国・四国地域に新たな脊髄小脳変性症が広く分布することが示唆された。
C)遺伝子変異と加齢要因による相互作用:(1)成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)我々は肝内胆汁うっ滞を主訴とした小児3症例にSLC25A13の変異があるかどうか検討したところ、症状は、成人発症II型シトルリン血症と異なり一時的に肝機能障害を示した以外その他症状なく発達も正常であった。既知の5種類の変異に対する遺伝子診断を行なったところAH、THはIVS11+1G>A変異のホモ接合体、MEはIVS11+1G>A変異と 851del4変異の複合ヘテロ接合体であった。(2)全身性カルニチン血症へテロ保因者の心筋症の確認:原発性全身性カルニチン欠乏症のモデルマウスのヘテロ個体を用い、心肥大のリスク検討したところ、電子顕微鏡的には1歳時のヘテロでもホモ個体同様の心筋細胞の変化を認め、ヒト同様に加齢に伴い将来的に心肥大発生リスクが高まる可能性が示唆された。3)マクロ指標での検出:慢性腎不全の有症率を人口透析受療患者統計から把握したところ、市町村間格差が大きく見られたが、保健医療圏にまとめた上で、LPI ヘテロ保因者の頻度の高い岩手県北部への偏重は明らかでなかった。
4)動物モデルからのアプローチ:糖尿病モデル動物を用いヒトにおける糖尿病の役割を検討した。①GKラットおよびWistarラットの膵ラ氏島より得られたmRNAを蛍光differential display法で検索したところ、Wistarではほとんど発現しないが、GKラットで発現の認められるクローンTSC-22を同定した。②TSC-22の遺伝子構造を決定し、蛋白翻訳領域は3つのエクソンから構成されていることを明らかにした。③PCR-SSCP法によって、蛋白翻訳領域に2つの遺伝子変異を認めた。1つは23番目のイソロイシンがバリンに置換(ATT→GTT)、もう1つは38番目のアルギニンのサイレント変異(AGA→CGA)であり、それぞれ2型糖尿病患者に各1症例認めた。また、プロモータ領域にはA/GのSNPを認めた。しかしこれらの多型はヒト糖尿病には有意な寄与を認めなかった。劣性疾患の場合には、創始者変異が存在し、特定の地域におけるマススクリーニングは技術的にも、経済性からも妥当となる場合が示された。この一方、創始者変異の存在しない疾患では遺伝子変異は家系に特異的でありマウスクリーニングは原理的に不可能でる。しかし、一方、早期介入による適切な医療的介入により重篤な合併症を未然に防ぐことができる疾患も多く日本全国において罹患人口は多い。この一方遺伝子診断に関連する倫理的問題について多くの問題が存在する。地域特的な変異では、遺伝子情報そのものが明らかになるのではなく創始者変異の有無のみであるため遺伝子情報の漏洩などの危険性は少ない。しかし、リスクを有する可能性が示されることから保険の加入などで差別を受ける可能性が存在する。一方、優性疾患の場合、診断が行なわれる場合には家族単位で行なうことになり先に述べたごとく遺伝子異常を有するものは健康管理上有益な情報を得るが、遺伝子情報の漏洩は保険加入時に差別の対象となる可能性も有している。今後こうした倫理問題への配慮を行なった上での公衆衛生的対応が必要であろう。また、今回我々は成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)の研究のより同一疾患であってもphenotypeが年齢依存性であることを証明し、遺伝子異常によるphenotypeは、加齢要因で修飾を受けることが示された。LPI ヘテロ保因者の頻度の非常に高い岩手県北部において、人工透析の頻度は高くなくこのことはSLC7A7のヘテロ保因者の多寡は、マクロ健康指標における遺伝子異常の偏りとしては、検出困難であると考えられる。4)動物モデルからのアプローチ:今回糖尿病では明確にTSC-22のヒト糖尿病での関与は否定されたが、動物疾患モデルからヒト疾患へ外挿することは、有用なアプローチである。
(a)岩手県東北部におけるLPIの保因者の頻度は約100名に一名であり、極めて高い。費用は1名あたり80円であった。LPIの検出のための費用は、郵便代を除外すればほぼ一人あたり80円程度である。 この地域で1名の患者発見のために要する費用は、最も頻度の高い宮古地区では、43000人x80円=3440000円であり、投資期間はこの地域の人口が約10万人であり年間出生が約1500名であることから、現状では、344万円を29年に投資すればよいことになる。一方、LPIの発症者は新生児期に発見することにより高アンモニア血症を予防でき著しくQOLを改善できる。 (b) Osler-Rendu-Weber病:秋田県中央部の約17万の診療圏において7家系18名のHHT患者を見出した。従ってこの地域における頻度は少なくとも1万人に1名以上の頻度と考えられる。次にこれら7家系には高頻度に重篤な合併症である肺動静脈ろうが認められた。以上からHHTにいては創始者変異が認められず多様な変異にも関わらず共通の臨床形質を示すこと事が明らかになった。
(c) Polycystic kidney: 阪神間に在住する8家系約15名の参加を得た。これら8家系は、家族歴でPolycystic kidney の重篤な合併症である腎不全および脳動脈瘤の家族集積を認めた。特に中高年の突然死を3家系で証明した。遺伝子座の同定は、家系が大きく連鎖解析が行なえる1家系を用い行なった。16番染色体および4番染色体について連鎖解析を行い16番染色体に連鎖を認めた。その結果、PKD1に分類された。創始者変異は認められなかった。 (d) 地域特異的甲状腺腫の遺伝子検索: 1990年以降年度の秋田県における新生児甲状腺機能低下のマススクリーニングは、年間12000名を数え、そのうち約1000名に一名の頻度で高TSH血症が見出された。そのうち約2/3は恒常的に高TSH血症が見出され、残りの1/3は一過性の高TSH血症であった。この10年の間に、持続的に高TSH血症を示す発端者にたいし家族歴を調査したところ2家系で3世代に渡り甲状線種が見出された。また2家系においてIBD(Identical by discent)は証明されず、それぞれ同一遺伝子における異なる変異の存在が示唆され、変異の多様性が想定された。 (e)Hartnup disease (HD:わが国におけるHartnup病の家系を用い連鎖解析を行なった。その結果5番染色体15.3に連鎖が証明された。本2家系においてはヘテロ保因者と考えられるものに小児期の腎症、高齢者の蛋白尿および腎症が認められた。B)西日本における脊髄小脳変性疾患の遺伝疫学:岡山市を中心とする山陽地域で、遺伝性脊髄小脳変性症の遺伝疫学を展開したところ新たな中国・四国地域に新たな脊髄小脳変性症が広く分布することが示唆された。
C)遺伝子変異と加齢要因による相互作用:(1)成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)我々は肝内胆汁うっ滞を主訴とした小児3症例にSLC25A13の変異があるかどうか検討したところ、症状は、成人発症II型シトルリン血症と異なり一時的に肝機能障害を示した以外その他症状なく発達も正常であった。既知の5種類の変異に対する遺伝子診断を行なったところAH、THはIVS11+1G>A変異のホモ接合体、MEはIVS11+1G>A変異と 851del4変異の複合ヘテロ接合体であった。(2)全身性カルニチン血症へテロ保因者の心筋症の確認:原発性全身性カルニチン欠乏症のモデルマウスのヘテロ個体を用い、心肥大のリスク検討したところ、電子顕微鏡的には1歳時のヘテロでもホモ個体同様の心筋細胞の変化を認め、ヒト同様に加齢に伴い将来的に心肥大発生リスクが高まる可能性が示唆された。3)マクロ指標での検出:慢性腎不全の有症率を人口透析受療患者統計から把握したところ、市町村間格差が大きく見られたが、保健医療圏にまとめた上で、LPI ヘテロ保因者の頻度の高い岩手県北部への偏重は明らかでなかった。
4)動物モデルからのアプローチ:糖尿病モデル動物を用いヒトにおける糖尿病の役割を検討した。①GKラットおよびWistarラットの膵ラ氏島より得られたmRNAを蛍光differential display法で検索したところ、Wistarではほとんど発現しないが、GKラットで発現の認められるクローンTSC-22を同定した。②TSC-22の遺伝子構造を決定し、蛋白翻訳領域は3つのエクソンから構成されていることを明らかにした。③PCR-SSCP法によって、蛋白翻訳領域に2つの遺伝子変異を認めた。1つは23番目のイソロイシンがバリンに置換(ATT→GTT)、もう1つは38番目のアルギニンのサイレント変異(AGA→CGA)であり、それぞれ2型糖尿病患者に各1症例認めた。また、プロモータ領域にはA/GのSNPを認めた。しかしこれらの多型はヒト糖尿病には有意な寄与を認めなかった。劣性疾患の場合には、創始者変異が存在し、特定の地域におけるマススクリーニングは技術的にも、経済性からも妥当となる場合が示された。この一方、創始者変異の存在しない疾患では遺伝子変異は家系に特異的でありマウスクリーニングは原理的に不可能でる。しかし、一方、早期介入による適切な医療的介入により重篤な合併症を未然に防ぐことができる疾患も多く日本全国において罹患人口は多い。この一方遺伝子診断に関連する倫理的問題について多くの問題が存在する。地域特的な変異では、遺伝子情報そのものが明らかになるのではなく創始者変異の有無のみであるため遺伝子情報の漏洩などの危険性は少ない。しかし、リスクを有する可能性が示されることから保険の加入などで差別を受ける可能性が存在する。一方、優性疾患の場合、診断が行なわれる場合には家族単位で行なうことになり先に述べたごとく遺伝子異常を有するものは健康管理上有益な情報を得るが、遺伝子情報の漏洩は保険加入時に差別の対象となる可能性も有している。今後こうした倫理問題への配慮を行なった上での公衆衛生的対応が必要であろう。また、今回我々は成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)の研究のより同一疾患であってもphenotypeが年齢依存性であることを証明し、遺伝子異常によるphenotypeは、加齢要因で修飾を受けることが示された。LPI ヘテロ保因者の頻度の非常に高い岩手県北部において、人工透析の頻度は高くなくこのことはSLC7A7のヘテロ保因者の多寡は、マクロ健康指標における遺伝子異常の偏りとしては、検出困難であると考えられる。4)動物モデルからのアプローチ:今回糖尿病では明確にTSC-22のヒト糖尿病での関与は否定されたが、動物疾患モデルからヒト疾患へ外挿することは、有用なアプローチである。
結論
疾患自体はまれでもヘテロ保因者の割合は非常に高い。本研究によって、遺伝子異常によるphenotypeは、加齢により大きく修飾を受けることが明らかになった。国民全体で遺伝子異常に起因すると思われる疾患は未知のものまで考えるとかなりの高頻度に登る(1:100以上)。疾患遺伝子の種類により、遺伝子異常を共有する人口集団の規模や変異の検出の難易度、効果、方法などが大きく異なることがしめされた。さらにこれら多様性に対応し、異なる次元の倫理的問題も存在し、遺伝子レベルの情報を用いた公衆衛生学的施策を行なうためには、今後こうした問題を解決すべきであろう。
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