サル二足歩行モデルを用いた予測・適応制御に関する研究:高齢者歩行の特徴とその神経機序の基礎的考案

文献情報

文献番号
200000156A
報告書区分
総括
研究課題名
サル二足歩行モデルを用いた予測・適応制御に関する研究:高齢者歩行の特徴とその神経機序の基礎的考案
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森 茂美(岡崎国立共同研究機構)
研究分担者(所属機関)
  • 中陦克己(岡崎国立共同研究機構)
  • 森大志(岡崎国立共同研究機構)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
5,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の主要目的は次の3点にある。その第一点は直立二足歩行の高次制御機序を実験的に検証可能な新しい霊長類(ニホンサル)モデルを確立すること、第二点は学際的な観点からこれまでの運動力学的解析手法に加えて非侵襲的解析手法も用いて高次脳制御機序の実態を解明すること、第三点としては高齢者の歩行制御機序の理解につながる基礎的研究資料を提出し、直立二足歩行機能の健全な保持にかかわる作業仮説を考案することにある。
研究方法
オペラント条件づけ手法を用いて無拘束ニホンサルに直立姿勢の保持および流れベルト上での直立二足歩行を学習させた。本研究ではとくに若齢ニホンサルを用いて直立二足歩行戦略の学習過程を継時的に運動力学的観点から解析した。また直立二足歩行戦略を獲得した成サルモデルを用いて、外乱に対する応答様式を解析した。高次脳機能の非侵襲的解析手法としては[18F]fluorodeoxy glucoseを用い、PET法によって直立二足歩行の遂行にかかわる高次脳部位の中で細胞活動レベルの指標となる糖代謝増大部位の同定を試みた。
結果と考察
<結果>1. 幼若ニホンサルは(1)後肢反射ステッピング相、(2)適応ステッピング相、(3)習熟ステッピング相の3学習ステージを経てトレッドミル上での直立二足歩行戦略を獲得した。第一相においては歩行運動様の左右後肢リズム運動が第三者に体幹を支持された状態で誘発できた。その後の歩行運動学習によってサルは3~5ステップの不安定な歩行運動を発現した。第二相においてサルはトレッドミル速度の変化にも対応して歩幅を変化できるようになったが、空間内における直立姿勢の保持は不安定であった。第三相になるとサルは直立二足歩行時に左右後肢の動きを隣合う関節の動きを協調させることによってより円滑にし、それとともに空間内歩行姿勢の安定性を確立した。歩行運動学習の開始から6-8ヶ月後にどのサルも第3相の歩行様式を示した。
2. 直立二足歩行能力を習熟した成サルは外乱に対しても歩行中の体幹軸や歩幅を調節することによって直立姿勢を保持し歩行運動を持続した。得られた研究成果は歩行空間内における頭部位置の安定した保全が円滑な歩行運動の実行には必要であり、そのためにサルは下肢における股・膝・足関節の動きを協調させた。外乱などに対してサルは視覚入力によって予測制御機序を駆動するとともに運動肢からの筋および関節感覚入力によって適応制御機序を駆動するとともに両者の機序を高次脳の働きによって統合しいることが考えられた。
3. PET法で得られた研究成果については研究分担者、森大志の報告にまとめて記載した。
<考察>ニホンサルが直立二足歩行能力を獲得するその過程を長期間にわたって継時的に解析することにより、その獲得過程の特徴を明らかにすることができた。直立二足歩行の制御についてはとくに随伴する直立姿勢の同時制御が必要である。ヒトやサルの直立姿勢は頭部・体幹・上肢・下肢など数多くの運動分節の動きを統合することによって形成される。すなわち部分姿勢を全体姿勢として機能統合することが必要となる。得られた研究成果は直立歩行戦略の獲得には第一に部分姿勢例えば下肢運動分節自体の機能統合戦略を確立すること、第ニに頭部・体幹・上肢運動分節の動きを相互に協調させる戦略を獲得することが必要であることを示している。
我々はこれまでに得られた研究成績から小脳室頂核は左右両側性に脳幹にむかって下行する4つの運動下行路(室頂核網様体路、室頂核前庭路、室頂核上丘路、室頂核脊髄路)の働きによって多運動分節の動きを協調させるという新しい作業仮説を提出した。歩行戦略をサルが確立する上で小脳室頂核の果たす役割は極めて大きいと考えられる。これらの歩行戦略の中には予測および適応制御機序が含まれていると考えられる。この可能性は小脳歩行誘発野が選択的に破壊されたネコでは部分姿勢の統合が困難となるため、直立姿勢の保持や歩行実行能力が低下するという実験成績からも支持される。歩行運動戦略を獲得した成サルの小脳歩行誘発野を選択的部分破壊した場合に、どのような歩行障害そして姿勢障害が発現してくるかは歩行戦略の実態を考える上で極めて興味深い問題である。
PET画像の解析から得られる研究成果はどの脳部位が歩行運動の制御に際してどのような分担機能を担っているのかを今後明らかにすると考えられる。
結論
本研究からニホンサルが直立二足歩行能力を獲得するその高次神経機序を推定することが可能となった。部分姿勢の機能統合が全体姿勢の形成に必要な条件となっていることは、高齢者の部分姿勢にみられる機能統合の破綻が全体姿勢の保持を困難とし、そのためその破綻を補正するため高齢者は前屈姿勢をとり、またこの姿勢が歩幅の外乱に対する適応的変化を困難にしていると考えられる。また若齢サルの歩行戦略獲得の逆過程は高齢者にみられる歩行能力低下の一端を反映していると考えられ、歩行肢における股・膝および足関節の協調機能を保全することがとくに重要であると考えられる。また高次脳の一部として機能する小脳室頂核には視覚・平衡感覚そして体性感覚など生体内外からのほぼ全ての感覚入力が収斂すること、さらに室頂核は直接そして間接的に歩行運動の制御にかかわる脳幹・脊髄神経機構を機能的に制御していることなどを考え合わせると、この神経核機能の保全が高齢者における歩行能力の健全な保持に重要な役割を果たしていると考えられる。

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