発生工学を利用した老化・老化病モデルマウスの開発とこれに基づく新規薬物設計に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000154A
報告書区分
総括
研究課題名
発生工学を利用した老化・老化病モデルマウスの開発とこれに基づく新規薬物設計に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
本山 昇(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中山啓子(九州大学生体防御医学研究所)
  • 澤 洋文(北海道大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化の過程では、紫外線・電離放射線等の外界からのDNA障害性ストレス及び代謝の結果内因的に生じる活性酸素等の酸化ストレスに対する抵抗性・監視機構の減弱が重要な役割を果たしていると考えられている。また、ヒトの早老症患者においてDNA障害性ストレスに対して、ゲノムDNAの安定性を監視維持するメカニズムに関与する分子の変異が同定されているが、早老症発症のメカニズムについては解明されていない。そこで本研究では、線虫において生体ストレスに抵抗性を示すとともに長寿命を示す変異体で同定された遺伝子 Daf-16の哺乳類ホモログや直接生体ストレスに応答して重要な役割を果たすと考えられる分子、すなわち早老症を呈するAtaxia telengiectasiaの原因遺伝子ATMのターゲト分子であるChk1及びCds1 (Chk2)に着目して、発生工学を利用してこれらのノックアウトマウスを作成し、老化モデルマウスを開発し、生体ストレスに対する抵抗性の獲得メカニズムを明らかにするとともに、それらを標的とした薬剤の開発のモデルシステムを構築し、最終的には老化現象のメカニズムを解明し、老化・老年病の予防・遅延・治療及び薬物開発を目的とする。
研究方法
1.Daf-16マウスホモログの機能解析
(1)Daf-16のマウスホモログFKHRL1のgain-of-functionおよびloss-of-functionマウスの作成
マウスFKHRL1及びAFX cDNAの5'側にFLAGのtagをつけた。また、Aktよってリン酸化される3カ所の部位をalanineに置換した活性型変異体遺伝子をPCRよって作製した。(これらをマウスFKHRL1-TM及びAFX-TM cDNAとする。)マウスFKHRL1のゲノムDNAは、129SV由来のLamdaFIXIIライブラリーより定法によりクローニングを行いマッピングした。それをもとに、転写開始点の直下から第一コーディングエクソンをloxP/neo/loxP-FALG-AFX(FKHRL1)で置換するようなターゲッティングベクターを作成した。定法に従いES細胞へトランスフェクションを行い相同組み換えクローンを樹立し、ヘテロマウスを作成した。
(2)活性型AFX発現誘導細胞株の樹立
AFX-TM cDNAを薬剤耐性遺伝子(Puromycin)を持つ発現ベクターに含まれるloxP/GFP/loxP遺伝子の下流に挿入した(pCXP-loxP/GFP/loxP-FLAG-AFX-TM)。この導入遺伝子を、マウス筋芽細胞C2C12細胞に導入した。薬剤耐性コロニーをスクリーニング後、Cre-Adenovirusを感染させて、FKHRL1-TM及びAFX-TMの蛋白の発現を確認した。
2.早老症ATの下流分子Chk2ノックアウトマウスの作成と解析
(2)Chk2ノックアウトマウス
マウスChk2のゲノムDNAは、129SV由来のLamdaFIXIIライブラリーより定法によりクローニングを行いマッピングした。翻訳開始部位ATGを含む約2.0kbpをneoで置換するようなターゲッティングベクターを作成し、ES細胞へ導入し定法に従ってノックアウトマウスを作成した。また、高濃度G418選択によりChk2-/-ES細胞を樹立した。さらに、Chk2+/-マウス同士を交配し、E13.5日の胎児よりMEF(マウス胚性繊維芽細胞)を樹立し、これから定法により3T3化を行っている。
Chk2-/-ES細胞に10GyのX線照射を行い継時的にFACSにて細胞周期の解析を行った。また、X線照射後、抗p53抗体にてウエスターンブロットを行った。検出はECLを用いた。
結果と考察
1.Daf-16マウスホモログの機能解析
(1)Daf-16のマウスホモログFKHRL1のgain-of-functionおよびloss-of-functionマウスの作成
本年度はFKHRL1に関して、相同組換えES細胞の樹立に成功し、定法に従いヘテロマウスの作成に成功た。現在へテロ同士の交配を行いloss-of-function(ノックアウト)マウスの作成を進めている。また、CAG-Creトランスジェニックマウスと交配し、gain-of-function(活性型ノックイン)マウスの作成も進めている。
(2)活性型AFX発現誘導細胞株の樹立
AFXの下流遺伝子を検索するために、pCXP-loxP/GFP/loxP-FLAG-AFX-TMをマウス筋芽細胞C2C12に導入してC2C12 mAFX 7-19細胞株の樹立に成功した。まず、Cre-Adenovirus感染後、時間を追って、活性型AFXの発現を調べた。活性型AFXは感染後12時間では、発現していないが、24時間では発現していた。また、対照実験として、遺伝子の導入されていないAdenovirus(control Adenovirus)を感染させても、活性型AFXの発現は認められなかった。活性型AFXを発現誘導すると細胞の増殖が著しく低下することが明らかになった。FACSを用いて細胞周期の解析を行ったところ、G0/G1での細胞周期の停止が認められた。また、興味深いことにG2/M期での細胞周期の停止も起こっていた。細胞周期の制御に関わるタンパク質の発現の変化をウエスターンブロットにて検討した結果、cyclinE/Cdk2の阻害分子であるp27Kip1の発現が著しく上昇していることが明らかになった。これが、G0/G1期での細胞周期の停止に寄与していると考えられる。G2/M期での細胞周期の停止を解析する目的で、Chk1およびHistone H3のリン酸化を検討したところ、両者とも著しく減少していた。また、核をDAPIで染色して観察した結果、細胞分裂の後期で停止していることがわかった。現在、このメカニズムについてさらに解析を進めているところである。一方C2C12は血清濃度を下げることにより、ミオシン重鎖を発現する筋細胞に分化する。活性型AFXを発現誘導した細胞では、ミオシン重鎖の発現は全く起こらず、筋細胞への分化が著しく抑制された。現在、このメカニズムを詳細に解析しているところである。
また、AFXの下流分子を検索するために、このC2C12 mAFX 7-19細胞を用いて、Cre-Adenovisur及びcontrol Adenovirus感染後24時間後、36時間後、48時間後のRNAを抽出し、DANチップの解析をしている。
2.早老症ATの下流分子Chk2ノックアウトマウスの作成と解析
本年度において我々は、ATMの下流分子として考えられているChk2の欠損マウスを作成し、in vivoにおけるChk2キナーゼの役割について検討した。
Chk2-/-マウスの仔は予想された割合で生まれ、その後の成長においてもChk2+/+と目立った差は見られなかった。また、現在のところ、6ヶ月齢までにおいてはATM変異マウスで見られるような早老症状・高発癌の表現型は観察されていない。
野生型マウスは放射線照射後7日から14日にかけて大半が死亡したのに対し、Chk2-/-マウスでは70%以上が2ヶ月以上生存した。Chk2-/-マウスの脾臓細胞のアポトーシスが低下が、生存率の上昇をもたらしたと考えた。一方、放射線が引き起こすこれらの組織のアポトーシスには、p53が必須であることが知られている。そこで、放射線処理後、p53タンパク質の細胞内含量の変化を検討したところ、Chk2-/-細胞では、p53タンパク質の増加が幾分抑制されていた。また、ATM/ATRの阻害剤であるカフェイン処理により、放射線処理によるChk2-/-ES細胞のp53安定化はさらに低下したことから、Chk2-/-を介さない機構がp53安定化の一部を担っていると考えられるが、この機構はATM/ATR依存であると考えられた。
一方、p53タンパク質の転写活性を検討したところ、放射線処理により野生型の胸腺細胞においては、p21、Noxa mRNAが6倍程度に増加していたのに対し、Chk2-/-胸腺細胞においてはほとんど転写の上昇は見られなかった。以上の成績は、DNA傷害に応じた安定化に加え、Chk2はp53タンパク質の活性化に必要であると考えられた。G1チェックポイントの維持がChk2-/-細胞で低下していることが明らかになった。一方、G2チェックポイントには異常は見られなかった。
本年度のChk2ノックアウトを用いた実験から、Chk2がin vivoにおいて、DNA傷害によるp53タンパク質の安定化に機能していることが明らかとなった。また、Chk2-/-細胞におけるp21、Noxaの発現量の低下から、Chk2は直接あるいは間接的にp53の活性を調節していると考えられた。p53の活性化には、p53タンパク質のリン酸化とアセチル化が重要であると考えられており、今後の詳細な検討が必要である。興味深いことに放射線照射Chk2-/-マウスでは老化症状の一つである毛髪の白髪化が起こってきている。
結論
1.線虫の長寿命に関わる遺伝子の発現を制御していると考えられるDaf-16のマウスFKHRL1のloss-of-function(ノックアウト)マウスのヘテロマウスの作成に成功した。AFXは細胞周期制御因子p27kip1の発現を誘導し、細胞周期をG0/G1期で停止させることを見出した。また、G2/M期でも細胞周期の停止が起こることが明らかになった。さらに、筋細胞への分化を抑制することが明らかになった。
2.Chk2は、放射線によるDNAダメージに応答してがん抑制遺伝子産物p53タンパク質の安定化・活性化に機能していることが明らかになった。

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