新たな血管の老化予防法の開発をめざしたコレステロール逆転送系調節機序の解明

文献情報

文献番号
200000152A
報告書区分
総括
研究課題名
新たな血管の老化予防法の開発をめざしたコレステロール逆転送系調節機序の解明
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
堀内 正公(熊本大学)
研究分担者(所属機関)
  • 横山信治(名古屋市立大学)
  • 松本明世(国立健康栄養研究所)
  • 新井洋由(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高脂血症・動脈硬化は、日本人の死因の第二位をしめる心臓病、特に虚血性心疾患の最も重要な基礎病態である。血中HDL(高比重リポ蛋白質)コレステロール値と虚血性心疾患の発症頻度の間には負の相関が認められている。この事実を説明するものとして、コレステロール逆転送系が存在する。本経路は、末梢細胞から肝臓に至るコレステロールのダイナミックな代謝系である。すなわち、動脈硬化病変のマクロファージ由来泡沫細胞などの末梢細胞に蓄積したコレステロールが、HDL或いはHDLの主要アポリポ蛋白質であるアポ A-Iによって引き抜かれ、HDL粒子上でのコレステロールエステル(CE)への変換を経てコレステロールエステル転送蛋白質(CETP)によるアポB含有リポタンパク質へのCEの転送によって、或いはHDLからHDL受容体であるSR-BIを介して直接CEが肝細胞に取りこまれる一連の過程である。
「HDL=善玉コレステロール」として一般に受け入られているが、その分子機構に関しては明らかでない。そこで本研究では、コレステロール逆転送系に関与する個々の機能分子の構造及び機能を解明することを目的としている。
今年度は、堀内が総括及びや糖尿病に伴って生じる生体内糖化タンパク質(Advanced Glycation Endproducts: AGE)のコレステロール逆転送系に対する影響を、横山が遊離コレステロールの細胞膜への輸送とアポ蛋白A-Iによるコレステロール搬出の分子機序を、松本は肝細胞における多価不飽和脂肪酸による脂質代謝関連遺伝子の発現調節機構を、更に新井はSR-BIの細胞内結合タンパク質として世界に先駆けてクローニングに成功したCLAMP(C-terminal linking and modulating protein)の機構解析を担当した。
研究方法
堀内は、新井によって作成されたSR-BI過剰発現CHO細胞(CHO-SR-BI細胞)を用い、SR-BI機能に対するAGEの影響を検討した。AGEはウシ血清アルブミンを高グルコースに40週暴露して調製した(AGE-BSA)。AGE-BSAを放射ヨード標識し、CHO-SR-BI細胞との結合を検討した。HDLのCE部分と蛋白部分を放射標識し、CHO-SR-BI細胞へのCEの選択的細胞取り込みを求め、これに対するAGEの効果を検討した。またCHO-SR-BI細胞からの、HDLによるコレステロール搬出に対するAGEの効果を検討した。
横山は、マウス白血病細胞RAW264を用い、アポA-Iとの結合とcAMPによるHDL新生誘導との関連を検討した。無HDL血症を呈するタンジール病の原因遺伝子として同定されたヒトABCA1を各種細胞にトランスフェクションし、HDL新生に伴う細胞内シグナルやコレステロール輸送を検討した。HDL新生反応阻害剤、プロブコールをLCAT欠損マウスに投与し、HDL新生反応の意義を検討した。最後にラットアストロサイトを用いて、脳におけるHDL新生を検討した。
松本は、ヒト肝癌細胞(HepG2細胞)をオレイン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの不飽和脂肪酸で処理し、DNAチップを用いてこれらの脂肪酸による遺伝子発現調節機能を網羅的に解析した。
新井は、HDL受容体であるSR-BIの細胞質部分に結合する蛋白質として同定したCLAMPの生理的役割を検討した。CLAMPは蛋白質・蛋白質間の相互作用に関与するPDZドメインを4個もっている。第3、第4PDZドメインを欠失した変異CLAMPをSR-BIとともにCHO細胞に過剰発現し、SR-BIとCLAMPの結合、CLAMPの細胞内局在を検討した。アデノウィルスを用いてマウスの肝臓に変異CLAMPを発現させ、血中脂質のプロフィール、HDL-CEの血中クリアランスを検討した。
結果と考察
堀内は、AGEがSR-BIにリガンドとして結合することをみいだした。競合実験からAGEはHDLと異なる部位に結合することが示唆されたが、HDL-CEのCHO-SR-BI細胞への選択的取り込みを抑制した。HDLによるCHO-SR-BI細胞からのコレステロール搬出はAGEにより抑制された。これらの結果は、SR-BIを介するコレステロール逆転送系の機能が、AGEによって抑制されていることを示唆しており、糖尿病性大血管障害の発症機構を考える上で重要な情報をもたらした。
横山は、1)マクロファージ系細胞では、cAMPによるABCA1発現とアポA-I結合及び HDL新生反応が同時に誘導され、この過程にはcaveolin-1が必須であること、2)PMAによる分化誘導ではABCA1の誘導前にもコレステロールを含まないHDL新生が起こり、ABCA1はHDL形成には必須でないこと、3)HDL新生反応はプロブコールにより阻害され、マウス血漿HDLは消失すること、4) 神経系細胞(アストロサイト)でも同じ機序でHDL新生が起こることを明らかにした。
松本は、DNAチップを用いて、高度多価不飽和脂肪酸(PUFA)のヒト肝癌由来HepG2細胞における脂質代謝関連遺伝子の発現調節をmRNAレベルを検討し、mevalonate pyrophosphate decarboxylase、lysosomal acid lipaseの発現がPUFAにより減少することをみいだした。脂質代謝以外では、PUFAによりセリンプロテアーゼのprostasinの発現が抑制され、四肢分化に働くDSS1の発現が増加した。
新井は、PDZドメイン3及び4を欠失した変異型CLAMPをCHO細胞に過剰発現し、変異型CLAMPは正常CLAMPと競合的にSR-BIに結合し、SR-BIの分解を促進することをみいだした。アデノウィルスを用いて変異型CLAMPをマウス肝臓に発現させると、肝臓におけるSR-BI蛋白質の発現が減少し、HDL-CEの血中クリアランスが有意に遅延、血漿中のHDLコレステロール量が有意に上昇していた。CLAMPは個体レベルにおいてSR-BIの発現レベルを規定し、HDLの代謝速度やHDLコレステロールレベルを調節していることを明確にした。
結論
1)HDL受容体SR-BIを介するコレステロール逆転送機能(HDL-CEの肝細胞への選択的とりこみ及び末梢細胞からのコレステロール搬出)は、生体内糖化蛋白質AGEにより抑制される可能性が示唆された。
2) アポA-Iによる細胞脂質の搬出(HDL新生反応)にはcaveolin-1が重要である。HDL新生反応阻害剤プロブコールは、マウスの血中HDLを低下させた。アストロサイトでもアポA-IによるHDL新生反応が生じることが確認された。
3) ヒト肝癌由来HepG2細胞におけるmevalonate pyrophosphate decarboxylase、lysosomal acid lipaseの発現は、高度多価不飽和脂肪酸により抑制された。
4) SR-BI結合蛋白質CLAMPは、HDL受容体であるSR-BIの安定化に関与しており、血中HDLレベルを制御している。

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