老化に伴う黒質ドーパミン神経細胞死の機序の解明とそれを防御する薬剤の開発 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000151A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う黒質ドーパミン神経細胞死の機序の解明とそれを防御する薬剤の開発 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 和佳子(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 直井信(財団法人応用生化学研究所)
  • 田中雅嗣(財団法人岐阜県国際バイオ研究所)
  • 服部信孝(順天堂大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界に例のない速さで高齢化を迎えているわが国において、老化あるいは加齢に従う変性疾患における神経死の原因を解明し、それを保護する方法を開発することは重要な課題である。本研究課題では、加齢に対して脆弱であることが知られているドパミン神経細胞をモデルとし、老化、および神経変性疾患であるパーキンソン病における細胞死を中心として研究を行う。黒質線条体におけるドパミン神経細胞は運動の大きさと速さ、協調性などに関わる大脳基底核において中心的な役割を果たしており、この神経の変性脱落により寡動、振戦、筋固縮、姿勢反射障害等の運動障害が引き起こされる。老化あるいはパーキンソン病による運動障害は高齢者の寝たきりの原因として重要なものであり、この治療法の開発は幸福な未来社会の構築に貢献するものである。ドパミン神経細胞死の原因は酸化ストレス、内因性神経毒、ミトコンドリア呼吸鎖障害等の要因が提唱されているが、現在までのところ結論には至っていない。一方、現在行われている治療法は、L-DOPA製剤を中心とした神経伝達物質の補充療法であり、対症療法に過ぎない。このような対症療法は早期の患者には一定の効果をもたらすものの、数年から十年で多くの患者は薬剤への反応性が低下、あるいは副作用のため十分な投薬が不可能となり、日常生活に支障をきたすに至る。患者の真のquality of life の向上のためには変性死に陥る神経細胞を保護する薬剤の開発が不可欠である。本研究課題の目的はドパミン神経をモデルとし、老化あるいは神経変性疾患における細胞死の機序を解明し、それを防御する臨床応用可能な薬剤を開発することである。そのために主任研究者と分担研究者は以下のような研究課題を分担するとともに、お互いの研究結果を統合し、更なる研究の発展を進めてきた。
研究方法
本年度は昨年度に得られた基礎データを更に発展させるための研究が行なわれた。
1)神経毒あるいは酸化的ストレスによるドパミン神経細胞死の分子メカニズム(丸山)昨年度作成したドパミン細胞死のin vitro のモデルを用いて研究を行った。ヒトドパミン神経芽細胞腫であるSH-SY5Y 細胞にヒト脳内に存在するドパミン細胞を選択的な神経毒であるN-methyl(R)salsolinol あるいは強力なラジカルであるperoxynitrite (ONOO-)で処理することにより、アポトーシス細胞死のモデルを確立した。本モデルを用いてアポトーシスの細胞内シグナル伝達、特にミトコンドリアにおけるpermeability transition pore (PT pore) に関わる分子とmitogen activated protein kinase (MAP kinase) について検討を行なった。これらの実験には主に蛍光indicator、immunoblotting、RT-PCRを用いた。また、ラジカルによる細胞内機能分子の酸化修飾について、特異的抗体を用いたimmunoblotting と免疫組織染色を行なった。2)新しい経口投与可能な神経保護薬の開発(直井)上記の細胞死モデルを用いて、経口投与可能な低分子化合物によるアポトーシス抑止の機序に関する実験を行なった。昨年度まで研究を行ってきたpropargylmine化合物の中でも本年度は最も神経保護作用の強いrasagiline を中心として研究を行なった。これら薬剤の合成はイスラエルおよびカナダの研究グループとの共同研究によった。薬剤により変化する細胞死シグナルや細胞内遺伝子発現の変化を定量した。DNA microarrayとRT-PCR、さらにimmunoblotting を用いて検討を行なった。3)ドパミン神経細胞死におけるミトコンドリア遺伝子の関与(田中)ミトコンドリアはアポトーシスのシグナル伝達においても、酸化的ストレスの場としても最も重要な細胞内小器官である。加齢に従いミトコンドリアDNA (mtDNA)の変異が引き起こされ、老化に伴う神経の機能低下、あるいは細胞死に関与している可能性がある。細胞内の変異型mtDNA をもつミトコンドリアを選択的に破壊することができれば、細胞の“若返り"が可能となるかもしれない。そこで、変異型mt DNA と野生型mt DNAが混在する培養細胞を作成し、そこにミトコンドリア移行シグナルを付加した制限酵素とミトコンドリア移行シグナルペプチドcDNAの融合遺伝子を導入した。この制限酵素は変異型mt DNAを特異的に認識し、破壊する。制限酵素遺伝子の導入前と後で細胞内ミトコンドリア機能を比較した。4)正常老化およびパーキンソン病患者における酸化的ストレスによる黒質ドパミン神経傷害(服部)遺伝性パーキンソン病の大多数を占めるparkin遺伝子の機能を解明することで、孤発性パーキンソン病あるいは老化に伴う神経細胞死の原因解明を行う。変異parkin 遺伝子を発現させた細胞、あるいはマウスにおける正常parkin の発現変化、knock out mouse を用いて解析を行った。
結果と考察
1)神経毒あるいは酸化的ストレスによるドパミン神経細胞死の分子メカニズム(丸山)
内在性神経毒であるN-methyl(R)salsolinol はミトコンドリアに存在する標的分子と結合し、アポトーシスシグナルを起動することが示唆された。一方ONOO-はp38 MAP kinase を活性化すると共に、growth arrest and DNA damage-inducible (GADD) family の誘導、そして酸化タンパクのミトコンドリアにおける増加をもたらした。ONOO-によるタンパク酸化の指標であるニトロチロシンはLewy 小体のalpha-synuclein に存在するが、ニトロチロシン修飾タンパクがユビキチンープロテアゾーム系で分解されることが明らかとなった。2)新しい経口投与可能な神経保護薬の開発(直井)rasagiline およびR-2HMPは、神経毒あるいはラジカルによるミトコンドリアのPT pore の開口を抑制した。さらに、PT poreの制御に関わるタンパクの中でも、bcl family の発現を制御することが示された。rasagiline 投与によりbcl-2 のmRNA およびタンパクの増加が用量/時間依存的に認められた。gene array を用いた実験でも複数のアポトーシス関連遺伝子がrasagiline 投与によって変化することが示されており、今後細胞内シグナル伝達の経路を明らかとすることが必要と考えられた。3)ドパミン神経細胞死におけるミトコンドリア遺伝子の関与(田中)制限酵素にミトコンドリア移行シグナルを付加したcDNA の導入によって培養細胞における変異型mtDNAの選択的破壊が起こり、それに引き続く野生型ミトコンドリアの増殖により細胞内ミトコンドリア機能障害(ATP 産生および膜電位低下など)が回復した。また、マウス、モルモット等の動物に対するこの治療の安全性も確認することができた。4)正常老化およびパーキンソン病患者における酸化的ストレスによる黒質ドパミン神経傷害(服部)parkin 遺伝子がubiquitin-ligase であることが証明された。本酵素により分解を受ける基質を明らかとすることができれば、選択的ドパミン神経細胞死の機序が解明される可能性がある。さらに、parkin 変異による遺伝性パーキンソン病においてはLewy 小体が認められないが、ニトロチロシン化タンパク等のLewy 小体に存在するユビキチンープロテアゾーム系で分解されるべき酸化タンパクが基質候補のとして可能性がある。本年度の研究により、神経毒あるいはラジカルによる細胞死、また神経保護薬の標的はミトコンドリアであることが強く示唆された。今後、MAP kinase 等の細胞質シグナルとbcl family、さらにPT pore の開口を調節する分子等の相互作用を解明することが重要と考えられた。さらに、酸化タンパクの分解にユビキチンープロテアゾーム系が主要な役割を果たしていることが示された。さらに遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子であるparkinがubiquitin-ligase であることが証明されたことから、黒質ドパミン神経細胞の細胞死には分解されるべき変性した機能分子の蓄積が関与している可能性がある。一方mtDNA の変異はミトコンドリア機能不全を引き起こし、細胞を脆弱とし、あるいは細胞の形質を変化させることによって老化を引き起こしている可能性がある。本研究により、現在まで不可能であった変異mtDNAをもつミトコンドリアに対する遺伝子治療が可能となる可能性が示された。
結論
老化あるいはパーキンソン病におけるドパミン神経細胞死の機序がミトコンドリアと核シグナル伝達の相互作用を中心に解明されつつある。一方、ドパミン神経の変性を抑制する方策として、経口投与可能な神経保護薬であるpropargylaine化合物の作用機序が細胞内アポトーシスシグナルとの関係で解明されつつあると同時に、ミトコンドリア遺伝子治療の基礎実験結果を得ることができた。今後、老化および老年病におけるドパミン神経の細胞死の制御が実現されることが期待される。

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