がん細胞の増殖制御による総合的分子療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000146A
報告書区分
総括
研究課題名
がん細胞の増殖制御による総合的分子療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
湯尾 明(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 濱田 洋文(札幌医科大学医学部)
  • 今井 浩三(札幌医科大学医学部)
  • 平井 久丸(東京大学医学部)
  • 官澤 文彦(国立がんセンター研究所)
  • 間野 博行(自治医科大学)
  • 矢崎 貴仁(慶應義塾大学医学部)
  • 志村 まり(国立国際医療センター研究所)
  • 北村 義浩(国立感染症研究所)
  • 望月 直樹(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
離れた部位に位置する細胞間の連絡をつかさどる液性因子(増殖因子、ホルモン、など)や、隣接する細胞間の連絡に携わる因子(接着分子、など)の研究はいずれも細胞生物学における重要な研究課題である。その重要性は、がん細胞の増殖や進展においても同様であり、制御機構の解明は直接にがんの治療法にもつながる可能性を有している。さらに、がん細胞を含めたさまざまの細胞の細胞死(アポトーシス、など)に関わる液性因子やそれに関連する細胞内分子の研究も進んでおり、その臨床応用は直接に殺がん細胞につながる可能性を意味している。本研究においては、これらの細胞内外の増殖やアポトーシスなどに関わる分子の作用機序を解析して、その人工的な修飾を試みることにより、がん細胞の増殖を制御して、治療に応用することを目指している。具体的には、がん細胞の増殖や細胞死に関わる液性因子、その受容体、受容体以降の細胞内刺激伝達に関わる分子、がん細胞の細胞周期に関わる分子、などを標的にして研究を推進する。それに付随して、がん細胞に対して選択的に特定の分子を到達させる仕組み(モノクローナル抗体も含む)や、がん細胞特有の増殖動態や分子異常に関連してがん細胞特異的に毒性を発揮しうる分子(条件複製型ウイルスも含む)などの開発も行う。最終的には、期待される治療効果(有効性)と懸念される副作用(安全性)のバランスを考慮して、実際にヒトのがんに臨床応用可能な手法・手順の開発につなげたい。
研究方法
細胞は分子導入に使われうるさまざまのヒトおよびマウスの培養細胞株もしくはヒトの正常血球を用いた。CTLの誘導は標準的な手法により行った。遺伝子導入は、アデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスを用いた系や、リポゾームを介した系、膜受容体へのモノクローナル抗体を介したイムノジーン法などを用いた。一部の研究においては、ウイルス自体が抗腫瘍活性を有するベクターの系(単純ヘルペスウイルス)を用いた。遺伝子発現は、細胞系列特異的なプロモーターなどを用いた。増殖は生細胞数の算定、アポトーシスは形態評価やDNA断片化などによってそれぞれ同定した。殺細胞効果は動物実験系においても確認した。遺伝子発現調節系はテトラサイクリン反応性プロモーターを用いて構築した。なお、いずれの動物実験においても、各研究者が所属施設の規定(実験動物取り扱いに関する規定など)を責任を持って遵守してきた。なお、本研究には、ヒトのクローンなどの生命倫理に抵触するような実験、研究はいっさい含まれない。また、患者の遺伝(子)情報の収集などの個人のプライバシーに関わるような調査、研究もいっさい含まれない。
結果と考察
CREBに対するASODNの中で、5'非翻訳領域と開始コドンを含む領域を対象としたもの3種が、アンチセンス特異的に複数のヒト白血病細胞株(HL-60、K562、Kasumi-1、OCI-AML1a)に対して増殖抑制作用を示した。さらに、治療抵抗性となった臨床検体(AML患者、CML急性転化患者)においてもASODNは有効であった。一方、正常人末梢血単核球、正常人骨髄CD34陽性細胞の増殖に対しては有意の作用を及ぼさなかった。Caspase 8遺伝子導入と5-FUの併用により、それぞれ単独ではほとんどアポトーシスを起こさない条件で著明なアポトーシスを伴う細胞死を生じた。Caspase8遺伝子導入にp21、p27などの細胞周
期停止作用を有する遺伝子を併用導入することによっても、著明なアポトーシス誘導作用が見られた。Tet-Offシステムを用いたIGF-Ⅰ受容体遺伝子 dominant negative 変異体の誘導発現系を、ヒト大腸癌細胞株HT29を用いて構築し、ドキシサイクリン除去によるこの変異体遺伝子の発現実験を行った。ヌードマウスの皮下に移植した場合、親株に比べて遺伝子導入株の腫瘤が明らかに小さかった。また、皮下腫瘤形成後に腫瘍内の変異体遺伝子を発現させた場合でも腫瘤の増大抑制が認められた。さらに、変異体遺伝子発現と5-FUの両者により相乗的な効果が得られた。造血幹細胞移植患者の急性GVHD発症期に、患者末梢血よりリンパ球を採取してこれを放射線照射した患者移植前単核球と混合培養し、CD3、CD8、CD56すべて陽性のNKT細胞を得た。この細胞は移植前患者EBV-LCL、同種EVB-LCL細胞、B細胞腫瘍株の一部に対して細胞傷害活性を示した。この細胞傷害害活性はHLAに非拘束性でありanti-classI、anti-CD8、anti-ICAM-1などの抗体で抑制されなかった。肝細胞癌を発症したWoodchukラットへAd-AFP-LacZを経静脈的に投与したところ、肝臓内の癌の部位に選択的にLacZの発現が誘導されることが示された。患者血清により治療用HSVウイルスが不活化されるかどうかを解析したところ、抗HSV抗体を有する患者で有意に不活化され、その期間は殆ど24時間以内であった。化学療法中の患者血清では、抗ウイルス活性は有意に抑制されていた。既知のがん膜抗原RETに特異的に結合する8個のアミノ酸からなるペプチド(RBP-1と命名)を見出した。このRPB-1はRET発現細胞に対して増殖抑制作用を示した。また、ストレプトアビジン、ビオチン化レポーター遺伝子及びビオチン化RBP-1複合体を細胞に添加して、レポーター遺伝子の発現を判定したところ、RET発現細胞でレポーター遺伝子発現が高く認められた。malignant rhabdoid tumor の一部で欠失し癌抑制遺伝子と考えられいるSMARCB1遺伝子をhomozygousに欠失している3種類の細胞株(G401、KYM、TM87-16)を用いて実験を行った。これらの細胞株に、SMARCB1遺伝子を発現するアデノウイルスベクターを添加したところ、、まずG1期細胞群が増加し、その後、sub-G1領域に相当する部分が時間と共に増加した。一方、野生型SMARCB1遺伝子を有する細胞株においては、SMARCB1遺伝子を導入しても何も起こらなかった。癌細胞の転移や接着に関わるR-Rasファミリー分子のGEF、GAPに対する基質特異性を明らかにした。さまざまの種類のがん細胞において、特定の分子導入や特定の変異型ウイルスが腫瘍細胞のアポトーシスや増殖抑制を誘導することなどが明らかにされ、がんの分子療法の新しいモデルがいくつか示された。今後は、これらの実験系が臨床応用につながるような具体的な研究の推進が重要であると考えられた。また、得られた結果の中には全く新しい知見もあり、その機序の解析などの基礎検討も併せて進める必要があると考えられる。
結論
がん細胞の増殖などの生物学的な現象をつかさどる分子を用いて、新しいがんの分子標的療法を開発するために、さまざまの研究が行われた。その結果、CREBアンチセンスオリゴによる白血病細胞の増殖抑制、5-FUとCaspase-8による相乗的ながん治療の可能性、IGF受容体遺伝子変異体によるin vivoでの大腸癌細胞の増殖抑制、B細胞特異的なCTL誘導と治療への応用の可能性、レセプター型チロシンキナーゼ阻害剤によるがん細胞の増殖制御、ウッドチャックラットを用いた肝細胞癌遺伝子治療モデルの作成、条件複製型単純ヘルペスウイルスによる全身療法の可能性、モノクローナル抗体と標的ペプチドによるがん細胞標的化、SMARCB1遺伝子欠損ヒト腫瘍における欠損遺伝子補充療法の可能性、などが示された。

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