がん関連遺伝子異常を利用したがんの診断と予後予測の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000145A
報告書区分
総括
研究課題名
がん関連遺伝子異常を利用したがんの診断と予後予測の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
金子 安比古(埼玉県立がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 土屋永寿(埼玉県立がんセンター)
  • 角純子(埼玉県立がんセンター)
  • 石井勝(埼玉県立がんセンター)
  • 林慎一(埼玉県立がんセンター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんに生じているさまざまな遺伝子の構造異常や発現異常を、DNA, RNA, 蛋白質、自己抗体等により検出し、がんの診断や予後の予知、治療成績の改善に役立てる。神経芽腫は最も頻度の高い小児固形腫瘍であり、その悪性度はさまざまである。治療成績を向上させるためには、診断後すみやかにリスクに対応したプロトコールを選択し、治療することが重要である。既知の予後因子である発生年齢、病期、ploidy、1p欠失、N-myc遺伝子増幅などと共に、新たな遺伝学的因子17q増加を分析し、より正確な予後予測法の確立をめざす。手術で肺癌の切除を受け、病理診断でリンパ節転移なし(n0症例)とされた患者の約30%は再発転移を起こす。転移なしとされたリンパ節を改良したMASA (mutant-allele specific amplification) 法と、サイトケラチン免疫染色で分析し、得られた転移の有無と予後との関係を分析し、どちらの方法が予後予測上有用であるか検討した。nm23の遺伝子産物は多機能性蛋白質である。血液を用いたnm23蛋白質の定量法を開発し、白血病や悪性リンパ腫患者の予後診断が可能かどうか検討した。MDM2蛋白質はp53との相互作用により、細胞周期を調節しており、各種がん細胞において高発現している。血中MDM2蛋白質自己抗体の定量測定法を開発し、各種がん患者の血中MDM2蛋白自己抗体を測定した。乳癌等の核内ステロイドホルモン受容体の発現と消失の機構を解明し、ホルモン依存性癌の診断と治療に役立てる。特に、乳癌において、エストロゲン受容体(ER)の癌特異的な転写の亢進が,どのような分子機序で引き起こされているのか、その機構を明らかにする。マイクロアレイを応用し、乳癌患者を対象にしたホルモン療法反応性予測診断法を開発する。
研究方法
神経芽腫178例の間期核を対象に、1番染色体の数とその短腕欠失(1p-)の有無、および17番染色体の数とその長腕増加(+17q)の有無を2色FISH法で分析した。1番染色体の数を基準にして、ploidyをdiploidyかtriploidyに決めた。17q増加の有無、1p欠失の有無、N-myc増幅の有無、ploidy (diploidy vs triploidy)でそれぞれ分類した患者群の生存曲線を求め、各2群間の有意差検定を行った。次に生存期間に対する各予後因子の影響を、多変量解析により分析した。手術切除された非小細胞肺癌31例を対象にしてMASA法の有用性を検討した。全例がp53またはK-ras 遺伝子変異を有すること証明されており、術後5年以上の経過が観察されている。リンパ節を連続的に薄切し、HE染色、サイトケラチン免疫染色、PCR用DNAの抽出に用いた。各症例ごとに、変異塩基に対合する塩基を持ったMASAプライマ-を作成し、nested PCR法を行った。PCR産物の検出により微小転移の有無を検索した。血清nm23-H1蛋白質の検討を、急性骨髄性白血病(AML)102例、その他の白血病70例、悪性リンパ腫548例、健常人45例を対象に、サンドイッチELISA法により実施した。AML患者と悪性リンパ腫患者の予後を調べ、血清nm23-H1蛋白質値が予後因子になるかどうか検討した。さらに、既知の予後因子を含め多変量解析を行い、nm23-H1蛋白質値が独立した予後因子であるかどうか検討した。血中MDM2蛋白自己抗体の測定を、マイクロプレート固相化MDM2合成ペプタイド抗原に対する血中MDM2蛋白自己抗体とビオチン標識MDM2家兎IgG精製抗体とを競合免疫結合反応させる、酵素免疫測定法(EIA)により実施した。対象被検血清検体は健常人49例、乳癌36例、胃癌51例および肺癌46例の計182例であった。エストロゲン受容体(ER)遺伝子上の各プロモータ
ー領域の構造と機能の解析には、各種乳癌培養細胞株を対象に、ルシフェラーゼアッセイや,ゲルシフト法などを用いて実施した。ERと癌関連遺伝子との機能的相互作用については、それぞれの遺伝子の安定発現細胞株を作成し、レポーターアッセイ、mammalian two-hybrid法やGST-pull down法を用いて解析した。エストロゲン応答性遺伝子群のトランスクリプトーム解析のためER陽性乳癌培養細胞を対象として大規模マイクロアレイ解析を実施した。
結果と考察
神経芽腫の予後因子として、発生年齢、病期、ploidy, 1p欠失、N-myc増幅等が、これまでに報告されている。今回の解析では、これらの因子に加えて、17q増加も有意な予後因子であることがわかった。17q増加の有無、1p欠失の有無、N-myc増幅の有無、ploidyの4因子について多変量解析を行うと、相対危険度とp-valueの両方ともploidyがもっとも予後に対する影響が大きく、1p欠失、N-myc増幅がこれにつぎ、17q増加の影響は少なかった。triploid腫瘍はdiploid腫瘍に比較して、1p欠失、N-myc増幅、17q増加が少なかったので、これらのgenetic eventを起こしにくい機構をもっていると推測された。改良したMASA法は、サイトケラチン免疫染色よりも正確に微小転移を検出でき、予後とも相関することが明かとなった。その理由は、MASA法では癌由来のDNAのみを認識するが、免疫染色では正常に存在する肺の上皮細胞から由来するケラチンをも認識するため、正確度に差が出たものと考えられる。MASA法により転移ありとされた症例においては、光顕的に転移が発見された症例よりもがん細胞が少ない状態にあると考えられるので、化学療法を行えば、手術後に残残存する癌細胞を根絶できれる可能性がある。AML102症例について血中nm23-H1を測定し、健常人血中レベルに比べ有意に高値であることを示した。nm23-H1高値群と低値群を比較すると、高値群では生存率の顕著な低下を認めた。多変量解析により、血中nm23-H1レベルはAMLの有意な予後因子となることが明らかになった。悪性リンパ腫については、大規模なグループスタディによる検討においても、優れた予後因子であることが証明された。314例のDiffuse large B cell lymphomaにおける解析では、血中nm23蛋白質高値群の生存率が、国際予後指標(IPI)のリスク群別に検討しても、顕著に低下していることを認めた。血液を用いた予後診断なので、今後、悪性リンパ腫の治療法の選択に実際に利用されるかもしれない。血中MDM2蛋白自己抗体の測定を、競合免疫結合反応に基づくEIAを開発して実施した。その結果、乳癌では63.9%(23/36)、胃癌では33.3%(17/51)、肺癌では65.2%(30/46)の陽性率を示した。乳癌、胃癌では早期から陽性率は高く、早期癌の診断への有用性が示唆された。胃癌、肺扁平上皮癌および肺腺癌について分化度別血中MDM2自己抗体陽性率を比較したところ、分化型で陽性率が高い傾向を示した。エストロゲン受容体(ER)遺伝子の発現制御に重要なシスエレメント結合因子(ERBF-1)が、C/EBP転写因子ファミリーの1員であるC/EBPβ(LAP)である可能性を示した。また、two-hybrid法とGST pull-down法によって、MDM2蛋白質とER遺伝子が直接結合しうることを示した。乳癌培養細胞と子宮内膜癌細胞の大規模cDNAマイクロアレイ解析を行い、エストロゲン応答性遺伝子発現プロファイルを得た。エストロゲンにより発現が増強する遺伝子群を決定できた。これらの結果に基づき、候補遺伝子を絞り込んだカスタムアレイを作成中である。
結論
神経芽腫はploidy、1p欠失、N-myc増幅、17q増加を調べることにより、予後を正確に予測できる。FISH法を用いれば、これらの予後因子を、針生検により得られた小さな検体を用いても分析できるので、この方法の臨床的有用性は高い。肺癌において、MASA法によるリンパ節微小転移の検索は免疫染色に比較し偽陽性が少なく、予後不良症例を見つけだすのに極めて有効である。これらの微小転移を有する症例に対し化学療法を行うことにより予後の改善を図れる可能性がある。血清nm23-H1蛋白質は急性骨髄性白血病や悪性リンパ腫の重要な独立した予後因子であることを示し
た。特に、aggressive非ホジキンリンパ腫における予後因子としての有用性は多施設・多数例による追試でも確認できた。今後、悪性リンパ腫患者を、nm23-H1蛋白質値で層別化し、治療戦略を決めることにより、治療成績の改善が期待される。血中MDM2蛋白質自己抗体を、競合免疫結合反応に基づくEIA法で測定した。早期がん診断に対する臨床的有用性が示唆された。エストロゲン受容体(ER)の発現制御をつかさどる因子の一つとしてLAPを同定した。また、ERの機能がMDM2等、癌関連遺伝子によっても制御されうることを明らかにした。マイクロアレイを用いた解析からエストロゲン応答性遺伝子群のプロファイルが得られ、新規の標的遺伝子や、ホルモン療法応答性予測診断チップ開発のための有用な情報が得られた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-