がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000138A
報告書区分
総括
研究課題名
がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
原田 昌興(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 宮城洋平(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 松隈章一(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 菊地慶司(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 高橋和秀(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの確定診断は組織学的になされ、ヒトがんにおいて組織異型度は予後、再発、術後QOL等の規定要因として重要であるが、個々症例の臨床経過,治療反応性等は異型度のみでは必ずしも予測困難なことが少なくない。その一因は個々患者の遺伝的背景、生体微小環境は相違し、多段階悪性化進展過程は一様ではなく、臨床癌の多くが生物学的性状の異なるがん細胞集団により構成されているためと想定される。従って、がんの個性診断に関わる的確な指標、臨床癌個々例の経過、予後などの予知指標を見出すためには、浸潤・転移性に関わる種々の分子機構の異常を、詳細な組織構成との対応のもとに解析する必要がある。がん細胞の浸潤・転移性獲得過程には細胞間ないし細胞基質間接着分子機構の失調が重要と想定されるが、ヒトがんにおける接着分子の動態、増殖因子シグナル伝達との関連は未だ十分に解明されていない。また、がんの生長、進展には増殖能の亢進と共に細胞死の抑制、アポトーシス回避機構の活性化の関与が想定されるが、その分子的背景は十分に解明されていない。がんの悪性化進展過程にはマイクロサテライト不安定性に伴うがん関連遺伝子変異の関与も想定される。欧米において主要がん死因の一つである前立腺癌、乳癌は、近年本邦においても著増傾向を示し、ホルモン依存性喪失機構の解明,高率な骨転移の制御が重要課題とされている。本研究は、このホルモン依存性がんを視点に据え、治療抵抗性癌、転移性癌の病理学的、生物学的特性を詳細に分析し、浸潤,転移能に関わる種々分子の機能,がん細胞の基質接着喪失と増殖シグナル伝達の関連,細胞死過程に関わる幾つかの遺伝子発現失調、マイクロサテライト不安定性の悪性化進展過程への関与などについて、多様な組織構成との関連のもとに解析することを目的とする。研究成果は,日常的組織診断あるいは遺伝子診断を含め個々臨床癌の的確な悪性度診断の指標,治療反応性、内分泌療法、化学療法後の再発予知の指標として応用することが期待され、治療抵抗性難治性がん・転移性がんなどに対する新たな制御方策の開発にも寄与するものと考えられる。
研究方法
前立腺癌個々症例の的確な診断指標を得るために、浸潤・転移性に関わると想定されるPTHrP, EGFR, 血液凝固因子関連蛋白・組織因子(TF)などの発現を組織化学的ならびに分子生物学的に検出、組織異型度、組織型構成率および進行度等との関連、予後指標としての意義を検討した。ヒト胃がん臨床外科材料を用い、マイクロサテライト変異の有無およびミスマッチ修復遺伝子hMSH3、がん関連遺伝子Bax、TGFbRIIの単純塩基繰り返し配列の変異および変異様式についての解析を行うとともに組織型との関連を検討した。ヒトがん進展過程における細胞死抵抗性獲得の実態を解析するために、前立腺癌、胃癌、子宮頚癌、乳癌細胞系など数種のヒトがん由来細胞系を用い、カスパーゼの発現動態を解析し、あわせて前立腺癌臨床例におけるカスパーゼ発現の組織化学的検討を試みた。また、がん細胞の特性の一つである非足場依存性増殖における接着分子動態と増殖シグナル伝達経路の関連を解析するために、まず、正常乳腺上皮細胞系を用い、EGF刺激による足場依存性増殖時に必須の接着斑形成に関わる分子の活性化動態について解析した。
結果と考察
ヒト前立腺癌細胞株においてPTHrPはリンパ節転移巣からの樹立細胞系では弱い発現しか認められなかったが、骨転移、脳転移巣から樹立された
PC-3, DU-145では高発現を認めた。前立腺癌臨床例の診断時組織では、45/66例・68%に、特に骨転移陽性例では25/29例・86%にPTHrP発現は認められ、このPTHrP陽性例は組織学的に高異型度の充実・索状組織要素の構成率が高率、増殖周期細胞率も有意に高く、内分泌療法後の予後不良傾向が見られた。PTHrP発現の誘導因子とされているEGFの受容体EGFRの組織化学的発現も、高異型度、随様索状要素優勢例に高率で、発現例では高増殖率を示し、EGFR発現は自己分泌、傍分泌的にホルモン非依存性増殖能の獲得、骨転移形成に関与しての可能性が示唆された。外因系血液凝固反応の開始因子である第VII因子の受容体組織因子(TF)には血管誘導、VEGF活性化誘導作用があり、腫瘍細胞の浸潤・転移性との関連が注目されている。前立腺癌細胞系におけるTFおよびその関連分子の発現を検索した結果、TFはいずれの細胞系でも強発現が認められたが、第VII因子は正常前立腺上皮では検出されず、PC-3, TSU-P1でも微弱であった。臨床生検材料におけるTFの組織化学的発現は浸潤先進部の索状要素に高発現が認められ、発現例は有意に予後不良であり、TFの浸潤性増殖、予後因子としての有用性が示唆された。多くの転移巣由来ヒトがん細胞系は基質接着喪失状態でもアポトーシス抵抗性を示し、しばしばカスパーゼ1および4の発現減弱ないし消失が認められた。前立腺癌臨床例におけるカスパーゼ1, 4の組織化学的発現も非癌部腺管ではしばしば陽性であるが、癌組織では陰性化を示していた。カスパーゼ 1, 4はカスパーゼ3の活性化因子として作用し、Fasリガンドの発現誘導活性のあるIL-18の分泌、あるいはTGFbを介してのアポトーシス過程の活性化に関与すると想定されることから、癌細胞のカスパーゼ1、4の失調はアポトーシス抵抗性獲得と関連する可能性が示唆される。ヒト胃癌臨床例ではマイクロサテライト異常(MSI)がしばしば検出され、しかも18/152例・12%では検索遺伝子座の60%以上の高率なMSIが認められ、これらの症例では同時にTGFbRII、Bax, hMSH3遺伝子等のフレームシフト型変異が検出された。特に進行癌ではしばしば複合遺伝子変異が認められ、また、同一症例内においても癌巣の部位・組織型により変異遺伝子、変異態様の異なる症例が存在した。TGFbRIIの変異は早期癌でも見られ、管状腺癌から低分化腺癌への移行組織型において高率な傾向が見られた。TGFbは上皮細胞において増殖阻害活性を示すことから、がん細胞におけるTGFbRIIの変異は、Bax変異によるアポトーシス回避系の活性化とともに、MSIに伴うがん関連遺伝子の変異が増殖有利状態の獲得に関与している可能性が示唆される。また、これらの変異は不均一に見られ、ヒトがんは進展過程で生物学的性状の異なる不均一な組織構成へと転換する可能性が示唆された。がん細胞の増殖特性である非足場依存性増殖能獲得機構を解明するために、正常細胞における足場依存性増殖機構の解析を行い、基質接着正常乳腺上皮細胞ではEGFの増殖刺激がEGFRを介してPKCに伝達され、EGFRからPKC への信号伝達には、インテグリンb1と結合しているPLCgが重要な役割を担い、PLCgの活性化にはアクチン線維とアクトミオシン系の収縮が必須要件であることを見い出した。これらの結果から、ヒトがん個々症例の臨床病態、浸潤・転移能を左右する幾つかの形質が明らかとなり、しばしば遺伝子変異態様の異なる成分の混在を示し、個々患者病態の把握には組織像に対応した遺伝子変異動態、MSIに伴う変異等の詳細な分析が必要であること、浸潤・転移能獲得には組織因子、接着分子異常に伴う細胞増殖系の活性化、アポトーシス抵抗性の関与などが示唆される。今後これらの指標を応用したがんの個性診断、予後予測の新たな指標への応用、新たな治療手技開発、制御方策構築に向けての展開を期待し得る。
結論
ヒトがん個々症例はしばしば発現形質、遺伝子変異態様など生物学的性状の異なる組織要素の混在からなり、患者病態、予後予測には組織像に対応した遺伝子発現の詳細な分析が必要である。がん細胞の浸潤、転移能獲得過程には、接着分子異常に伴う細胞増殖系の活
性化とともに、細胞死・アポトーシス抵抗性の関与が示唆され、今後各要因相互の関連についての検討、ヒトがん臨床材料での解析を進め、的確な診断指標、がんの個性に対応した制御方策の構築が必要と考えられる。

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